【3】
「ママ、おかえり! 夕飯すぐ温めるよ。航大と雪ちゃんはもう食べたから」
隆則がエプロン姿で迎えるのに、涼音は申し訳なさそうに言葉を発した。
「ただいま、パパ。遅くなってごめんね、航ちゃんと雪ちゃんも」
「おかえりなさい、お母さん」
航大がようやく馴染んだ呼称を笑顔で告げる。
……養子縁組も済ませたので、血縁上はともかく航大にとって涼音は母で雪音は弟だ。
結婚して家事や育児を分担するようになり、二人で調整して今までは物理的に不可能で断っていた仕事もこなせるようになった。
以前涼音が語っていた、「返す側」に立つこともできる、ということだ。
「ママ、あしたはおむかえパパとママどっち?」
「明日もパパよ~。ママ、今ちょっとお仕事忙しいの」
雪音が訊くのに、涼音は笑いながら答える。
「雪ちゃん、パパじゃいやか?」
隆則の不安そうな言葉に、雪音が真顔で返した。
「ちがうー。あしたはね、おふとんもってかえるから。パパがいいなってゆきちゃんおもったの」
子ども心に、というよりも、おそらくは保育園側からの要請が出ているのだろう。
保育園は、たとえおむつが外れた後でも驚くほと荷物が多いのだ。
それだけこまめに着替えさせてくれていると感謝するところではあるのだが、毎日大荷物を抱えて帰るのは容易ではない。
汚れを拭くタオルやシーツも個人持ちだ。
そこに小振りとはいえ寝具が加わると、かなりの嵩と重量には違いなかった。
「なーに、雪ちゃん。ママだって保育園のお布団くらい持てるわよ~。力持ちなんだから」
「いやいや、そういうのはやっぱりパパの出番だろ。任せなさい!」
「お父さん、保育園の小さい布団なんてぼくだって持てるよ」
胸を張る隆則に航大が静かに突っ込むのに、涼音が笑う。
「とりあえず着替えて来るわ。パパのご飯、美味しいから早く食べたい」
「ゆきちゃん、ママきたらおちゃのむ~」
「お母さん、あわてなくていいよ」
息子たちが口々に言うのに頷いて、涼音は寝室へ向かった。
──『緒方 涼音』一個人でいられる時間は、相変わらず二十四時間の中のほんの僅かなのかな。ママ、……涼音ちゃん。君が幸せなら、俺はそれが何より嬉しい。
今度こそ失敗したくない。
世間体などではなく、大きな声では言えないが子どもたちのためが第一でもなく。
この人と、温かで穏やかな生活を築きたい。
相手に寄り掛かって甘えるのではなく、人間同士でわかり合いたい。きっとその先に、夫婦の幸せがある。
その結果、子どもたちにも幸せを甘受して欲しい。
それを目指してこれからの人生を彼女と、──家族で並んで歩くのだ。
~END~