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三眼男八災六難恋路敵  作者: いちめ
4/9

一難

 気分が春めいていようが、土砂降りだろうが朝は来る。そして、朝は戦争だ。

「起こしてくれもいいじゃん!」

「アラーム鳴らしたもん。俺にはリアルボディがねえんだからしょうがねえだろ」

 制服を着ながら階段を下りるという荒業でダイニングに飛び込むと

「ハル君、起こしてくれてもいいじゃない!」

 フライパンを振りながらスープの火加減を覗く母が声を張り上げる。そこも戦場だった。

「起こしたってば。平行作業は効率が落ちるのよ」

 陽Ⅹの言葉に母は耳を貸さず皿を並べ、僕はテレビを眺めながら朝食を詰め込み、親父は配信された新聞を読むため携帯端末とともにトイレに籠もる。いつもと同じ、何の変哲もない一日の始まり。その筈だった。


 それは不意に始った。


「毎朝同じ事言って人間的成長が…」

 妙な感じで陽Ⅹの声が途切れた。「…侵……ファイア…突っ…」ぶちぶちと途切れる台詞。かつてないそれに母と僕が同時にスピーカーを振り返った瞬間、

「おゥわあぁっ!」

 叫び声と共に親父がパンツを上げながらトイレから飛び出してきた。

「便座が異常に熱いぞ!」

 何が起こった?頭が付いてゆかず顔を見合わせるばかり。が、鼻がそれを拾った。

「焦げ臭い!」

 台所に目をやれば「きゃあぁぁっ!」トースターから煙が噴出しているではないか。さらにテレビがブラックアウト。照明が明滅する。瞬く間に戦場さながらの混乱に飲み込まれた。「な、何?」うろたえるばかりの僕らの足元を猛スピードで自走式掃除機が走り抜ける。足の小指を轢かれた親父が「!!!」声のない叫びを上げてソファに倒れこんだ。

「何が起こってるのよ!」

 さっぱり分からない。トースターから噴出した煙の所為で火災警報器がスイッチオン。「うるさいっ!」耳を劈く警報音が鳴り響く。「どうやって切るんだ、これ!」「知らないわよ!ホームシステムが操作を受け付けないわ!」ホームシステムに異常?リモコンどころかタッチパネルも操作を受け付けない。家電のタイマーや調整、通信、空調、配電、防犯を一手に担うシステムが正常に働かないとなると…。僕らがヒートアップしているのに気付いたのか勝手に空調が回り出す。「寒いっ!クーラーだよ、これ」「設定十五度?急速強風って!」表からはガレージのシャッターが開閉し続ける音がする。再びテレビが付いたが今度は尋常じゃない勢いでチャンネルサーフィン。僕らはなす術もなく走り回る掃除機から逃れて椅子の上でジグを踊る。電話をかけ始めた母が「ダメよ!システムサポートどころかAIカスタマーセンターにも電話が繋がらない!」金切り声を上げた。あれ?待てよ。ホームシステムの異常ならばそれで管理している電化製品の誤作動は分からなくもない。が、携帯端末からかける電話が繋がらないのは何故だ?

「…ニュースが入ってきました」

 チャンネル移動のテンポが遅くなったテレビの声に顔を上げる。

「ただいまM市では大規模なシステム障害が起こっている模様です。一般の通電システム、電話通信回線、公共交通機関等に影響が出ています」

「「「これだ!」」」

 三人でテレビに飛びついた。チャンネルはめまぐるしく変わるが報道の内容はいずれも同じ。M市全域で停電?「!!!!」カーペットに付いた親父の手の甲を掃除機が走り抜けた。「うちは電気来てるじゃん!」「ソーラー発電いれてるでしょ」表を覗えば、向かいの家も斜向かいの家も雨が今にも降り出しそうだというのに明かりが漏れていない。本当なのだ。電化製品が使えなければ飯が炊けない。レンジが使えない。冷蔵庫が止まれば生鮮食品が駄目になる。風呂も冷暖房も…。いや、使えないというだけじゃない。うちのこの有様は一体なんなのだ?

「…なおこの件につきましてはネット上で犯行声明が出されており…」

「サイバーテロなのかよ!」

 今や電気ガス水道のライフラインも通信も交通もあらゆる物がコンピューターで管理されている。そのシステム自体が攻撃されれば、社会生活そのものが成り立たなくなる。

「公的機関及びAI関連の研究施設がターゲットとされている模様です」

「「「……」」」

 三人して黙った。AI関連施設。両親の勤める研究室もそれに含まれる。つまり我が家のホームシステムに異常がでたのは、うちのシステムが両親の研究所と繋がっているからであり、家に陽Ⅹの一部が出張してきているからだ。と、言う事は…、

「…陽Ⅹは?」

 さっきから声一つ上げない。嫌な汗が流れていた。ずっと鬱陶しいと思っていた。生まれてこの方の全てを記録されるのが忌々しくない筈がない。勝手に僕の中に居座って、僕の人生を糧に知性を獲得した奴。饒舌で僕より賢くて人間様よりずっと上等なあいつ。だけど…いつも一緒だった。この世の誰よりも多く言葉を交わした相手。そして僕の事を誰よりも知っている相手。僕の中にあいつは確実にいた。だから、あいつの中にもきっと僕はいたのだ。あいつにとって僕は僕のままで、それだけで十分だったのだ。それなのに…。世界が希薄になって行く。

「…壊れてないよね?」

 親父が二階に駆け上がって行く。「!!!」階段から二階の掃除機が飛び降りてきた。陽Ⅹに辿り着いたらしい親父が怒鳴る。

「母さん!外部から侵入を受けているぞ!」

 母が悲鳴を上げた。「何とかして頂戴!」警報が鳴って、テレビが切れ切れに叫び、エアコンが唸る中、僕は何一つ出来ないでいた。漸くもう一つ僕のための場所があったことに気付いたのに、そいつのために何も出来ない。僕は…僕は…。

「落ち着きな!」

 国境を越えて婆ちゃんがリビングに入ってきた。その足元をすり抜けようとした掃除機をガッと踏みつけて捕獲。手近な床下収納に放り込む。

「ば、婆ちゃん!」

「ハルトが呼びに来たからいいようなものの。何だいこの様は」

 僕は婆ちゃんを呼んでない。と、言う事は陽Ⅹが婆ちゃんに助けを求めた?「ラジオでもニュースが流れてるんだよ」婆ちゃんはあちこちの家電製品のコンセントを抜き始めた。あ、そうか…それでいいのか。母はオロオロと階段を上り下りしている。「手順通りでなければ陽Ⅹの電源は落とせないわ!」他にも充電式でホームシステムからの指示を無線で受けている物はどうしよう。婆ちゃんは台所から持ってきたアルミホイルで無線ポートごと包んでしまう。なるほど。「…研究室、行かなきゃ…」「うむ」漸く我に返った両親が動き始めるのを婆ちゃんが制した。

「腹ごしらえして行きな。今日はどこも店が開かないよ。自販機もダメだ」

 家の中の混乱は一先ず終息したが、電力等各種システムの異常は広範囲にわたっているらしい。長丁場を覚悟してゆかねば。とは言っても、腹ごしらえをしようにもトーストとオムレツは消し炭になってるし、スープは吹き零れて残ってないし、炊飯器どころか湯沸しポットすら使えない。スナック菓子でも齧るか?そこへ婆ちゃんが運んできたのは寸胴。「鍋?」「飯だよ」鍋で飯を炊くというのだ。カセットコンロだから供給システムを介していない。僕らは婆ちゃんが拵えた握り飯を頬張って僕ら自身を取り戻した。婆ちゃんはここにいた。

(…そうか、今が婆ちゃんの「その時」だったのか…)

 そして僕はもう一つの顔を思い出した。

「婆ちゃん、残りの握り飯貰っていい?」

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