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ワールドエンド・レメゲトン 3  作者: 五十鈴 りく


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 一介の人間の死は、彼ら悪魔にとってあまりにも軽いものだった。


 窓からマルティが現れ、簡単に中へ入り込む。ピュルサーと思念で話したのか、マルティは何も訊かずに首の折れたテスタに嫌悪の目を向け、屍を炎で包んだ。


 その火が建物に燃え移ることはない。マルティの意思に従って焼きたいものだけを焼く。

 炎が消えた後には、テスタの存在は初めからここにはいなかったかのように灰も残らなかった。


「ティオ様、すみません。ニンゲンってほんとに何をするかわかったモンじゃないですね」


 ため息をついてマルティはそんなことを言う。人間で特別なのはテレンツィオただ一人なのだ。

 テレンツィオは疲れ果てていて、もうどうしていいのかわからなかった。


「少し一人にしてくれ」


 それだけ言うと、シーツに包まって泣いた。何が悲しいのか、上手く説明できない。



 悪魔たちは出ていったはずなのに、すぐに部屋の扉を開く音がした。


「ティオ?」


 ジルドの声だ。

 声を殺して泣いていた。シーツも被っているのに、何故テレンツィオだとわかったのだろう。

 ギシ、と音を立て、ベッドの縁に膝を突いた振動がある。


 ジルドの手がシーツをそっと剥いだ。テレンツィオはシーツを奪い返そうとしたが、ジルドはそのシーツを床に放り投げてテレンツィオを抱き締めた。


「やっぱりティオだ」


 ギュッと力を込めて抱き締められる。どこか懐かしいあたたかさに力が抜けていきそうだった。


「僕はバルディにいるはずで、でもここは違う。一体何があったのかまったく覚えていないが、それでもティオがひどく傷ついているのだけはわかる」

「傷ついているのかなんて、わかりません。疲れただけ、です」


 引き攣る喉でそれだけ言うと、ジルドはテレンツィオの頭を柔らかく撫でた。


「そうか」


 その手が優しいから、テレンツィオはつぶやく。言葉に乗せて抱えた苦痛を吐き出すように。


「……今になってやっと、デュリオさんの死に嘆いていたあなたの気持ちが、ほんの少しだけ理解できました。遅いですね」

「誰が亡くなった?」

「ジョルジョ様と、テスタ様です」

「風将と水将のお二方が? それは惜しい方々を亡くした。悲しむのも無理はない」


 テスタのしたことをジルドに伝えたいと思わなかった。

 それは何故なのかと自問してみる。


 彼が最後にしたことは許せない。けれど、心の底から嫌いではないのだ。

 一緒に話した日々は楽しかった。仲間ができたと思えた。

 だからこそ、その名誉はせめて護ってやろうと思えたのかもしれない。


 こんな感情は自分らしくないのに。

 ジルドの腕の中だから、この大らかな気質が移ったのだということにした。


「私は――」

「無理をして言葉にしなくていい。ティオの気が済むまでこうしているから」


 あたたかい。

 この体温が嫌いだったはずなのに、今は言いようのない安堵を覚えている。


 泣くだけ泣いて、疲れたらいつの間にか眠っていた。他人の腕の中に身を預け、気を抜くなんて、本当にどうかしている。





 そうして、テレンツィオが目を覚ました時、ジルドはベッドの上で壁にもたれかかりながらもテレンツィオを抱えていた。この体勢のままジルドも眠っていたようだが、楽ではなかっただろう。

 朝陽が差す中、テレンツィオは自らジルドの首に手を回し、そっと抱き締めた。


 悲しみの涙は止まったはずなのに、また泣きたいような気持になって胸が騒ぐ。

 トレントやヴィーティのようにあっけなくジルドが死んでしまう可能性もあり、それを恐れる自分を感じた。


 けれど、自分は、この人の横に立つには汚れている。貴族に成りすましているだけの孤児だから。

 そのうちに別れは来るだろう。だとしても、その別れがジルドの死でないことを祈りたかった。

 そして、最初は自分が散々な態度を取ってきたというのに、こっぴどく嫌われる別れも怖い。


 そんなことを考えていると、ジルドがそっと片目を開けた。


「……起きていたんですか?」


 今起きたというふうでもなかった。タイミングを見計らっているような目の開け方だったのだ。

 抱きついていた手前、テレンツィオは気まずくて体を引こうとした。けれど、ジルドの腕が体に巻きつく。


「キスのひとつでもしてくれるかなと期待した」


 笑いながらそんなことを言われた。


「するわけないでしょうっ!」


 腕から逃れようとするテレンツィオを、ジルドは逃がしてくれなかった。こんなふうに強く抱きしめるのは、テレンツィオの心の奥にある傷を塞ごうとするからだろうか。

 ジルドの存在は、今の疲れたテレンツィオにとって何よりの癒しであったのも本当だ。

 余計なことを言うから、礼を言いそびれてしまったけれど。


 そして――。


「……それで、俺はいつまで待てばいい?」


 冷ややかな声にギョッとして、ジルドと二人で扉の方を見ると、壁にもたれかかったフルーエティがいた。


「フ、フルーエティ!」


 いつもと同じ、涼やかな佇まいでそこにいる。あれほどの死闘を繰り広げたというのに、少しの乱れもない。疲れた様子も見せなかった。

 バツが悪いのは人間たちの方である。


「もっと早くに声をかければいいだろう!」


 悔し紛れに言ったが、鼻であしらわれた。

 とはいえ、フルーエティの無事な姿を見てほっとしたのも事実だ。


「お前、大丈夫なのか? ルキフォカスたちは?」

「あんなものは遊んでいるのと変わりない。俺たちが本気でやり合ったら、お前を含め、近くにいた人間ごと跡形も残らん」

「双方が引いたのか?」

「そうだ」

「あの場にいたベルテ王国の兵はすべて死に、その魂も囚われたのか?」

「それから、バルディも壊滅した。生き残ったのはお前たちだけだ」


 これにはジルドも動揺していた。


「バルディが壊滅? 僕がいた時にはそんな兆候はなかったが……」

「それは俺の三将が他の悪魔を抑えていたからだ。こいつを避難させるために引かせた途端、町は地震に見舞われた。もちろん自然災害ではなく、悪魔によるものだが」


 テレンツィオもジルドも黙った。

 それでも、フルーエティは淡々と続ける。


「タナルサスはベキス王国の西側を探りに行った。この大陸に人を多く残すのは、ベルテ王国の王都とベキス王国西側だからな」

「こんな時でも天界は自ら動いて人を救わないんだな」


 思わずつぶやいていた。

 地上でどれほど悪魔が暴れていても、天使たちは介入しない。もし天使が降臨していたなら、潰れなかった大陸もあったのだろうか。

 テレンツィオがこれを言った時、フルーエティは苦々しい顔をした。


「ヤツらは己の身を汚す行為はしない」


 その言葉の持つ意味が、テレンツィオにはよくわからなかった。


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