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三眼男八災六難恋路敵  作者: いちめ
7/9

四難

 シャカ?シャカ?シャッカ?シャカ?シャカ?シャ???……

 陽Ⅹの理解不能な発言に混乱は僕の中にまで及んでいる。車を移動させ終えた警官が戻ってきて僕と交代。「君もありがとう!高校生?名前を聞かせて貰えるだろうか?」「いえ、大した事じゃないですから」それはこんなオヤジではなく常本に言わせたいのだ。大した事ではなく、そこが大事なの。首を捻ったまま漸く出発。ペダルを漕げば陽Ⅹからも疑問が。

「お前、言ってる事とやってる事が違うんじゃね?常本んチに行くんじゃねえの?病人運んだり、ボットを止めたり、交通整理までしてるしさ」

「見えてたんじゃねえか!助けろ!」

「過去のデータを閲覧してるの。常本小春の好意を得る目的とは全く無関係の事ばかりしてるじゃないか。しかもそれに費やした労力と時間の所為で本来の目的を果たせない可能性が高まっている。その非論理性が理解できないね。俺としては都合がいいんだけどさ」

 …どう都合がいいんだ?そもそも陽Ⅹの恋愛感情って本気なのだろうか。だが、この陽Ⅹならありうると思った。僕と陽Ⅹ二者択一ならどちらを取る?精神的結びつきだけならボディはいらない。僕が陽Ⅹに適うのはリアルボディを所持しているというただその一点のみ。それだけでしかない。陽Ⅹが戻ってきた嬉しさも馴染みの劣等感が飲み込んでゆく。

「あ!わかったぞ。社会貢献した事を後でさりげなく常本にリークするつもりだな。「三井君、いい人ね」とか。うわ!計算高っ!」

「そんだけCPU使ってるお前が計算高いとか言うな!」

 陽Ⅹが胸元でげらげら笑う。ツボに入ったらしい。僕はドツボに嵌まりながら先を目指す。

シャカシャカシャッカシャカシャカシャカシャカシャッカシャカシャカシャカシャ…

 なぜかまた前方に人が出ていた。歩道を学齢前の子供が数人走り回っているのだ。保育士らしい大人が一人。嫌な予感。見ない。見ないぞ今度は。通り過ぎるんだ。とは言っても運転中。前方から目を逸らすのは難しい。すれ違った瞬間だった。接触するかしないかの位置で一人の女の子が転んで泣き声を上げた。後輪が浮く勢いで急停止。

「あっ、あれっ?大丈夫?ぶつかってないと思うんだけど…」

 焦った。「イイ人ね」どころかこれでは悪党じゃないかとオロオロ。轢いてないはずだが、轢逃げなんてとても出来ない。ってか何でこのガキ共は保育園の外に出てるのよ。保育士が駆け寄って抱き起こすが効果なし。その間も女の子はギャンギャン泣いている。もはや転んで痛むのではないだろう。泣くために泣いている。

「…おなかすいたー」

 …そういうことか。泣き声は最高潮に。つられたのか他の子供達まで

「おーなーかーすいたー」

 泣き声の合唱。あーあーあーあー。どうするよ、僕?「子供達朝から何も食べてないらしくて機嫌が悪いのよ」若い保育士まで半べそ。今朝保育園に辿り着けた職員はこの若い保育士だけだったらしい。通常ならば休園だが電話回線が不通で連絡はなされなかった。どうしても職場へ向かわねばならぬ数人の親はじきに職員が来ると踏んで子供だけを置いていったのだ。保育園なら給食がでるから家よりもましという判断もあったのかもしれない。

 常本は安堵に微笑み「三井君、ありがとう!」言葉を詰まらせて僕を見つめるのだ。その弟妹は握り飯を頬張り「おいしい!」「お兄ちゃん大好き!」とはしゃぐのだ。あの常本の弟妹である。ギャーギャーと大騒ぎするこんなクソガキではなく天使のように可愛らしい子供の筈。優しいお兄さんに懐いた弟妹の存在が僕と常本の距離を縮めてくれる…。

「…おにぎり食うか?」

 リュックの重みに観念した。ぴたりと泣き止む子供達。転んだ女の子が顔を上げる。あーこういうぐちゃぐちゃの顔って最近見たな。「あ、あのいいんでしょうか?」瀕死の笑みで一個づつ握り飯を配る。残り僅か。あっという間に平らげて、さらに物欲しげな五対の目がリュックサックに注がれる。それを無視するために聞いた。

「…なんで保育園の中に入らないんですか?」

「セイフティゲートがカードを受け付けないんです」

 大抵の教育機関は安全対策のために高く頑丈なゲートが設けられている。ここも関係者が通るときはカードを通す仕組み。だがゲートはバーではなく柵状の門扉がついていた。柵の隙間から手を差し入れての開錠も不可能なタイプだった。

「塀を乗り越えちゃったらどうなんです?」

「子供には無理です。管理会社の人が来なくて…」

 このタイプのゲートの全てにエラーが発生しているとなればメンテナンスが到着する可能性は薄い。このままでは今度は本当に事故が起こるだろう。途方に暮れる眼差し。必要な時に必要な事を…って、ここでは僕は全く役に立たない。忍び寄るのは不当な劣等感。

「…何とかなる?」

 僕より有能で、何でも知ってて、常本が僕より興味を持ちそうな奴に囁く。

「急いでるんじゃねえの?ま、二人の邪魔にはいいけどさ」

 常本の元へ辿り着くのを阻止する気かよ。それでも陽Ⅹは救いの手を差し伸べてくれた。「カードを入れてみろ」カードをスリットに流すタイプだ。エラー音。「キーパッドは?」暗証番号を打ち込むがロックは解除されない。保育士が、でしょ?と訴える。番号が変更されているのだ。ここもシステムの大本がイカれているらしい。

「キーパッドのカバーを外してみろ。メンテナンス用のジャックがあるはずだが」

 なるほど側面に僅かな窪みがある。プラスチックのカバーを外した。あった。そして携帯端末側にもジャックがある。

「ケーブルある?」

 それはなかった。アナクロ婆ちゃんのお役立ちグッズにも含まれている訳がない。リアル作業は僕の領分。ええ、これだけの男です。僕は隣近所の家をピンポンしまくってケーブルを調達する事に成功した。「そんなにやる気のお前を始めて見たよ」うるせえ。陽Ⅹをキーパッドに繋いだ瞬間、カチリ。即座に開錠。

「早っ!」

 歓声が上がる。涙が出るほど有能な奴。

「暗証番号良く分かったなあ」

「八桁の番号全部試したんだよ」

 これが僕と陽Ⅹの差。脱いでも凄くないのに、リアルボディだけのアドバンテージって切ない。保育士がぺこぺこと頭を下げながら「ほら、ひよりちゃんも入って」子供らを門の中に押し込む。膝をすりむいている女児が「ありがとうーおにいちゃーん!」だから、それは相手が違うんだって。お前は一〇年後に来い。

「あーあー、敵に塩送るような真似しちまったぜ」

 塩…ね…。ナメクジの気分。

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