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*5

 一旦部屋に戻ったテレンツィオは、上機嫌で試験の支度をする。小さな革のポシェットに仕舞えるだけの持ち物を収めた。

 そして、テレンツィオを壁際から眺めていたフルーエティに笑顔を向ける。


「これは私の試験だから、お前は手を出さなくていいんだよ」

「ほぅ。お前ならば不正を働くことに躊躇いなどないと思っていたが」


 と、腕を組んだまま片方の眉を跳ね上げてみせる。

 テレンツィオはフフ、と笑った。気分がいいから少々の不敬は許してやる。


「不正ってのは能力のないヤツがやることだ。私には才能がある。正攻法で十分結果を残せるからね。むしろお前が手を出したら、お楽しみを横取りされる気分だよ」

「そうか。何もせずともよいならそれに越したことはない」


 どうでもよさそうに、無関心のままフルーエティは答えた。

 この悪魔はいつでも、人間のことになどかかずらいたくなさそうである。永い時を生き、強い力を持つ生き物が執着を持つには、人間は脆弱すぎるのかもしれない。

 テレンツィオも蟻に情をかけて見守れと言われたら一日と持たない。踏んづけたくなる。


「まあ、私が扱いやすい上官のところへ配属されるように祈っていてくれ」


 言ってみたら、フルーエティはやはり顔をしかめた。


「品性下劣で横暴、強欲な者のところに行き着いたとしても、何せお前自身が――」

「あー、はいはい。わかったよ。じゃあ、行こう」





 カリアの森までの移動手段は馬車だった。

 魔術師団用の馬車である。騎士団は従騎士以外は騎馬を持っているが、魔術師は乗馬を好まない。まったく乗らないというわけではないが、不得手な者が多いのだ。馬を従え乗りこなすよりも術のひとつでも覚えた方が役に立つ。馬上から術を使うというのは非常に集中が難しいから、やりたくないのもわかる。

 ただ、一流の魔術師はそれくらいこなすし、テレンツィオもそれくらいできるつもりだ。


「――ここが開始地点となる。制限時間は日没までだ」


 魔術師の一人が宝珠のついた杖を草の生えた地面に刺した。

 青い宝珠はうっすらと光っており、道に迷いそうになってもあの光を感じることができれば戻ってこられるだろう。あの光は、杖を握っている魔術師の魔力だ。


 新人たちに半透明の魔石が配られる。首から提げられるように革紐でくくられた水晶だが、空っぽの石だ。なんの魔力も感じない。試験内容を考えれば当然だが。

 テレンツィオは石を首から提げた。皆が同じようにする。


「では、諸君の健闘を祈る。――始め!」


 かけ声と共に魔術師の卵たちは森の中へと飛び込んでいった。我先にと。

 テレンツィオは冷静に、最後に森の中へと踏み入った。闇雲に駆けずり回って体力を消耗するつもりはなかったのだ。


 肌で感じ取る。森の息吹を。

 すぅ、と肺腑に森の気を溜め込み、吐き出す。心が躍った。


「いいところだな」


 ニッ、と余裕綽々に笑っているテレンツィオを、フルーエティは呆れながら眺めているのだろうか。


 テレンツィオは歩き回って探さずとも、風が運んでくる魔力で穴がどこにあるのかを察することができた。

 まず最初のひとつは入り口からすぐ近くだ。慌てて飛び出していった者たちはこんなに近くに魔穴があるとは思いもせずに素通りしたのではないだろうか。


 魔穴は小さく、もぐらの悪戯かと思うようなもので、すっかり草に隠れてしまっていた。草を掻き分け、腰を落とす。ほんのりと青緑色に輝く魔力が小さな穴に渦巻いていた。


 テレンツィオはそこに石を浸し、石にそれとわかる印が現れたのを待って引き抜いた。半透明だった石の中に小さな輝きが見える。再び革紐を首に提げ、テレンツィオは森を歩いた。


 ただ――あまりにのどかだ。

 この試験はテレンツィオには簡単すぎる。とはいえ、それを言ってはならないのだが。

 いつかテレンツィオが団内でも上位に上り詰めた時、試験内容は変更してやろう。魔界の獣と戦う、なんていうのはどうだろうか。


 日差しのあたたかさにあくびを噛み殺しながら歩いていると、前方に数人の男がいた。徒党を組んで魔穴を探しているのではなく、偶々行き会っただけかもしれないが。

 どの顔にも見覚えはある。同じ学院にいたのだから。


 彼らはテレンツィオの顔を見るなり蜘蛛の子を散らすように逃げた。逃げたつもりはないのかもしれないが、テレンツィオにはそう見えた。


 テレンツィオの才能と性格を知っていて喧嘩を吹っかけてくるような気概はないのだ。テレンツィオにも彼らに関心はなく、ただ魔穴だけを目がけて動いた。



 その後、四つの魔穴を見つけた。

 ひとつは大岩の陰、ひとつは薄暗く覆い茂った草の中、ひとつは小川の底。


 そして、もうひとつが厄介だった。

 魔穴の中に虫が蠢いていたのだ。テレンツィオの腕よりも太い芋虫のようなもので、乳白色の見た目からミルキーワームというが、こいつらは千切ると緑色の粘着性のある体液を撒き散らす。


「……私は汚れるのが大嫌いなんだ」


 体液を飛ばされるのが嫌で丸焼きにしてやろうとしたのだが、森の中で火を扱うのは危険だと思い直し、風で飛ばそうとした。


 しかし、風が渦巻いて虫を穴から吸い出しているうちに――千切れたのだ。思いのほか柔らかく、風の勢いに耐えきれなかった。

 ミルキーワームは欠片になって緑色の体液を撒き散らし、テレンツィオを汚した。まるで敵に一矢報いるようにして。


 頭から被ったわけではないが、束ねた髪の先と左肩から足元にかけての半身が生臭い体液に塗れた。

 心底腹立たしい。


「最悪だ!」


 喚きつつも、魔穴に魔石を浸すことは忘れなかった。


「さっきの小川に戻って洗うか」


 ため息交じりに言った。返事はないけれど。


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