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 テスタもまた、トレントの死に目に叫んでいた。


「ジョルジョさん! お願いですから、起きてください!!」


 彼がこれほど大声を出すのを初めて聞いた。リベラトーレに任務を代わってもらったことを心底悔いているに違いない。


 テレンツィオは以前、誰の死も悲しくないと思っていた。

 それが、ジルドには生きていてほしいと感じ、そして今、トレントの死に心が乱れている。


 この豪快な上官のことが嫌いではなかった。いつもふざけた呼び方をしてきて馴れ馴れしかったけれど、懐が広く、彼のそばは居心地がよかった。


 できることなら、団長にまで成り上がってもっと偉くなってほしかった。そうしたら、テレンツィオだって出世しやすかった。


 ――などと色々と考えているふりをして、本当はただ純粋に悲しかっただけだ。

 他人の死に動揺する、そんな弱い自分になりたかったわけではないのに。


「さて――」


 フラスルの目がテレンツィオに向いた。


「おぬしは生かして捕らえろと言われておる。死ぬとしたら、サナトア様に散々嬲られた後かのぅ」

「フルーエティが――っ」


 助けてくれるだろうか。

 相手が相手で、フルーエティ自身も無事でいられるのかわからない。今、そちらの戦いに目を向ける余裕がなかった。


「さあ、仕上げだ」


 バルトスの太い腕が弓を引き絞る。それはテレンツィオを射貫くのではなく、生かしておく意味のないテスタを仕留めるためのものだ。


 テレンツィオはくそっ、と小さく毒づき、なんとかして自分の中にある魔術を引き出そうと試みる。それを嘲笑うように、サモンが目を細めた。

 しかし、その時――。


「ティオ様!!」


 空から大きな四つ足の獣が咆哮と共に降ってきたのだ。

 金色の獅子がバルトスの上に覆い被さり、バルトスの腕に食らいついている。これは――。


「ピュルサー……」

「僕もいますよ!」


 そう言って、マルティも降ってきた。さらに上を見上げると、大きな影が飛んでいる。まさか地上に飛竜ライムントを連れてくるとは思わなかった。

 フルーエティの三将、ピュルサーとマルティはライムントの背から飛び降りたのだ。

 年寄りを敬うことなく踏んづけようとしたマルティに、フラスルは怒り心頭である。


「おぬしら……っ」


 そして、最後に。

 漆黒の闇そのものを纏ったような黒甲冑のリゴールが、鎧の重さをものともせずに長槍を抱えて飛んだ。槍を垂直に構え、サモン目がけて落下するが、サモンは俊敏にそれを躱した。


「遅くなって申し訳ありません」


 リゴールは素早くテレンツィオの前に立ち、背に庇う。


「い、いや、来てくれると思わなかった。バルディ(あっち)は?」


 バルディにはルキフォカスの三将がいたのではなかったか。


「フルーエティ様から、至急こちらを優先するようにとの思念が送られてきましたので、(めい)に従いました」


 それは、バルディを捨ててきたということだろう。

 この状況では仕方がない。けれど、ジルドはどうしているのだろう。

 足元で倒れているトレントを見て、テレンツィオは脚が震えた。


「さあ、ティオ様、この場から離脱します」


 リゴールは軽々と、片手でテレンツィオを担ぎ上げた。フルーエティからテレンツィオを救えを言われたのだ。テレンツィオは慌てて言った。


「テスタ様も助けてくれ」


 腰が砕けてしまったのか、へたり込んでいたテスタを見て、リゴールは乗り気ではなさそうだったがうなずいた。


「仰せのままに」


 テレンツィオを右肩に、テスタのことは左肩に担いだ。テスタは男にしては細身だが、リゴールには彼も猫の子程度の重みなのだろうか。


「さあ、僕の炎を存分に味わっておくれ」


 マルティは楽しそうに笑って、両手で炎を放出した。フルーエティの炎が静かな青い炎なのに対し、マルティの炎は赤く騒がしい。

 目の前が真っ赤に染まるが、フラスルは杖を振るってマルティの炎を切り裂く。


「おのれ、忌々しいヤツらめっ」


 この隙に、リゴールは大悪魔たちの戦闘を避けつつ上空を飛ぶライムントを呼び寄せる。二人を抱えているというのに、リゴールは高く跳躍し、ライムントの背に飛び乗った。


「どこかにつかまってください」


 さすがのテレンツィオも、飛竜の背に乗った感動を味わう余裕はなかった。そして、ライムントの鞍には気を失った人間が一人くくりつけられていた。


「げっ」

「置いていくと何があるかわかりませんので、仕方なく」


 仕方なく昏倒させたジルドをライムントの背に乗せて連れてきたと。本当に、悪魔たちの感覚はよくわからない。

 助けてもらった以上、うるさいことも言えないが。


 そして、ライムントの尻尾の方からマルティが上がってきた。彼は身軽だ。


「では、行きます」


 リゴールはライムントの手綱を引いた。


「待って、ピュルサーは?」


 一匹だけ残していくのはさすがにひどいだろう。まさか、人間二人余分に乗せたがために重量を減らされたのだろうか。

 そう思ったが、ちゃんと乗っていた。


「います」


 聞きなれない声がして振り向くと、つり目で金髪の青年が手を挙げていた。青年というよりも少年と言うべきか。テレンツィオと同じ年頃に見える。


「……誰?」

「ピュルサーです」

「小さく……なったね?」

「ライムントが飛びづらいので」


 やはり重量か。

 人型のピュルサーは、あの堂々たる獅子とは思えないほどあどけない。


「まあいいや。助かったよ、皆」


 テレンツィオも疲労困憊だった。テスタはもう蒼白で、さっきからひと言も発さない。


「フルーエティは大丈夫なのか?」


 ライムントが風を切って飛ぶから、テレンツィオは髪を押さえて風圧に耐える。細かい砂が目に入りそうになって目を細めて耐えた。


「フルーエティ様は出世欲がないだけで、その実力は階級通りじゃないですから。ルキフォカス様が相手でも後れなど取られませんよ」


 と、マルティが笑いながら言った。

 確かに、フルーエティにはその手の欲はなさそうだ。


「とりあえず、適当な町に降ろします。ジルドのことはピュルサーが運びますから」

「う、うん」


 甲冑こそ着ていなくとも、ジルドのような体格のいい男を少年にしか見えないピュルサーが運ぶのも変だが、もう細かいことはどうでもよくなった。



 この時、山の途中に灰色のローブを着た男がいたのが空から見えた。


 ガルダーラ教の司祭、ゾフと同じ出で立ちだが、彼とは別人かもしれない。その司祭は山の上で両手を掲げていた。その手にはメダリオンがある。

 メダリオンは戦場で輝きを増しているように見えた。


 テレンツィオはただ、今見たものをまぶたの裏に焼きつけただけだった。


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