第17話 チカ
彼女は両親が居ない。物心ついた時から彼女は祖父母に育てられていた。
周りの同年代は両親と出かけたり、エレモンと過ごすのを彼女はみていた。祖父母は老いもあり、彼女は我儘を言えずに、良い子に育っていた。
(おじいちゃんとおばあちゃんは、体も弱くなってきてるから……我儘は言わないで、家の外でも迷惑をかけないように……)
誰にも迷惑をかけないように……そんな生き方をしていたけど。その結果として彼女は5歳の時点で、虐めにあった。
──1人ぼっち
ただ、公園で遊んでいただけ、保育園で1人で本を読んでいただけだった。クレヨンをおられたり、砂を顔に投げられたり、積み木の家を壊された。
──次第に些細なことが気になるようになってきた
どうでも良いこと、イジメではないことも、自分が今誰かから攻撃を受けているような気がした。
良い子でいなきゃ、誰にも迷惑をかけないように
皮肉だが、誰にも迷惑をかけない。そういう子ほど虐めに遭いやすい。この子になら、何をしてもいいと思われてしまうから。
祖父母に迷惑をかけないようにおとなしく、良い子でいようとしたチカだから、攻撃の対象となった。
──ある時を境に、モエと知り合い、そこから虐めはなくなった。
しかし、彼女は昔自分がされたことを鮮明に覚えている。
◾️◾️
チカは旅を続けていた。とある大会では3位と言う快挙を成し遂げている彼女であるが、まだまだ満足をしていない。
毎日、エレモンバーサスをして、旅先の宿屋で旅の資金の為の内職をし、眠りにつき、朝起きる。
──彼女が旅を頑張るのは……祖父母に迷惑をこれ以上かけたくない為。家に居るのではなく、1人で外に出る。
それにより負担を軽減させられると彼女は考えた。
そして、もう一つは昔、自分を遠ざけた者達、じぶんが良い人であると言う理由で攻撃をしてきた者達を見返すためだ。
「よっしゃ! 今日もやってやる! 行くぜ!! ルインズ!!」
「ズズ!!」
植物系統、大きさはネズミくらいで、姿もネズミに近い。肌は綺麗な薄緑、髭が三本猫のように生えており、非常に素早い性質を持っている
Dランクエレモンである。
チカはテイマーとして素質はあるが、如何せん資金がそれほどない。それゆえにエレモンも二体しか旅に連れていない。
「エレモンバーサスは最低でも五回はしたいよね……他には」
「──チカ、久しぶりじゃん」
「え? ほんとだ!」
「マジ久しぶり」
「……」
歩き続けていた彼女に話しかけてきたのは三人の女の子だった。その三人をみた時に、微かに彼女は体を硬直させていた。
チカは三人のことを忘れない。
自分を攻撃していた主犯だった。
「……マジ久しぶり……」
「チカさ、この間大会で3位だったよね? みてたよ、やっぱ凄いよ!」
「ねね、写真撮ろ。4人でさ」
「賛成! これネットにアップしたら絶対いいねくるよ」
「……あーごめん、ボクこれから用事あるからさ」
適当に相手に応対し、半笑いで2歩ほど彼女は後ずさった。その対応に3人が微かにイラッとした顔をみせる。
「ねぇ、冷たくない?」
「友達に対して、そう言うの良くないって。少し自分が結果出したら、下々とは関わらないみたいなスタンスなの」
「自分が大きくなったら周りとの縁を切る人って絶対に、失敗するよ」
──は?
チカの中に、苛立ちの感情が募っていった。もう、顔も見たくないと思ってチカはその場から背中を向けて歩き出した。
「まぁ、両親が居ないと、ああ言う冷たい人間になっちゃうのかな?」
「昔から、ああだよね。こっちはずっと気にかけて遊んであげたのにさ」
「《《両親可哀想、子ガチャ失敗で》》」
「祖父母もロクでもなさそう」
──去り際にそう聞こえた
彼女はそれを聞いた瞬間に、踵を返して三人に突撃した。三人のうちの一人の胸ぐらを掴んだ
「は?」
「……言うな、言うなよ……。おじいちゃんとおばあちゃんと、お父さんとお母さんのこと、悪く言うなよ……ッ」
彼女は泣いていた。特段悲しいことはなかった、純粋な怒りにより感情が大きく動いて涙が出てしまっていた。
「きも……」
「ってか、離して」
「躾して貰えない子供だとこんな簡単に人に手を出すんだね」
イライラ、イライラ、感情が昂っていた、これ以上言われたら。きっと彼女は三人に殴りかかってしまっていただろう。
──そんな時、だった
「あ……」
「……あ」
声がポツリと漏れた。チカの目線先にはアムダが武者マルと買い物をしていたからだ。アムダの手には、大きなビニール袋が下げられている。
そして、彼も彼女が胸ぐらを掴んでいる姿を目撃して、声を漏らしていた。
「……」
思わず、冷静になり彼女は手を離した。チカはなんとも言えない表情をしたまま、黙っていた。それを見て、女三人は彼女に対して苦言を発する
「あのさ、なんでそんなことできるの」
「流石にダメでしょ。暴行じゃん」
「謝りなよ!」
「……」
絶対に謝りたくなどない、そう思う彼女は黙ったまま下を向いた。そこへ、ゆっくりだが、アムダが近寄った。
「あ、あの……」
「……誰?」
「さぁ……?」
三人はアムダが誰だか分かっていなようだった。なぜなら、彼は黒いマスクに黒いパーカーを着てフードをかぶっているからだ。
「そ、その辺にしてあげて欲しいって言うか……まぁ、喧嘩両成敗みたいな」
「なんでよ! こっちは虐められたのに」
「ま、まぁ、そっちも虐めたことあるみたい、だし……」
「は!? アタシ達いつ虐めたって言うの?」
「え、えと、見てたから」
そう言って、彼は黒いマスクとフードをとった。そこには三人が見知った顔があった。
アムダとチカは近くに住んでいた。それ故にその三人も幼いときのアムダを知っている。
「うわ、アムダだったの?! へぇー、最近有名になってるみたいじゃん」
「あ、うん。そうだけど……俺、少しだけ記憶あって、三人もチカの悪口言ってた、よね……エレ塾とかで」
「……いや、言ってないよね?」
「うんうん、言ってない」
「言うわけないじゃん」
とぼけているのが、それとも都合よく自身の記憶を改竄しているのか。どちらにしろ、チカはその回答にイライラとしていた。
「え、えと、だから、見てたから。その辺で」
「じゃ、アムダが写真撮ってくれたら良いよ。写真撮ったらネットにあげていい?」
「あ、ごめん。今オフ、だから」
「は? なに、芸能人ぶってるの? きもいよ」
「え、えっとチャンネル登録者現在10万人突破してて、大会でもコード・バトラーに勝ってるから、芸能人、だけど……一般人とは違うよ」
ビキビキ、と女三人の顔に青筋が浮かんでいた。アムダの言動は時折、まっすぐに人を不快にする。
「あ、えと、取り敢えず、チカは貰ってく……」
「ジグ◾️◾️ーーー!!!!!」
エレフォンからジーググラモンを放出し、彼は背に乗った。ついでに、チカも乗せて空に飛んでいく。
その余波で三人が吹っ飛ばされたのだが、アムダは気にしない。
「うああああああああああああああああああああああああ!!!!!! ちょ、ちょっとアムダ君!? ぼ、ボク死んじゃう!!!!! 10歳という若さで死んじゃう!!!」
「……死んでも転生がワンチャン」
「訳わからないこと言ってないで!!! 死ぬ死ぬ!!!!」
途轍もない速さで彼らは飛んでいく、先ほどの三人が豆粒になる程に、いずれ塵のように見えなくなるまで。
空に、高く高く飛んでいった。
「……やっぱりジーググラモンはすごいぜ!!!」
「あ、アムダ君、こんなに高くて!! 怖いんだけど!」
「へへへ」
「笑い事!? ……でも、ボクを庇ってくれたんだよね?」
「あ、うん」
「アムダ君って、もっと冷たい人と思ってたよ」
彼女は思わず、笑みをこぼした
「エレモンのことだけで、それ以外はどうでも良いみたいな価値観と思ってた。多分、見てみぬふりで去っていくのかなって思ったよ」
「……あ、正解……俺、エレモン以外、どうでもいい」
「あ、そ、そう? じゃ、なんで庇ってくれたの?」
「……気まぐれ? かな。少しだけ、話が聞こえて……両親が居ないと、まともじゃないみたいな言い分が、腹立ったから?」
疑問的な物言いをしながら、彼は彼女に語り続けた。
「アムダ君は、両親がいるのに……なんで腹立つの?」
「……あー、えと。それは……俺、昔……いや、えと、なんでもない」
「あ、ごめん、言いにくかったら全然大丈夫」
「あ、うん、言いにくいじゃなくて信じて、くれないと、思ったから」
「んん? 信じるよ? 基本的にアムダ君って嘘苦手じゃん、っていうか会話苦手だろうし、嘘つく余裕ないでしょう?」
「……確かに。えっと、前世の記憶があって、前世は体弱くて病室でずっと1人っきりで、両親が弟と妹しか愛してなかったから」
──ピリ、っと微かに空気が重くなった
「でも、俺は……関係ない。エレモンが居るから充実してる、から。この生活を否定されてる気がしたから。親が居たら悪いことはないけど、居なくても俺は咎められる人生のつもりは、ないから……?」
「そうか……そうか、そうだよねぇ。良いこと言うじゃん。前世とかはよくわからないけど、嘘じゃないのはなんとなく、分かった」
彼はなんてことないように告げた。
「アムダ君はどうして、ボクを背に乗せてくれたの?」
「え? 同情? かなぁ? うーん、え、えと、あんなこと気にしなくてもいいよ? ほら、世界はこんなにも広いんだから」
「……そうだね」
ジーググラモンの背から見下ろす世界は、途轍もなく広かった。自然と彼女は笑みが溢れてしまった。
「ククク、あははは! うん、世界は広いか!! そうだね。初めて知ったよ!!」
(……こんな広いんだ。全部、ちっぽけだったか。あいつらも……嫌いだ。でも、もう、怖くない。だって、世界から見たら塵くらい見えない)
「あ、どれくらい広いかは地理の教科書とかを読むとわかるよ」
「あ、うん。ちょっと意味合い違う気がするけど……」
──彼女は世界の広さを知った。
「……アムダ君、ありがとね! なんか吹っ切れた!!」
「あ、うん。気にしないで」
「そういえばさっき何してたの?」
「苗木とか種とか、入浴剤とか、色々、買ってた」
「そうなんだ」
ジーググラモンは空を飛び続けた。この日を彼女は忘れない。彼女の魂にはこの日の出来事が大きく焼き付いた。
「アムダ君」
「は、はい?」
「また、背に乗せてよ。ボクが世界を知りたくなったら」
「……あー、うん。じ、時間が合えば」
「合わせる気ないでしょ」
チカは嬉しそうに笑っていた。
アムダ君(なんか、成り行きでこうなった……帰りに月見バーガーを博士に買って行こうかな)
チカ(うーん、胸がポカポカするなぁ? なんで?)
ジーググラモン(恋の波動を感じる……これが若さか)
武者マル(むっしゃ!)




