【2】①
だからこそ今、僅かでも落ち着いた状況で涼音と出逢えたのは運命の悪戯だったのかもしれない。
隆則自身は二十代半ばで結婚したが、現在は三十代も後半に入った。
もう数年もすれば「友人の結婚」自体が稀になるだろう。今でさえ、せいぜい数年に一度あるかどうかだ。
するものはもうしているし、独身を通す主義も今時は珍しくもない。
涼音とは、学生時代の友人の結婚式で新郎新婦の招待客として同席した。
もちろん披露宴では交流の機会などなく、二次会で同じテーブルについて初めて互いに名乗って話したのだ。
第一印象は「凜とした綺麗な人だな」というものだった。
友人の一世一代の祝いの場に相応しい上品で華やかな装いではあったが、特に飾り立てているといった感じも受けなかったのに。
そう、髪も上部は纏めていたが、珍しく黒いままのストレートロング。
「こいつ、バツイチで子持ちだから。嫁のとこじゃなくて自分で育ててんの。けっこーイケメンだし大手勤務だし、いいやつだけどそれだけ注意ね!」
酒の入った悪友が高らかに紹介してくれたこともあるが、そうでなくとも涼音と同い年の新婦はまだ二十代で、他の友人女性も同年代中心だった。
二次会だから、職場の先輩や上司もおらず余計だろう。
そもそも隆則含め新郎の友人は、最初から対象外だったのではないかという気もしなくはない。
確かに職業や勤務先は、社会的地位が高いと見做されている専門職や名の通った企業なども多いが、新婦側もそういう意味では決して見劣りしなかった。
新郎新婦は同じ会社の正社員同士だったからだ。実際、涼音もかなりの有名企業に勤めている。
何よりも、「三十間近の独身女性」が揃いも揃って「恋人や結婚相手」の品定めに来ているという感覚自体が失礼だろう。
彼女たちからすれば、隆則を含めた男性陣は年齢的に少し上で絡みにくかったのかもしれない。とはいえ十も違わないのだが。
隆則にしても、今更相手探しの意図などなかった。
ごく普通に食事と酒を楽しみながら同じテーブルのメンバーと会話する中で、涼音がサラリと告げてきたのだ。
「緒方さん、お子さんがいらっしゃるんですね。私も息子がいるんです。夫はいませんが」
あれこれ詮索される前の予防線として、ではないか。そして何事もなかったかのように食事を続ける彼女。
おそらく「ここまでは構わない」ラインを、自らはっきり提示する涼音に何故か強烈に惹かれた。
どうにか彼女に警戒心を抱かせないよう細心の注意を払って当り障りのない会話を繋ぎ、決死の覚悟で連絡先を交換することに成功した。
周囲が当然のようにスマートフォンを取り出しているのに便乗して、何とか自然に、と祈りながら切り出した隆則に、社交辞令もあったのかもしれないとはいえ応じてくれた彼女に感謝する。
そこからメッセージ交換は続けていたが、初めての逢瀬が叶うまでには軽く半月を要した。
やはりどちらも身軽な独身者ではない。
いや、「独身」ではあるものの、さらに大きな問題があるからだった。
◇ ◇ ◇
「子どもたちも馴染んでくれてるし、俺と結婚してください。四人で幸せになりましょう」
「ありがとう。でも私は雪ちゃんが一番なんです。だから雪ちゃんに訊いてからお返事します。……それに結婚しても、雪ちゃんの次は航ちゃんで、隆則さんはその次になると思うけど。それでもいいんですか?」
当然今までも「結婚」を前提の交際だった。だからこそ家族も交えての関係を持っていたのだ。
半年が経ち、機は熟したのではと求婚した隆則に、涼音は真顔で答える。
何度も四人で会って、互いの親子で相手方の印象を慎重に確かめていた。
何でも飲み込んでしまいがちな航大が心配で、彼女に告げる前に、と最終確認していた。
「ぼくはいいと思う。三枝さんはやさしいし雪ちゃんはかわいい。ふたりとも好きだし、家族になるならああいう人たちがいい」
息子は躊躇も見せず、明確に意思を表した。
『電話で失礼ですが、早く知らせたくて。お受けします。どうぞよろしくお願いします』
その日の夜には涼音からの入電で、二人の結婚話は纏まった。