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第5話 揺れる馬車

「ずいぶん大きいな」


 車内から湖を見ると、それはまさに圧巻だった。

 俺たちはすぐにレーヴェン皇女殿下の別邸へ向かうことになり、移動手段として華やかな馬車に乗り込んだ。それは帝国の贅沢な馬車だった。


「あっ!」


 乗り込むやいなや、レーヴェンが短く声を上げた。


「御者がおらんな」

「それなら問題ない」


 少し待っていてくれと声をかけ、俺は土魔法を発動。数メートルもの大きさのゴーレムを一体生成する。ゴーレムの生成は一般的に土魔法の中では中級的なスキルとされている。

 本来は守護のために生み出されたゴーレムだが、その用途は幅広い。今回は御者の代わりになってもらうことにした。


自動(オート)でいいか」


 ゴーレムには二つの操作方法がある。自動(オート)魔動(マニュアル)だ。


 ゴーレムを自動(オート)モードで操作する場合、まず(コア)となる部分に必要な魔力を注入し、同時に適切な命令を入力(インプット)することが重要だ。途中で命令を変更したい場合は、(コア)を一度破壊して新たな命令を設定しなければならない。


 つまり、人間で言うところの心臓や脳にあたる(コア)を、交換する必要があるということだ。


 複雑なタスクをゴーレムに遂行させたい場合は、魔動(マニュアル)モードを選ぶことになる。


 ただし、これにも欠点が存在する。


 魔動(マニュアル)モードでは、常に術者が魔力でゴーレムを操る必要がある。ゴーレムの(コア)と術者は魔力の糸で繋がっており、要するに操り人形(マリオネット)のようにゴーレムを操ることになるのだが、ゴーレムと術者の距離が離れるほど操作は難しくなり、魔力の消費量も増加してしまう。


 今回は前述のように自動(オート)モードを選択した。目的地をレーヴェンから聞き、ゴーレムに正確な命令を入力(インプット)することで、馬車での移動は問題ない。


「どうかしたか? ……あ、じゃなくて、しましたか? 殿下」


 ゴーレムが御者を務める馬車に揺られてしばらく、すやすやと眠る少女を膝枕するレーヴェンが、じっとした目つきで俺を見てきた。


「ランスは元王族のくせに、言葉使いが平民よりなのだな」


 俺が王族として生きた時間はわずか18年。数百年は平民として生きてきたのだ。指摘されても仕方がない。


「か、勘違いするな。別に責めているわけではない」


 俺が気まずそうにしゅんと小さくなると、レーヴェンは咳払いをしながら少し慌てたようすで口を開いた。


「それにランスは恩人だ。私には気兼ねなく、普段通りの口調でかまわん。殿下もいらん。レーヴェンでよい」

「それは助かるよ。レーヴェンは噂と違って優しいな。……あっ」


 つい本音が口からこぼれてしまった。怒らせてしまったかと一瞬ひやりとしたのだが、


「ぷっ」


 激昂するどころか、レーヴェンはおかしいと言うように吹き出していた。


「あ、あの……」


 何が何だか分からずに戸惑う俺に、「いや、すまん」と彼女はとても優しく声をかけてくれる。


「戦場の死神などという厳しい名で呼ばれておるのだ。ランスがそう思うのも無理はない」

「でも、実際のレーヴェンはすごく優しいぞ。王族でもない俺にも親切にしてくれる」

「それはランスが私の恩人だからだ」

「恩人じゃなかったら違ったのか?」


 その問いにはすぐに答えず、レーヴェンは窓の外をぼんやりと眺めた。やがて、彼方を見据えながら口を開く。


「戦場で出会ってしまえば、違うのは当然だ」


 憂いを帯びた横顔から、目が離せなかった。

 こんなことを本人に直接言えば怒られるかもしれないが、その横顔はとても美しかった。


「それより、ランスは薬学だけでなく、魔法の腕もかなり良いのだな。先程の火魔法も、ゴーレム生成の土魔法も見事だった。あのセドリックを相手に剣を抜くことなく、冷静にいなしていたろ? 剣の腕もかなりのものと見た。違うか?」

「うーん、どうだろ?」


 俺はぽりぽりと頬をかきながら、苦笑いを浮かべた。まさか人生101回目で、剣の師匠が剣帝で、魔法の師匠が賢者だなんて言えるわけもない。


「謙遜するな。その歳で魔道や武道だけでなく、薬学にまで精通している者など、少なくとも私はしらん。ランスならば賢王になれただろう。ランナー国は実に惜しいことをした」

「俺なんかよりずっとレーヴェンの方が優れているよ!」

「私が……優れている?」

「皇女殿下という立場なのに、レーヴェンは慢心することなく自分を鍛え続けてきたんだ。武道において女性は男性より不利だとされている中、レーヴェンはそのハンディキャップを跳ねのけ、驚くほど強い。そして何より、皇女様なのに、レーヴェンは優しさに溢れている」


 傷ついた侍女を介護するお姫様なんて、御伽噺の中だけの存在だと思っていた。うちの妹たちなら、間違いなく血を見ただけで卒倒しているだろう。何より、今もずっと少女を膝枕する彼女は、俺には天使にしか見えなかった。


 誰だよ、死神なんて呼んだやつ!


 穏やかな微笑みをくれるレーヴェンだったが、再び窓の外に目を向けると、途端に悲しそうな顔になった。


「だが、私は所詮女だ」


 呟いた彼女の声音はとても寂しそうだった。

 どこの国でも女性が玉座に座ることはない。どれほど武の才能に恵まれていても、どれほどの戦果を上げていても、彼女がそこに座ることはない。


「お前がそのような顔をすることはない」

「え……」


 レーヴェンに言われて窓に映った自分を見て、驚いた。なぜ俺までこんなに悲しそうな顔をしているのだろう。


 俺を気遣い、困った顔で微笑む彼女が愛おしい。


「さっき従者たちの反乱って――」


 言いかけた俺の言葉を遮るように、彼女は首を横に振った


「ランス、それは我が国の問題だ。下手に首を突っ込めば困るのはお前自身だ」

「……はい」


 そんな風に言われてしまえば、もう何も言えない。所詮俺はよそ者なのだ。


「それでいい」と微笑みをくれる彼女に、俺はうまく笑えなかった。胸の奥がチクッと痛んだんだ。


 もしも俺が彼女の騎士ならば、絶対に裏切ったりしないのに……。彼女のために身を盾にできるテレサが、少しだけ羨ましかった。

 俺は無力だったから。


「見えてきたぞ」

「えっ」

「あの村の先に私の別邸がある」


 笑顔で指差す窓の向こうに、小さな村が見えていた。

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