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 ライムントは目立つので、人里の近くには寄れない。少し開けたところで降ろされた。

 あれほどの巨躯だから、ひとつ羽ばたくだけで遠くまで行けるのか、飛行していた時間はそう長くない。


 その背から下りたのはテレンツィオとテスタ、ピュルサー、そして意識のないジルドである。

 さっさと起きればいいものを、と言いたくなるが、ジルドの後頭部を触ってみたらでかい瘤ができていた。


 手加減を知らない悪魔たちだ。本当に目覚めるのか不安になったので脈を取ってみたが、一応生きている。

 ジルドをピュルサーに任せて歩いていると、ほどなくして前方に村が見えた。


「……ここはアバーテ村ですね」


 テスタがかすれた声で言った。

 アバーテ村というと、サメレの町から帰る途中に立ち寄ったところだ。あれからずいぶん経ったような気分だけれど、実際はそれほど経っていない。


 テスタは仲間の死にショックを受けているようだった。いつも以上に口数が少ない。ジルドがいるのは何故かといったことを問う元気もないようだ。


 こうして戦いから離れると、テレンツィオもトレントの死の瞬間を思い出してしまう。しかし今は竦んでうずくまっていればいいわけではない。それを頭から振り払うしかなかった。


「とりあえず、宿に落ち着きましょう」


 テレンツィオが言うと、テスタはうなずいた。

 確か、ここの宿屋は二軒しかない。物置ではない部屋が空いているといいけれど。

 なんとなく、前に来た時とは違う方の宿を選んだ。


「すみません、連れの具合が悪くなってしまって。部屋は空いていますか?」


 テスタが丁寧に言うと、女将は大きくうなずいた。


「ええ、ええ。空いていますとも! さあ、こちらにどうぞ」


 粗末な床板は、ジルドを背負ったピュルサーが歩くと軋む。

 二部屋のうち片方にジルドを背負ったピュルサーが入ると、テスタはテレンツィオの腕を引いてもう一方の部屋に籠った。


 ――この部屋割りはマズい。後でテスタのことはジルドの部屋に押し込もう。

 多分、テスタにはテレンツィオと話したいことがあるのだ。そう思ったので大人しく部屋に残った。


「……これは現実なんですよね?」


 テスタはベッドに腰かけ、項垂れてつぶやいた。急に老け込んだような印象だが、無理もない。


「ええ、残念ながら」


 テレンツィオも砂埃で汚れたローブのまま、向かいのベッドに腰を下ろす。汚れてもいいから座りたかった。

 テスタは眼鏡を外し、ローブの裾でそれを拭いた。うつむいているので顔は見えない。


「大悪魔同士の戦いというのは、かくも壮絶なものなのですね。大陸が滅んだのもわかります」

「四柱も集まったのですから、悲惨ですね」

「このアンゴル大陸も滅ぶのでしょうか」


 テスタの絶望はその不安からだろうか。どんなに押し込めても滲み出す。


「まだそうとは決まっておりません」


 ――果たして、本当にそうだろうか。

 魔王まで関わっていて、それで助かる見込みが僅かにでもあるのだろうか。


 わからないけれど、少しくらいは明るい未来を望みたくなる。

 このまま散るのではあまりに虚しいから。


 テスタは、眼鏡を丁寧に拭き終え、それからテレンツィオを見据えた。


「そうでしょうか?」


 確かな答えは誰も持たない。

 皆、共に死んで、悪魔たちの野望のために魂を奪われるだけかもしれない。


 そんなことは今のテスタには告げない方がいいだろう。

 黙ってしまったテレンツィオにテスタは言う。


「君は大悪魔フルーエティの主です。君のことだけはフルーエティとその配下の悪魔たちが護るのでしょう」


 その声は、突き放すように冷え冷えとしていた。


 テスタは立ち上がる。

 そして、テレンツィオを見下ろした。


 (くら)い――。


「フルーエティは強く美しい大悪魔です。あのような悪魔を従える気分とはどんなものですか?」


 いつもの親しみがその目には感じられなかった。


「ねえ、シルヴェーリ君」


 一歩、近づく。


「フルーエティの真名(まな)をどうやって手に入れたのですか?」


 ――いけない、と頭ではわかっていても疲れすぎていてとっさに動けなかった。テスタの手がテレンツィオの細い首に回る。


「僕にも教えてください。僕もあの悪魔を従えてみたいんです」

「い、嫌だ……っ」


 言えたのはそれだけだった。

 テスタの指は容赦なくテレンツィオの喉に食い込む。

 目がおかしかった。狂気に染まっている。


「ほら、早く教えてください。死にますよ」


 そんなに強く絞めつけていては声なんて出せない。そんなこともわからないようだ。


 差し迫った死への恐怖。

 そして、羨望と嫉妬。

 テスタは己に負けたのだ。


 しかし、テレンツィオにはテスタを跳ねのける力はない。苦しくてもがきながらも気が遠くなる。

 フルーエティが飛んできてくれないのは、戦いの最中だからだ。


 死んでしまう。

 そう思った瞬間、ふと首を絞める指が外れた。

 テスタが悔いてやめてくれたのかと思ったが、違った。


 怒りの形相で、ピュルサーがテスタの首を片手でつかんで吊るし上げている。テスタの首は――折れ曲がっていた。


「フルーエティ様の主を害せんとした。到底許すことはできない所業だ」


 テレンツィオはゴホゴホとむせながらベッドに横たわった。そうしたら、涙が止まらなくなった。

 いろんなことが一度に起こりすぎて、心も体もついていけない。


 テレンツィオは、テスタのことも嫌いではなかったのだ。


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