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6. ウェルカム・トゥ・ザ・魔王城⑥

「ミクル様が人間であると確認できたところで、ミクル様に部屋を確認してもらいに行きましょうか?」


「ぐっ、そうだった!」


 レオさんが、頭を抱えた。


「部屋の準備をする前に教えてくれよー。あー、でも教えてくれてても、人間の女の子にどういう部屋を用意すればいいのかなんてわかる気がしねー」


「ミクル様にたくさんダメ出ししてもらえばいいでしょう?」


(せっかく用意してもらった部屋にダメ出しなんて……そんな失礼なことしませんよ、私……)


 レオさんが先頭を歩いた。

 応接室を出て玄関ホールに戻り、それから2階へと続く階段を上った。


 そこで全員が右に曲ろうとしたとき、リナさんが歩を止め左を指差した。


「魔王様は仕事の続きを」


「えーっ、仲間はずれ反対!」


「仕事が終わってないですよね?」


「僕のお嫁さんの部屋だよ? 僕も確認する」


「確認したところで、どうせこれから大幅に変更することになります」


「変更の前と後を知りたい!」


 リナさんがため息を吐いた。


「中には入らず、出入口からひと目見るだけですよ」


「それでいい!」


 とてもじゃないけど、使い魔と魔王様の会話には聞こえない。お母さんとダダっこのそれみたい。


「話はまとまった?」


 レオさんはまた足を進めた。

 そうしてひとつのドアの前にたどり着いた。


「着いたから開けるけどいい?」


 私が頷くのを待ってから、レオさんがゆっくりとドアを開けた。


「あっ、ちなみに隣は魔王様の私室ね」


 レオさんは部屋の真ん中へまで入っていくと、私を振り返った。


「ミクル様も遠慮しないでおいでよ」


 手招きされ、私も中に入った。


(ひゃーー!!)


 玄関ホールや客室と同じようなテイストなんだけど、それをいっそう強烈にしたような?

 内装の全てが悪趣味で、くつろげる気がしない部屋だ。


(これは、レオさんの趣味、すなわち魔王様の趣味なのかな……?)


「……どう?」


(そんな期待に満ち溢れたまなざしを向けられましても……)


「そうですね……壁紙がバイオレットなのと、カーペットがボルドーなのが……」


 レオさんが不安そうな目でこっちを見てくる。

 レオさんだけじゃない。魔王様とリナさんまで……


(これ、正直に言っていい場面?)


「……何ていうか、斬新……?」


「あーっ、ダメかー!」


 可能な限りオブラートに包んだつもりだったのに、レオさんは嘆き、魔王様は『ぷはっ』と噴き出した。


「若い子には黒じゃなくて、こういう色のほうがいいと思って、この部屋にしたんだけどなー」


「……まあ、黒よりは……」


「いい? こっちで正解?」


(ここで『正解』と答えてしまったら、これが私の部屋になってしまうってこと?)


 身震いがした。


「ラベンダーとかもうちょっと薄い色のほうが好きかなーって……」


 レオさんが肩を落としているのに、魔王様は『クックックッ』と忍び笑いしている。

 リナさんが眉をひそめ、横目で魔王様を見た。


「魔王様、確認できましたよね? 約束通り、仕事に戻ってください」


「わかってるよ」


 リナさんに指摘され、魔王様は廊下を歩いていった。

 途中、魔王様の爆笑が響いて、ここまで聞こえた。


(魔王様こそ、ガキみたい)


 謁見の間にいたときとはまるで別人だ。


「レオさん、ごめんなさい」


「謝ることじゃないって。この際だから、使い魔思いに遠慮しないで全部言っちゃって」


(それじゃあ、お言葉に甘えて……)


「ランプスタンドが……」


 ベッドサイドにランプスタンドが置かれている。

 それが、ミイラの手がランプを下げているような形状なのだ。


「その、気味悪いっていうか……私は、シンプルなデザインが好きなんです」


「ええっ、そこがいいんじゃないの?」


(いやいや、就寝前にあんなランプで読書なんて怖くてできないでしょ?)


 そう突っ込みたいところを堪えた。

 しかし正直なところ、あの手がいつこっちに伸びてくるんじゃないかって気になって寝付きも悪くなりそうだし、寝付けても悪夢にうなされそう……


「あとテーブルの脚も、」


 猫脚ならわかる。


(でもあれ、猫じゃないですよね?)


 ちょうどここ別棟の警護をしていた魔獣の足によく似ている。


「本当にごくシンプルなのがいいんです」


「うわー、総入れ替えかー」


(ど、どうしよう……調子にのって言い過ぎちゃった?)


 『総入れ替え』という言葉で自分の発言がどれほどのダメ出しだったかに気がついた。


「ごめんなさい! 大変だったらいいです」


「ミクル様、長く使うことになる部屋ですし、私も手伝いますので、気にしなくていいんですよ」


「リナさんが手伝ってくれるってマジ? なら楽勝、楽勝! ところでリナさんは、ミクル様がこの部屋を気に入らないだろうってどうしてわかってたの?」


「人間の様式が、周期的に魔界で流行るからですよ。私は前・魔王様の元に呼ばれることがあります。前・魔王様の邸宅はその時々で流行を取り入れていますから、そのときに見て知っています」


 それを聞いて私は、あれ? と思った。


(そういえば前・魔王様はどこにいるんだろう?)


「前・魔王様は別棟には住んでないんですか?」


「前・魔王様は王位を譲られたあと、魔王城を出られて、悠々自適に暮らしています。魔王城に来るのも煩わしいそうで、用があれば使い魔である私が呼ばれるんです」


(そっか。リナさんは魔王様じゃなくて、前・魔王様の使い魔なんだもんね)


 だから魔王様にも強気に出られるんだ。


「人間界ブームは少し前に終わってしまいました。再来するまでには期間が空くと思います。ですが、前・魔王様なら購入できそうな店に心当たりがあるかもしれません。在庫が残っているかもしれませんし、聞いてみますね」


「それは家具を買い替えるってことですか?」


「はい。家具だけでなく壁紙もです。特注してもいいのですが、それだと時間がかかりますので。前・魔王様は前回、薄い緑色の壁紙に張り替えていました。無理をしていたようで、ブームが去ったらすぐに戻していましたが」


 さすが前・魔王様……やることの規模が大きい……


「あの、前・魔王様ならわかるんですが、私のためにそこまでしてもらっていいのかなって……」


「何を言ってるんですか。ミクル様は魔王様の花嫁なんですから、このくらい当然です」


「でも私、家に帰れないってことだってまだ信じられなくて、実は帰れるんじゃないかって心のどこかで思ってて……」


 リナさんもレオさんも、可哀想な子でも見るような目を私に向けた。


「だって、魔王様の花嫁って、魔王様と結婚するってことですよね? それ、ただの冗談にしか聞こえないんです……」


 ふたりは互いを見合った。


「ミクル様、使い魔風情の私たちではどうしてあげることもできませんが、」


(そう、ですよね)


 それなのに、こうなった元凶の魔王様に言うならまだしも、リナさんとレオさんに言ったってふたりを困らせるだけだ。


(リナさん、それからレオさんも、ごめんな……)


「私もレオも、ミクル様が魔王様の花嫁と自覚できるよう、せめて精一杯お仕えさせてもらいますね」


(ちっがーう! そんなこと言ってもらいたいんじゃなーい!)


 リナさんにしてはズレていると思った。


「そうだな。だって魔王様でも帰せないんじゃ、どうしようもないし。まあ、魔王様はきちんと花嫁って認識してくれてるんだから、ラッキーだと思ってみれば? 召喚しといて気に入らないとか困るじゃん」


「えっ、気に入らない……?」


(召喚したあとで帰してもらえないのに、気に入られもしなかったら……)


 血の気が引いていく。


「大丈夫、大丈夫」


「魔王様の気持ちは、レオさんにはわからないじゃないですかー!」


「わかるよー」


「信用できませーん!」


(魔王様がレオさんを作ったからって、魔王様と完全イコールじゃないでしょ!?)


「使い魔は、ご主人様から言葉にされなくても、気持ちがだいたいわかるの。幸か不幸か、そういうふうにできてるんだよ」


「本当ですか?」


 私はレオさんではなく、リナさんを見た。

 リナさんは『ええ』と言って頷いた。


「魔王様はミクル様を自分の花嫁だって思ってるよ。それと今んところは、大事にしたいと思ってる」


 ほっとしたけれど、はたと思った。


(あれ? ほっとしていいの? 今日初めて会った人、というか魔王様に花嫁と認識されて、ほっとしてたらダメなんじゃない?)


 頭の中が混乱する。


「一朝一夕で受け入れられるものではないですよね」


 また体調が悪くなってきた気がした。


「あの……横になって休んでもいいですか?」


「もちろんです。私とレオは仕事に戻りますが、何かあったらあの呼び鈴で呼んでください」


 リナさんが私の気持ちを察してくれて、有難かった。


 私はベッドに突っ伏した。

 帰れない現実をどう受け止めればいいんだろう……

 それよりも私はこれからどうなっちゃうんだろう……

 魔王様の花嫁って何をすればいいの……



ここまでで第一章が終わりした。

次回から第二章に入ります。

引き続き、お付き合いよろしくお願いいたします。

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