彼女は風呂場の窓から入ってきた
彼女は風呂場の窓から入ってきた。安宿の一階でまったりと湯船に浸かっていたら、かなり高い位置にある窓が開いて、顔が現れた。
「こんばんは。」
「どうも、こんばんは。」
「私もお風呂に入っていい?」
「ここは女湯なので、入っても良いと思います。」
「じゃあ失礼。」
顔、上半身、腰までを窓に通して、彼女は反転した。そのまま腹筋をするように上体を起こし、窓の上のへりをつかんで、足を抜き、窓の上のへりから窓の下枠をつかんで、こちらに背を向けてぶら下がる形になった。彼女の足の先から床まで1.5メートル弱あるが、この状態で彼女はどうするんだろう。しばらく見守っていると、彼女の腕がビリビリと震えた。
「ちょっと。」
「何でしょうか。」
「見てないで、あたしを速く下ろしてよ。」
どうやって下ろせば良いのかわからないが、私はとりあえずざばりと湯船から出た。彼女の足元まで近付き、彼女を見上げた。なんとなく、頭上に手を伸ばして彼女の太ももあたりを抱きかかえる。
「濡れててすみません。あと、裸ですみません。」
「いいから腕に力を入れておいて。今窓枠から手を離すから。」
「はい。」
彼女が窓枠から手を離し、私の両腕に重みがずしりときた。当然、支えられる訳もなく、私はよろめき、倒れこんだ。その上に彼女が覆いかぶさる形になった。痛い。
「あの、お風呂には扉から入った方が良いですよ。」
「私もそう思う。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。その踊りは、見るもの全てを惹きつける踊りだった。私は、彼女から瞳を離せなかった。本当の美しさ、本当の芸術というものに触れた気がした。美しいものの正体見たり、と感じた。美しさの尻尾を掴んだ、と思った。もしも美しさが生き物だったならばの話だが。私の心はビリビリと震えた。彼女が踊れば時間が止まる。彼女が踊れば地球が回る。そんな感じだ。
彼女は最後のターンを決め、格好良いポーズで静止した。そして時間は動き出し、私はため息を吐き、呼吸を再会する。自然と手が拍手をする。痛い痛い。掌が痛い。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。多いときは1日に15件のクラブで踊ったりしてる。」
「この街には、そんなに沢山のクラブがあるんですね。」
「あんたは他所の街から来たの?」
「はい。死体の降る街から来ました。」
「へえ。ずいぶん遠くから来たね。」
「この街に着くまで、険しい山道を二日かけて歩いてきました。さっきこの街に着いて、疲れ果てて、お風呂に入っていた所です。」
「お疲れ様だね。」
「この宿派安い割には、お風呂が綺麗で素敵ですよね。」
「そうだね、あたしもここのお風呂はかわいくて好きだよ。」
「好きならば尚更、扉から入った方が良いですよ。」
「私もそう思う。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。その踊りは、見るもの全てを惹きつける踊りだった。美しい。とても美しい。美しいって言葉がゲシュタルト崩壊するほどに美しい。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。
美しい。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。
美しい。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。
美しい。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。
美しい。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。」
「何で窓から入って来たんですか?」
彼女は、いきなり踊りだした。
美しい。
「素晴らしい踊りですね。」
「あたしはダンサーなの。」
「もう体が冷えたんであがります。ごゆっくり。」