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1. ウェルカム・トゥ・ザ・魔王城①

 学校なんて常に行きたくない。

 けれどそんな中でも、行きたくない気持ちが特別に強くなるのは月曜の朝……

 

(今日が日曜なら……ううん、永久に日曜だけを繰り返してくれればいいのに……)


 全身が重くて手足どころか瞼すら動かせなかった。

 それでも頭の中だけは起きていて、朝が来ていることは認識していた。


(あとどれくらいで目覚ましアラームが、この平和に終わりを告げる? 30分?)


 ひょっとすると残り5分もないかもしれない……

 頭まで隠れるように掛け布団を引っ張り上げ、外の世界を遮断する。


(あー、本気で学校行きたくない。学校なんてなくなってほしい! 学校に隕石が落ちればいいのに!)


 学校を呪った。心の底から。


 その瞬間だった。

 なぜかベッドに寝ていたはずの私は落ちたのだ!

 何に? って、底なしなんじゃ……と思うような深い深い穴に!

 ベッドに穴が空いたのか、ベッドが消えてその下に穴が出現したのかもわからない。

 気づいたら、穴のずっと深いところまで落下していた。


(呪った相手が人ではなくて、学校だったから穴はひとつで済んだ?)


 まあ、落ちるのにひとつもふたつも同じなんだけど……



 底なしではなかった。

 はるか下方に地面らしきものが見えてきた。


(何あれ? 御影石? あんな強度ありそうな床、いやーっ!)


 衝撃が来るかと体を丸めて身構えた。


 しかし着地の直前、私は密度の濃い、真っ白な煙に包まれたかと思うと、急に落下速度が下がった。

 そして、ひんやりする床にふわっと落ちた。

 何が起こったのかさっぱりわからない。


(でも私、生きてるっ!)


 恐怖と安堵とがぐちゃぐちゃで、涙がボロボロ溢れた。

 私を取り巻いていた白い煙が徐々に薄くなっていく。


(ここは……どこ?)


 私は天井が高くて、だだっ広い部屋の中央にいたのだ。

 部屋というより、石造りの体育館……のような……?

 この場所に見覚えは皆無だった。


 そして、ギョッとした。

 大勢に囲まれ、それらの視線を一挙に集めていることに気がついて。


(体育館に集まって、ハロウィンの仮装行列の練習でもしてたとか? 頭についている角は、カチューシャかヘアピン?)


 私も似たようなのを、去年のハロウィンで付けた。もっとずっと安っぽい(実際安かった)ものだけれど。

 ここにいる人たちが付けているのは、精巧な角だ。


(本物の動物の角を使っていたりして)


 衣装もペラッペラでなくて、その本気度が窺える。

 私の正面は壇のようになっていて、そこに立っている男の人は、一際大きな角に重厚な衣装とマントを身につけている。

 この前『30になった』と言っていた担任よりは若くて、新任の英語の教科担任よりは上だと思う。


(ということは20代半ば、ってところかな?)


 腰まであるストレートのロングヘアはかつら?

 そして、今まで会ったことがないくらいのイケメンだった。

 切れ長の目に、すっきりした鼻筋。


(これほど美しい王子様、というかこの服装は魔王様なのかな……がハロウィン行列にいたら、沿道は盛り上がるだろうな)


 だからこそ、この体育館にいる人たちの中では若いほうなのに、大役を任されることになったんだろうか?

 そうだとしたら納得だ。


(……あら? あらら?)


 その規格外なイケメンの顔がだんだんと大きくなる。

 魔王様っぽいイケメンは壇上から降りて、私に向かって歩いてきていたのだ。


(もしかして私を助けようと? 私がどこから来たのか知っていて、帰してくれるとか?)


 しかしその割にはその表情は冷たく、まるで何の感情も宿していないみたい。

 至近距離まで迫られ、まじまじと見つめられた。

 背中がゾクッとした。


「あ……あの……」


 魔王様は一見、表情を崩さなかった。

 けれど、私にしかわからないほど微かに目を見張ったのを、私は見逃さなかった。

 それから一呼吸置いて、ようやく私に話しかけてきた。


「僕の花嫁、」


(……ん?)


 この人、今何て言った?


「名前は何という?」


「内藤ミクル……です」


 周囲からヒソヒソ話が聞こえてきた。


「ずいぶんと貧相だな」


「それに弱そうだが、あれで魔王様の花嫁になれるのか?」


 また『花嫁』と聞こえた。

 しかも今度は『魔王様の花嫁』と……


(思った通り、この人は王子様でなくて魔王様役で合ってたんだ)


 ところで困ったことに巻き込まれた。

 私も仮装行列の参加者、それも魔王様の花嫁役と間違われているらしい。


「あ、あの……私、花嫁じゃないです。勘違いしてますよ。それと私は家に帰りたいんですけど……」


「何?」


 魔王様が私をにらんだ。


(ひいいぃぃー、この人イケメンだからじゃなくて、眼光が鋭いから魔王様役に選ばれたのかも!? ううん、『かも』なんかじゃなく、絶対にそうに決まってるー!)


 周りもザワついた。

 そして、ひとりの高慢ちきそうなおじさんがわざわざ顎を上げ、私を見下ろすようにして言った。


「魔王様、こんなみすぼらしい娘など、さっさと送り帰しましょう。やはり魔王様の花嫁には、ぜひぜひ私めの長女を!」


 すると次々に声が上がった。


「貴方のご息女は筋力ばかりが取り柄ではないですか。その点、私の三女は魔族一といわれる器量よしです。魔王様と並んでも見劣りしません」


「それでしたら、我が家の二女は……」


「いやいや……」


 必死の売り込みは、真に迫っていた。

 そして魔王様のイライラを募らせる様子も。


(仮装行列の練習じゃなくて、演劇の練習中だった?)


「黙れっ!!」


 広いこの部屋にそのひと言は響き渡り、そして静まり返った。


「僕は、我が花嫁に相応しい娘を召喚した。そしてこのミ……クル?が召喚されたのだ」


(あっ、魔王様、私の名前はちょっと自信なさ気)


 笑いそうになったけれど、そういう場面でないことはわかる。

 私は口もとを引き結んだ。それと同時に自分にそんな余裕があったことに驚きもした。


「し、しかし!」


「何だ? 僕の召喚魔法を疑うとでも?」


「と、とんでもありませんっ。そのようなことは決して、」


「なら黙れ! 僕の花嫁はこのミクルだ。そして召喚の儀式前に宣言した通り、僕の花嫁はただひとり。今日はもう疲れた。これにて解散すること!」


 魔王様は私の腕を引っ張り上げようとした。


「痛っ!」


 魔王様は私の耳元で囁いた。


「悪かった。急いでて。でも危険な目に遭いたくなければ、僕と一緒においで。早くっ」


(き、き、危険!? それって、劇中での話ですよね? そういう設定の場所ってことですよね?)


 それにしては魔王様の目が真剣すぎる。


(ここは本当に危険なのかも?)


 自分の周りを360度見回した。

 蔑むような視線がほとんどだけれど、中には憎むような視線まで……

 魔王様だけが、私のことを真剣に心配してくれているように見えた。

 とにかく一刻も早く帰りたい。帰ったら学校に行かないといけないにしても。

 そのことを相談できそうな相手は、この場にはひとりしかいない。

 私は自分の足で立ち上がった。

 膝がガクガク震えている。

 だって、訳の分からないこの状況が怖くて仕方がなかったから。


 魔王様はおもむろに黒い手袋をはめた手を差し出してきた。

 私には魔王様のその手にすがるほかなかった。


「では行こう」


 そうして魔王様に案内されて、私は体育館のような部屋から退出した。


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