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*8

 ――結果として、日没までに森の入り口に戻り、テレンツィオが提出した魔石は十一の魔穴の魔力を吸っていた。


「これは見事だ」


 紫ローブの魔術師が感嘆と共に認めた。

 他の新人たちは二番手でさえ六ヶ所。平均すると三か所という結果だった。


 無能ばかりだな、と正直なところ驚いた。

 あちらこちらに魔穴はあったというのに、その魔力を感じることができないのだ。これで魔術師団に志願したとは、死に急ぎたいらしい。


 近頃は大きな戦もなく太平が続いているから、馬鹿でもなんとかなると思っているのだろうか。無能共は精々、陰湿な上司の憂さ晴らしの玩具として活躍するがいい。


「お褒めに与り痛み入ります」


 テレンツィオがにっこりと微笑むと、紫ローブの中年魔術師は頬を染めた。――コイツにも気をつけよう。ダルボラ教訓だ。


「君の配属先はどこになるだろうか。先が楽しみだ」


 なるべく美少年に食指が動かない堅物が上官だと嬉しい。それでもって優秀で、魔力も強くて、悪魔に理解があるとなおいい。

 そんな上官がいる部隊に配属されますように。





 森から寮の部屋へ帰還した途端、さすがに疲労感が襲ってきた。

 ベッドに倒れ込む前に服を着替えたいのだが、まず入浴したい。水洗いでは物足りなかった。


 しかし、寮の大衆浴場はこんなに早い時間に行けば利用者だらけだ。テレンツィオは深夜に入るしかない。

 こっそり抜け出して城下町の浴場に駆け込もうかと思ったが、誰に見られているかわからない。迂闊なことはしない方がいい。


「なあ、フルーエティ。入浴したいんだけど、人が来ないところはないかな?」


 そんなことをフルーエティに言ったのは、多分疲れていたせいだ。戯言のつもりだったのだが、フルーエティはひとつ息をつくと言った。


「わかった。ただし、どこだろうと文句を言うなよ」


 敷物の上にへたり込んでいたテレンツィオの腕を乱暴につかんで立たせたかと思うと、フルーエティはもう片方の手を振るった。その途端、信じられないようなことが起こった。


 赤い魔法円が表れたのだ。

 それはいい、テレンツィオも事前に用意しておいた魔法円を引き出せるのだから。

 ただその術式が理解できない。テレンツィオが初めて目にするものだった。


「フルーエティ、これは――?」


 そんなテレンツィオの問いかけさえも魔法円は呑み込んだ。

 テレンツィオの部屋には最早誰もいなかった。



 ――まさか、と驚嘆するしかなかった。

 この赤黒い空はなんだ。険しい山間も、渦巻く気配もテレンツィオには未知のものだった。


 テレンツィオは生ぬるい風が吹く断崖にいた。フルーエティに腕を支えられながら。

 どこをどう見ても寮の部屋ではない。


「さすがのお前でも言葉を失ったか」


 フルーエティがいつになく勝ち誇ったように見えた。テレンツィオを驚かせてやれて喜んでいるなんてことがあるだろうか。

 あるとしたら随分と可愛いじゃないかと思う。


「ここはどこなんだ、フルーエティ?」


 湿り気のある風が髪に絡む。テレンツィオは足場を確かめるようにして断崖の岩を踏みしめた。


「ここは〈魔界(アディス)〉。俺たち悪魔の世界だ」


 魔界。

 まさか人間が魔界に踏み入ることができるとは。

 脚がどうしようもなく歓喜に震えた。


「ああ、フルーエティ! お前は素晴らしいな。私を魔界に連れてきてくれるなんて」


 肺腑に魔界の気を吸い込む。嬉しさで胸がいっぱいだった。

 フルーエティを抱きしめたくなったが、拒否された。


「……ここへ来て喜んだ人間はお前だけだ」

「何故だ? 地上の地図にない未知の世界に降り立ったというのにか? それ以前に、そんなに多くの人間が来ていたにしては、そんな記載は魔術書(レメゲトン)には一切なかった」


 頭を整理するためにつぶやいて、すぐに答えに行き着いた。

 魔界に訪れた人間がもし魔術書(レメゲトン)を書き残していたとしても、それが世に出ることはなかったのだ。その魔術書(レメゲトン)と人間は大陸ごと滅ぼされてしまったのだから。


 テレンツィオが答えに行き着いたとわかり、フルーエティは歩き出した。テレンツィオはその背を追う。


「フルーエティ、ここで浴場に入れるのは嬉しいけど、あちこち見て回りたい」

「観光目的でうろつくな。死ぬぞ」


 これが本気か脅しかは知らない。けれど、せっかくの機会を棒に振りたくはなかった。


「死にたいとは思わないけれど、結果として魔界で死んでしまっても私は来てよかったと思うよ。ここは私の知的好奇心を満たしてくれる。ここで酔いしれていられたらどんなにいいか」


 こいつなら本当に悪魔に遭遇して切り刻まれても笑っていそうだと思ったのか、フルーエティは嫌な顔をした。

 テレンツィオには取り合わず、崖の反対側に目を向けた。


「あそこに見えるのが俺の屋敷だ」

「えっ!」


 悪魔にも住処があるのはわかるが、邸宅に招いてもらえるとは思っていなかった。


「お前が湯を沸かしてくれるのかい?」

「ふざけるな。もういい、黙ってついてこい」


 怒らせてしまったが、そもそも主はテレンツィオの方だったはずだ。もう少し敬えばいいものを。


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