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第5章 上手に振るか、下手に振るか

「おぅ……来たね」


楽屋口で待っていた私に、可志楽さんはそう言って笑った。


「……はい」


「そんなに好き?俺の落語が」


「好きですよ」


そう答えると、彼は流し目で私を見た。


「ふぅん……」


そのまま、可志楽さんは特に何も言わず、楽屋へと消えていった。

私はその背中を見つめたまま、小さく息を吐く。

話せたのだからこれでいい…と、自分に言い聞かせながら、落語会の会場を後にした。


毎回、落語会の終わりにこうして楽屋口で言葉を交わす。

何か特別な会話があるわけではない。

ただ、可志楽さんがそこにいることを確認して、私が来ていることを確認してもらって、そしてまた帰る。


そんな関係が、ここしばらく続いていた。


——このままでいいの?


そんな問いが、胸の奥に積もっていく。


でも、この距離感を崩したら、彼は私を遠ざけてしまう気がする。


私と彼の間には、一線がある。

可志楽さんは、それを越えない。

私がどれだけ手を伸ばしても、彼は決してその手を掴まない。


私が特別なのか、それとも単に一人の客として相手をしているだけなのか。


「……わかんないよ」


一人で呟く。

空には満月が出ている。

喉がむず痒くてたまらない。

私は、ゆっくりと歩き出した。


可志楽さんが恋しい。

恋しくて、会いたくても、その気持ちを伝える手段は何も無い。

だから、タイミングをみてこちらから会いにいくしかない。

今のところ落語会に行けば会えるけれど、じゃあ、その反対は?…なんて考えたら、胸が苦しくなる。

可志楽さんが私に会いたいなんて、思うことはあるんだろうか。


いつだったか可志楽さんが言った、「あなたのこと、本気で好きになったら困るでしょ?」という言葉。

彼に求められて、連絡先を交換して、会いたいと連絡が来るようになったら…?

その先に、何があるんだろう。

本気になった彼を、私はどこまで受け止められるんだろう…。


ちょうど可志楽さんのライブ配信が始まる。

私は、公園のベンチに腰を下ろし、配信アプリを開いた。

イヤホンから聞こえてくる声。

大好きな、その声…。


転んで、目の前に声の主が現れて……


そうだった。それだけのことだ。


一人で勝手に舞い上がっていたけれど、もしかしたら彼の方が、一線の向こう側のことを真剣に考えていたのかもしれない。


私の覚悟が足りないのを見抜いて、一線を引いて、越えないでいてくれたのかもしれない。


この関係を続けるべきか、それとも終わらせるべきか……。


答えは、まだ見つからない。


でも、もうすぐ決断の時が来る。


そんな予感がしていた。

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