5. ウェルカム・トゥ・ザ・魔王城⑤
魔王様が顔をしかめ、耳を塞いだ。
「レオ、うるさい」
「だ、だ、だって……人間!?」
リナさんがため息を吐いた。
「ミクル様に失礼です。静かにしなさい」
「えっ、もしかしてリナさん、知ってた?」
「私も魔王様も、『もしかして』と思った程度ですよ」
「それなのに魔王様もリナさんも、何でそんなに落ち着いていられんの? あと、人間のミクル様がどうして魔王様のお嫁さんとして召喚されちゃってんの?」
(それ!)
まさに私自身が魔王様に尋ねたかったことだ。
「僕も落ち着いてはいないよ。でも、考えてみると、そういうこともあるのかも……って気がしてる」
「どういうことですか?」
もっときちんと話してほしくて、魔王様の目を見て訴えた。
けれど、魔王様は天井を見上げていた。
「そもそも花嫁を召喚しようとした経緯がねー……」
魔王様は考えながらゆっくり話した。
焦れったい。
「どういう経緯だったんですか? 私には知る権利があると思います。話してください!」
魔王様はソファに座り直して、私のほうに向き直った。
これからきちんと話そうとしてくれているのが伝わってきた。
「僕はこれでも一応、魔界の最高権力者なわけね。だから、ぜひとも自分たちの一族から僕の花嫁を輩出したいって輩がわんさかいるんだ。でもその中から誰を花嫁に選んだって、揉めるのは必至で。下手するとまた命の危機だしさー。魔界は一枚岩じゃないんだ」
「あー」
もう先が読めてきた。
「もう一生独身でもいいと思って、のらりくらりかわしてたんだけど、毎日のように『一刻も早く花嫁を選定しろ』ってうるさくて。何か面倒臭くなったんだよねー。それで『我に相応しい花嫁を召喚する、誰が召喚されても文句を言うな』って宣言したんだけど……」
「いざ召喚してみたら、私が現れちゃったってことですか……」
「正解ー!」
魔王様は小さく拍手を贈ってくれたけれど、全くもって嬉しくない……
「ミクルなら魔界の勢力争いと無関係だからね」
「で、でも、そんな理由だったら私じゃなくたっていいはず!」
魔王様が首を捻った。
「そうなんだよねー。でも、こればっかりは僕にもわかんないんだ。逆にミクルに聞きたいくらいなんだけど、何か心当たりない?」
魔王様は、私の瞳のその奥を覗き込んできた。
私から何か聞き出したいという意志を感じる。
(……まさか、魔王様が花嫁を召喚したときに、ちょうど私が学校に行きたくないって願っちゃったから……? ははっ、まさか、まさかね!)
月曜の朝に学校や仕事に行きたくないのは私だけではない。それこそ、わんさかいる!
私に原因はないはずだ。
学校を呪ったせいで私が魔界に落ちるなんて、ありえない……
「ミクル、どうなのかな?」
(ギクッ!)
「こ、心当たりなんてないですってば! まだ早朝で、私はベッドで寝てたんです。そうしたら突然魔界に落っこちて……こっちは大迷惑ですよ!」
腕組みをしてプンスカ怒ってみたけれど、わざとらしかっただろうか?
魔王様は『ふうん』と鼻を鳴らした。
全て見透かされているみたいで居心地が悪い……
(魔王様は読心術みたいな魔法は使えないよね? 戦闘魔法じゃないから)
「と、とにかくそういうわけで、さっさと家に帰してください!」
魔王様がギョッとした。
どうも形勢逆転できたらしかった。
あの謁見の間での売り込み合戦が思い出された。
(そうだよね。あれを連日繰り返されるのは、さぞかし大変だったんだろうな)
私に逃げられたくないわけだ。
けれど帰してもらえないと、今度は私が困ってしまう。
「私が召喚されちゃったのは何かの間違いに決まってます。私を帰して、もう一回召喚をやり直してください」
魔王様が頭を抱えた。
さっきの私よりわざとらしいのは気のせい?
「……無理なんだ」
「何がですか? 召喚をやり直すのが?」
魔王様は、私のことを『ただひとりの花嫁』と大見得を切ってしまったから?
その手前、『てへっ、やり直しまーす』とは言い出せない?
(あー、そういえば偉そうなおじさんに、『僕の召喚魔法を疑うとでも?』ってすごんでたなー)
「でも、私まだ16歳の高校生だし、結婚できないですよ。だから、無効にしちゃえばいいじゃないですか」
「その『こーこーせー』ってのが何かはわからないんだけど、とりあえず魔界では結婚に年齢制限はないんだ。それと何よりも、ミクルは召喚されて来ちゃったんだよ」
「でも結婚って一生の問題なんだし、恥ずかしいかもしれないですけど、ここはひとつ……」
魔王様がしょんぼりしていく。
「ごめん。本当にごめんね!」
魔王様がパンッと勢いよく手を合わせ、その手におでこをくっつけた。
「……魔王様?」
「この通りだから許して!」
「すぐ帰してもらえるなら」
「だから、それができないんだって! 召喚するときって、何かお願いがあって呼ぶんだ。『この戦闘に加勢してほしい』とか、そういうの。で、そのお願いを遂行したら、召喚された魔獣なんかは勝手に帰っていくんだよ」
(ふむふむ……む?)
魔王様の説明を聞きながら頷いていた私の首は、急停止した。
(お願いを遂行したら……?)
「ミクルを召喚したときはお願いじゃなくて、『我が花嫁に相応しい娘』って言って召喚したから、どうしたら帰れるのか僕にもわかんない」
(ち、ちょっとー!)
「『僕の花嫁を遂行する』って、何すればいいんだろうね? 僕と添い遂げればいいのかな……」
また頭がクラクラしそうだ……
「差し当たって、ミクルの身の安全を確保しないといけないよね」
魔王様は何か呟くと、頭を抱えていた私の左手を取った。
「えっ、何ですか?」
薬指に何か硬い感触があった。
見るとそこには、漆黒のリングに真っ赤な宝石……
「不気味! まさかこれを結婚指輪って言うんじゃないですよね?」
「えーっ、不気味ってひどいな。これは防犯グッズだよ。ミクルが攻撃されそうになったときに、ミクルを守ってくれるもの」
「デカい宝石も悪趣味ー!」
「さっきから言い過ぎだよ。僕の魔力をこめるには、それぐらいの大きさが必要なの! その指輪は絶対に外さないでね。いい?」
ああ、大変なことになってしまった……