表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三眼男八災六難恋路敵  作者: いちめ
1/9

苦難

AIはどこまで人間に近づけるでしょう? ―別にソコねらってねえし(AI)

 教室は休み時間の喧騒に包まれている。麗らかな春の陽射しが注ぐ窓際の一番後ろの席で僕はぼんやりと窓の外を眺めていた。授業と授業の谷間の時間という奴は僕にとっては無駄に長い。クラス内での数少ない昼飯仲間が学校を休んだりすると手持ち無沙汰な時間を過ごす事になる。高校入学当初は理由もなく何かが起こるような気がしていたけれど、一ヶ月も経てばそんな浮ついた気分は何処かへ行った。気が付いてみれば目立たぬように沈まぬように漂っているだけで、僕の評価は居ても居なくてもいい奴。多分そんな所。

(…フツーなんだよね)

 いい意味でも悪い意味でも普通。確かに身体的には特殊かもしれない。額の中央に黒子状のデキモノがある…とか、ね。仏像で言えば三眼の位置だが、ステキな理由なんかない。僕は仏様ではないので全てを見通す眼などなく、八面六臂の活躍なんかしないのだ。

(あまりにもフツーすぎる…)

 スターになりたい訳じゃないが、僕にはルックスも運動能力や根性もユーモアのセンスすらない。いや、そこまででなくとも良いのだ。「あなたじゃなければ駄目」そんな希望は僕にはおこがましい。「あなたがいい」これでも贅沢か。「あなたでもいい」この程度なら許される?そんな何かがあったなら、

(ここに居る理由になるかもしれない)

 僕のアイデンティティーって何なのだろう。空はこんなに青いのに、自分の価値について考えていると儚くなってしまいそうだ。僕が霞と消えても明後日位まで誰にも気付かれない。

 教室の中ほどでぎゃあぎゃあと盛り上がっていた一団が唐突に僕を振り向いた。複数の視線にたじろぐ。僕何かやったか?

「三井、ちょっと端末見せて」

 納得。そう言う事ね、やっぱり。がやがやと囲まれる。そんな理由でもなければ、僕の周囲に人が群がるような事はない。級友の求めに応じて僕は携帯端末を広げた。

「おーい、三井のナビ~」

 端末の液晶画面に線画の人が現れる。ラクガキみたいだが、なかなかに表情豊かでユーモラスだ。端末のスピーカーのボリュームが自動的に上げられた。

「どうしたの沢山で。何か用?」

 スピーカーから僕より少し高めの声。線画人間はクエスチョンマークを振りまきながら手を振って見せた。僕の冷や汗を他所に、「おおっ!」とギャラリーから歓声が上がる。「ほらな、スゴイだろ?」誇らしげに胸をそらせるのは僕ではなく、最初に声をかけてきた奴。

「三井のパーソナルナビって本当に良く出来てるよなぁ」

 幾つもの相槌。これを自分の資質や能力と勘違いしない程度の知恵は僕にもある。苦笑いで応えた。裏で「三井って一晩中ナビと会話してそうだもんな」「んで、ナビサイトでデビューしてたりするんだろ?」「あるある」とか言われているに違いない。

 ナビことパーソナルナビは携帯端末用のセクレタリーアプリケーションだ。スケジュール管理やルート案内、ちょっとした調べ物、防備録代わりの音声映像記録等々便利機能の集大成だ。何が新しいかといえば、それらをキー操作ではなく、通常会話で疑似AIが処理する所である。単なる単語認証検索やRPGゲームのキャラクターがストーリーに沿って会話文を読み上げるような物ではない。アーティフィッシャル・インテリジェンス、AI。人間のように考え、人間のように会話し、人間のように付き合える機械。ナビはそれに「似た」代物なのだ。

 昨今、チューリングテストをパスするAIはそこそこ出てきたし、気の利いた会話ができるものもある。例えば数学や物理、既知の事象についてのリサーチや回答は問題ない。カウンセリングを受け付けて、古今東西の解決方法を提示もできる。画像や中には小説さえ作る奴もいるらしい。AIに宿題やらせちゃダメだって小学生の時から言われてる。ところがだ、質問とその回答にならない状況、僕らを取り巻く時間の大半、つまり日常的にはまだどうしても使えない。AIは人間である僕らの側に合わせることが出来ないのだ。

 僕等は混沌の中で生きている。曖昧な会話や背反する命令など日常茶飯事だ。「この間のあれどうした?」など指示語だらけの文脈にも人間ならば問題ない。だが、それをAIに答えさせようとすれば、「この間」が何日の何時か、「あれ」が何の件を指しているのか、「どうした?」が結果を尋ねているのか、所在を尋ねているのか、一つ一つの言葉を定義付けしてやらなければならないのだ。命令として処理できるよう人間が譲歩しなければならない。そこが問題。それってフツーではないのである。うんざりするような質問返しの末の回答なんか仕事の同僚と考えても不適切だろう。「アレよ、アレアレ」「あー、ソレね」で通じ合うだけでなく、お互いのいい加減さを笑い合う関係性。AIとはこの関係性を築くことが出来ない。AIは人間と一緒にいる相手にはなれないのだ、まだ。

 ナビは疑似AIだが、「テキトー」を知っている。曖昧な会話にも動作不良や質問返しループに陥らない。ナビは膨大な選択肢の中からランダム選択と言う荒業を使って何と応えるべきか、何をするべきか自動的に決定してしまうのだ。マニュアルにも明記してあるが、こちらの指示を正しく理解しないどころか、勝手な事をしてる(スケジュール入れたり)場合まであるし、唐突に全く関係のない話を始めたり等は珍しくもない。だが、逆にその能力の所為で七割弱の要求を正しく理解する。七割というと仕事の道具としては通用しない。しかし、オモチャ的ツールとしては悪くないだろう。いわば天然不思議ちゃん。人間にもたまにそういう手合いはいるから、それを面白がりさえすれば(そして忍耐があれば)パーソナルナビとは付き合えるのである。

 そしてパーソナルナビは会話の蓄積によって学習する。長く使えば端末所有者の癖や好みも記憶するので性格に差が出るのも人気の要因だ。会話と連動する画像もアニメ美少女キャラ、ディフォルメ動物、アイドルタレントやモデルを使用したものまで様々で、自分の育てたナビを自慢しあうサイトが幾つも出来るほどに人気を博している。それでもまともな会話が出来るようになるには相当な教育と忍耐が必要で、多くの者は自分専用秘書に育て上げる前に音を上げてしまう。やはりある程度育ちあがったナビを買うのが一般的だ。僕の端末に載っているこいつのように、市販品でもないのに友人同士の会話ができるパーソナルナビはかなり珍しいのである。だけどさ、

「三井、これって名前とか付いてるの?」

 表示画像は敢えて選んだラクガキみたいな線画人間。これでアニメ美少女キャラなんか使おう日にはヲタク扱い決定だからだ。自分で育てた訳でもないのにそんな評価はイヤだ。

「む!俺がここに居るんだから俺に聞けばいいじゃん。感じ悪いぞ、お前」

 これをパーソナルナビが喋っているのかと思えば暴言にすら感嘆のどよめきが起こってしまう。

「俺の名前はハルト。よろしくー」

 線画人間がニヤリと笑うと何人かが首を傾げた。

「あれ?三井の下の名前って…」

「…陽斗」

 憮然と応える。どうせ僕の心情など考慮する奴は居ない。携帯端末上のこいつも含めて。

「俺は陽Ver.Ⅹでハルトね」

 線画人間が自分の隣に文字を表示して見せ、またも「すげー」「レスポンス早っ!」「イージーな会話にもついてこれるじゃん!」盛り上がる。だが、「なんだぁ、自分と同じ名前にしたのかよ」しょうもな、という苦笑いもちらほら。確かにしょうもない。

「コンビ組んでコントとかどう?」

「いや、いいから」

 即答。線画人間は腰を折りつつ「ハルトーズでーす」揉み手する。おおっ!ざわめくその反応ももういいから。漸くの始業の鐘に安堵の溜息。人垣が壊れてから僕は陽Ⅹに囁いた。

「さっきのあれ、ペナルティーだろ」

 線画人間がてへへと笑った。問題は会話中の「どうしたの沢山で」の下り。通常、携帯端末のカメラ機能は自動で立ち上がりはしない。しかもあの時カメラは液晶と反対側を向いていたのだ。なぜ陽Ⅹは僕以外の人間が複数いたのを判断できたのか。

「音声入力で判断したって事にしとこーや」

 陽Ⅹはパーソナルナビではないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ