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*7

 フルーエティは、振り返ったら消えていた。

 洗って嵌め直した白い手袋の手をなんとなく見遣る。また、呼べば来るのだろうけれど。


 テレンツィオは空を見上げた。日没まで、ざっと見てあと二刻。

 休息は取るつもりもなかったので、食料はビスケットを何枚かポシェットに入れてきただけだ。それを歩きながら食み、ボトルの中の水を飲む。美味しくはない。もそもそするだけだ。


 テレンツィオは食べることに興味が薄い。何を食べたって、毒さえなければいいのだ。

 時間をかけて料理を味わうよりも、もっと魔術に時間を費やしたいと思う。だから、シルヴェーリ家で祖母につき合わされての食事は苦痛だった。


 今、他のヤツらがどれくらいの魔穴を探し当てたのかは知らない。テレンツィオも時間を浪費していた。

 だとしても、誰かに負けてやるつもりはない。絶対にだ。


 途中、人に出くわした。しかしそれは新人ではなかった。

 二十代半ばくらいだろうか。銅色の切りそろえた髪に水色のローブ――あのローブの色は、黒、紫、青、水色、白――色で階級を表す五段階中の下から二番目だ。もっとも、テレンツィオたち新人はまだ色を与えられてすらいないのだが。


 水色ローブの男はじろりとテレンツィオを見た。試験監督というヤツなのだろう。

 テレンツィオは微笑むと一揖してみせた。


「お勤めご苦労様です」


 敬う気持ちは微塵もないが、処世のためだ。挨拶くらいはする。

 ただ、テレンツィオがせっかく挨拶をしてやったというのに、水色ローブは嫌な顔をした。


「テレンツィオ・シルヴェーリ、だったな」

「お見知りおきくださって光栄です、先輩」


 テレンツィオは天才だから、入団時から話題になっている。知っていて当然だ。テレンツィオはこの男を知らないけれど。

 下手(したて)に出てやったというのに、水色ローブは不躾だった。


「随分と目立っているようだが、思い上がるなよ」

「目立っている自覚はありませんでしたが、なるほど、私は注目株というわけですか」


 大悪魔の主がその程度の眼力に怯むわけがないのだが、そんなことを知る由もない。それがまた笑える、とテレンツィオは内心で嘲笑った。

 それが伝わったのかどうかは知らないが、水色ローブは吐き捨てる。


「伯爵家の跡取りだと聞いたが、それにしては粗野じゃないか。髪の色だってドブネズミみたいな――」


 テレンツィオはハッと瞠目した。目玉が零れんばかりに。

 そして、水色ローブの言葉を遮る。


「先輩」


 力強い呼びかけに、水色ローブは言葉を切った。

 テレンツィオは柔らかく、天使ほどに優しく微笑みかける。


「――土将ロムアルド・ニールセン様配下、第四階級ノルベルト・サンチェス先輩」

「っ! ……僕を知っていたのか?」


 この問いかけには答えず、テレンツィオは笑った。先ほどとは打って変わって、ゾッとするような薄暗い笑みを見せてやる。


「先輩のお名前はしっかりと刻みました。死んでも忘れません。もちろん、先輩が先に亡くなれば別ですけど」


 ノルベルトは何かを言い返そうとしたのだが、言葉にならなかった。自分よりもずっと年下の相手に呑まれている。

 テレンツィオは侮辱されたら死ぬまで忘れない。蛇のように執念深いのだ。

 よりによってドブネズミと言った。いつかこの報いを受けさせてやろう。


 内に秘めた感情が、森の清浄な気配さえもどす黒く染める。ノルベルトは畏怖してしまいそうになる自分を認めたくないようだった。

 テレンツィオはフッと力を抜く。


「私は試験の最中ですのでこれにて失礼致します。またお会いしましょう、サンチェス先輩」

「…………っ」


 くそっ、と小さく毒づく声はしたけれど、何かを仕掛けてくることはない。ノルベルトにとって、テレンツィオは手に負える相手ではない。兎だと思って茂みに矢を射かけてみたら狼が飛び出したようなものなのだから。


 ノルベルトを通り越し、テレンツィオは彼が可視できなかったフルーエティに声をかける。


「ありがとう、フルーエティ。あいつ、名を呼ばれてビビッてたな」


 ククッと笑うが、目は笑っていなかったかもしれない。

 笑えないのは何故か。囚われているのは誰なのか――。


 人の心を読む悪魔なら、眼前の人間の素性などすぐにわかる。フルーエティが彼の名を教えてくれたのだ。


 テレンツィオの横を歩くフルーエティは、ギラつく目をした主に余計なことは言わず、軽く首を振って見せただけだった。


「日没までにお前が回れる魔穴はあと三か所というところか。十を越せるか怪しいな」

「越すさ、それくらい」

「そうか。精々励むことだな」


 そう言って、フルーエティはまた姿を消した。

 テレンツィオとの契約を厭っているのかと思えば、まったくの無関心でもない。ここぞという時に現れる。


 フルーエティは奇妙な悪魔だった。

 いつでも不機嫌そうなのに――いや、あれは不機嫌とは違うのかもしれない。


 フルーエティはいつも、どこか悲しげだ。

 悪魔のくせに。

 

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