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「――それで、私たちはどうしたらいい?」
ベルテ王国の王都でさえも崩壊した今、地上のどこへ向かえばいいのだろう。
それをフルーエティに訊ねるのは違うのかもしれない。本当なら、主であるテレンツィオが指示するべきなのだとしても、答えが見えない。
フルーエティはソファーに腰かけて軽く目を細め、それから口を開いた。
「何故、サメレの町だったのか。それを考えていた」
「え?」
テレンツィオの後ろでジルドも身じろぎしたのがわかった。
「どういうことだ?」
フルーエティが言う意味をテレンツィオも考えてみる。
サメレはベルテ王国の中でそれほど大きな町ではない。よって、それほど人口も多くはないのだ。
「……手始めには丁度いい規模だった?」
いきなり王都を狙うと、魔術師や騎士もいて抵抗される。その点、サメレは自警団がいる程度で、あの時はテレンツィオたち以外に派遣された兵もいなかった。
しかし、それが正解でないことはフルーエティの顔を見ればわかった。
「サメレ、ダリア王国との国境、バルディ、ベルテ王国王都――。タナルサスが言うには、ベキス王国の川を挟んだ向こう側はそれほど荒らされていないらしい。この理由がわかるか?」
「…………」
ベキス王国を二分する川に架かった橋が壊され、難民がバルディに押し寄せた。向こう側にはベキス王国王都があり、人口も多いはずなのだ。それなのに、悪魔たちは関心を寄せていないと。
単に人間の魂を集める目的だけで動いているわけではないのか。
そこでふと、フルーエティが上げた順番に抜けたところがあると気づいた。
「フルーエティ、サメレの次はダリア王国だ。あそこが陥落して悪魔に占拠された。だから私たちが国境へ行くことになったんじゃないか」
そこでジルドも言う。
「それよりも先に、僕たちはバルディへ向けて出立していたな」
「ダリア王国が壊滅したと告げたのは、操られた死者だ。事実どうだったか確かめに行ってはいない」
「なあ、そうなると標的にされたところってベルテ王国が多いのか?」
サメレ、ダリア王国との国境、バルディ、王都。
ベキス王国の民もかなり殺害されたが、それはバルディに来たからである。
これらが意味することはなんだ。
そこでテレンツィオはハッとした。
「地図か紙をくれ」
しかし、フルーエティはそんなものは不要とばかりに手を翳して幻のように地図を浮かび上がらせた。
その地図を見て、テレンツィオは確信した。
「魔力の流れが――」
ベルテ王国は大陸で最も魔術が発展した国である。
それは大地に、地脈に沿って流れる魔力の賜物とも言える。ベルテ王国の土地で育った人間は少なからずその恩恵を受けている。
ベキス王国もダリア王国も、国民はベルテ王国に比べれば微々たる魔力しか持ち合わせていないのだ。
テレンツィオの思考は正解へと近づいた。けれど、ジルドはそうではない。
「魔術の流れ?」
その問いかけにただうなずいた。顔を地図から逸らすことなく、頭を整理しながら語る。
「大地には人の体と同じように魔力が流れています。その魔力が地上に溢れる地点を『魔穴』と言うことくらいは知っているでしょう?」
「ああ、それくらいなら……」
テレンツィオもカリアの森で魔穴を探し当てる試験をした。
あの森の魔穴は数こそ多いが小さく、大した魔力は漏れていなかった。しかし、町や都ともなると違う。人々が築き上げた文明はまず魔穴のそばから始まっているのだ。
人は魔穴のあるところで暮らし始めた。魔力は重要な糧なのだ。誰にも奪われず、独占してこそ力を得たことになる。
だから、どんな町であってもそれなりに大きな魔穴を囲っているのだ。王都はもちろん王城の中に囲い込んでいる。
小さな村でさえまったくないということはない。あの魔術学院も大きな魔穴の上に建っていた。人里の魔穴はわかりやすく、だからこそ試験にはならないから森へ連れていかれたのだ。
「ダリア王国の集落には必ず魔穴があります。逆に言うと、他の二国にはあまり質の良いものはない。だからベキス王国を分断し、わざわざバルディに難民が流れるようにしたのかもしれません」
「魔穴と難民がどう繋がる?」
「現時点で襲撃された地点の中で最も大きな魔穴があるのは王都です。次いで質が良いのはサメレで――それで行くと、バルディの魔穴はそれほどの力はありません。だから、その足りない力を補うために人の魂を増やしたのかと……。もちろん、憶測ですが」
サメレは人口こそ少ないが、魔力は十分に溜まっていた。住人たちの犠牲だけで補えた。バルディはそれでは足りないとして、ベキス王国から人が流れるようにしたのではないかと思えたのだ。
魔力をさして持たない人間であっても、生命そのものである魂を奪えば魔力に変換できる。
ただ――。
「国境付近のセレット山の魔穴より、近くのブロッカの町の方が適当だったはずなのに」
テレンツィオがこれを言うと、フルーエティは目を細めた。お前がそれを言うかとばかりに。
「あそこの魔穴は、上に建っていた学院が焼けて支障が出たのだろうな。ただの火事ならば問題はなかっただろうが」
「あ……」
あそこを焼いたのはフルーエティの、悪魔の炎である。自然の火とは違う異質な力で、この地の魔力とはそもそもが違うのだ。もしかすると、それによって魔穴が塞がれてしまったということもあるだろうか。
あの出来事のせいで、予定していたよりも早く卒業を早めたり、自宅に戻ったり、学徒は散り散りになってしまった。ブロッカの町の人口が減ってしまったのも予定外だったかもしれない。
「でも、セレット山よりも質のいい魔穴のある町なら他にもある。もしこの方角にこだわっているのだとしたら、最後の『点』はガルダーラ教団の総本山と見ていいのか? 不足を補うのはガルダーラ教徒の魂……」
テレンツィオが問うと、フルーエティは小さくうなずいた。それしか考えられないのだろう。
この流れにジルドだけが置き去りだった。それを察し、テレンツィオはフルーエティが出した地図の上に指を滑らせる。
「サメレ、セレット山、バルディ、王都この四点とガルダーラ教団の総本山を加えて線で結ぶと――わかりますか?」
ここまで来ると、さすがにジルドにも理解できたようだ。
「……五芒星か」
テレンツィオはうなずく。
アンゴル大陸に大きな五芒星が描かれる。五つの魔穴を支配し、悪魔たちは支度を整えるのだ。
五芒星が描く陣の中心にある場所。
ここに悪魔たちは集うのだろう。
「デズデーリ跡地……」
三百年前から、この地には逃れられない運命が刻み込まれていた。