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悪魔たちがガルダーラ教団というものを作り上げたのは、総本山の魔穴を確保するためだったのだろうか。
教団の司祭たちは目立たずに動かせる盤上の駒といったところか。
「司祭たちが持つメダリオンは、人の魂が天へ向かわぬように繋ぎ止めるためにタストロア様が作り上げた。ひとつずつでそれほどの効力はなくとも、各地に散らばれば話は別だ。タストロア様は人間を使って各地へメダリオンをばら撒いたのだろう」
そうすると、デュリオとノーゼにメダリオンを奪われても構わなかったのだ。それを知らないテレンツィオも王都へメダリオンを運ぶ手伝いをしてしまったが。
前にヴァルビュートがメダリオンを集めろと指示した。あれは、一点に集めてしまえば、畳まれた網のように意図した働きをしないということだったのかもしれない。
本当に執念深いと思うが、それだけ向こうも必死なのだろう。
テレンツィオは嘆息した。
「じゃあ、私たちはデズデーリ跡地へ行くべきか? そこが最期の地になりそうだから」
これを言った時、フルーエティは眉根を寄せてテレンツィオを見た。
「お前が行ったところで、できることは何もない」
「わかっているよ、それくらい」
それは嫌というほどわかっている。
ちっぽけな人間の一人にすぎない自分が魔王たちを止められるはずもない。できることは何もないからこそ行くのだ。
「だから、私は命と引き換えにすべてを見届ける。自分の世界がどう終わるのかを見ながら死ぬなんてそうできない体験だから、絶対に見逃したくない」
強気に言って笑ったつもりだったが、どうだろう。笑えていただろうか。
顔が引き攣っていなかったとは言えない。
それでも、魔界にい続けるという選択をしても意味がないのだ。
ここにいてもただ命を長らえるだけで何もなさずに死んでいく。それがわかっていて居座って、老いさらばえてからフルーエティに最期を看取らせるのでは不甲斐ない。
テレンツィオはジルドの方へ向き直る。
「最期まで私と共にいるつもりはありますか? オススメはしませんけど」
断ってもいいけれど、ほんの少しは恨む。
どうせ長生きはできないし、死んでも魂は報われない。それは変えられない事実だけれど。
こんな時なのにジルドはクスリと笑った。その表情はテレンツィオにとって不快なものではない。
「死が訪れるその瞬間まで共に? それは僕に求婚してくれているのかな。指輪が用意できなくて残念だ」
「誰がそんなことを言いましたっ? この状況でオメデタイ人ですね!」
ジルドは照れ隠しに怒ってみせたテレンツィオの手を取った。テレンツィオの手は震えていた。
それを情けないと思いつつも、ジルドには情けないところを見せてもいいような気がした。
「どこまでも一緒に行く。来るなと言われても」
死の瞬間にも二人でいられるのなら、それはそれで幸せな幕引きなのかもしれない。
そんなふうに思えるようになった自分は、最早『テレンツィオ』ではないのだろうか。
ん、と小さく返事をした。
この時、無言でそこにいたフルーエティが立ち上がる。
「地上へ行くのだな?」
「ああ。連れていってくれ」
フルーエティは断らなかった。
思えば、フルーエティはテレンツィオとの契約を望んではいなかった。テレンツィオが魔法円に真名を刻み、フルーエティを縛りつけたことで契約が成っただけなのだ。
悪魔にとって、人との別れは清々しいものでしかないのかもしれない。
それを責めるのは、きっとお門違いだ。
崖に出ると、赤黒い空の下に三将が控えていた。
「これから地上へ向かう。タストロア様の総仕上げが始まって、それがどう転ぶかはわからん。当分は休む暇もないだろう」
フルーエティがそんなことを言った。畏まりつつも、マルティはどこか楽しげだった。
「僕には退屈よりは波乱の方が性に合ってますよ」
それを聞き、テレンツィオは苦笑した。自分もそんなことを言っていたなと。
今は退屈の方が恋しいけれど。
テレンツィオはジルドの腕につかまったまま崖から落ちた。
この先に待ち受けているものを恐れるけれど、この人生の中でほしかったものは案外手に入れてきたのだとも思えた。短く終えたとしても、もう十分だ。