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 騎士隊長が、ドッという鈍い音を背中に受けて血を吐いた。


 何が起こったのか、テレンツィオもすぐにはわからなかった。極度の緊張で心臓に繋がる血管が圧迫されたような苦しさを覚える。


 倒れ込んだ騎士隊長の背中には矢が刺さっていた。

 それも、矢は甲冑を貫通している。こんなものは人の仕業ではない。


 大悪魔たちは相変わらず空で戦い続けている。騎士隊長を殺したのは、弓を担いだ狩人だった。

 筋肉の盛り上がった腕をしている。騎士隊長やトレントも大柄だが、それよりもさらに、人並外れて大きい。

 目つきも鷹のように鋭く、その逞しい顎が動くと口元から牙が覗いた。


「お前たちの相手は我々だ。さあ、悲嘆に暮れながら死ね」


 テレンツィオは持てる知識の中からこの悪魔が何者なのかを探した。多分、魔術書に記載されていたサナトアの三将、バルトスだろう。


 その後ろには、ぎょろりとした三白眼の老人と灰色の狼がいた。サメレの町で会ったマルコシウスとは違う。それよりは少し小振りだが、どこか狡賢い顔に見えた。

 三白眼の老人は杖を手にしているが、それに頼る弱々しさはない。この悪魔がフラスル、狼がサモンだ。


 フルーエティの三将はバルディの町にいる。タナルサスは配下の三将を地上に呼び寄せているのかも知らない。

 つまり、このサナトアの三将には人間が立ち向かわなくてはならないらしい。フルーエティの気が散らないように耐えなくては。


「……ジョルジュ様、テスタ様、期待しております」


 精一杯の強がりで笑ってみせた。

 そこで倒れている騎士隊長の魂はどこへ行っただろう。同じように死んだらわかるのかもしれないが、それなら知りたくない。


 騎士たちは隊長が討たれたことにひどく動揺している。魔術師たちの方は、悪魔を正しく知るだけに足が竦んでいる。


 テレンツィオはその場で馬を乗り捨て、解き放つ。

 後先考えている場合ではない。戦うのに邪魔になるものは要らない。


「――我が血潮に宿る力よ、この世の(ことわり)を律せよ」


 唱えると、魔力が青い魔法円を描き出す。

 テレンツィオができることといえば、やはり魔術しかないのだ。フルーエティほどの業火を扱えるわけもないが、悪魔にまったく通用しないこともないだろう。


 トレントとテスタも覚悟を決めたように馬を捨て、足をついて地面に魔法円を敷いた。

 悪魔たちは恐慌状態で逃げ惑う魔術師と、騎士と、見境なく襲いかかる。

 テレンツィオの術は将たちよりも速かった。


 炎が蛇のようにのたうち、狼の銅に巻きつく。その狼の口には千切れた人の腕が咥えられていた。

 吐き気を催す光景だったが、テレンツィオは耐えた。サモンは焼け焦げることこそなかったが、すぐには炎を振りほどけない。


 その隙にテスタとトレントの術も完成した。

 それぞれが冠する、水と風の魔術だ。水がフラスルを襲い、風がバルトスの矢を狂わせる。


 しかし、この隙に形勢を立て直せるかといえば、それは無理な話だった。

 逃げ惑う兵たちは最早戦力にはならない。哭き、喚き、悪魔たちが狩る獲物に成り下がっている。


 テレンツィオは苦々しい心境で、妖しく光るサモンの目と対峙していた。――これは時間の問題だ。

 フルーエティたちが助けてくれない限り、人に勝機はない。それでも、フルーエティとタナルサスも自分のことで手いっぱいのようだった。


 まともに戦えるのは、数えるほどの人間である。

 副官のヴィーティがトレントのもとへ駆けつけようとしているが、この混戦の中では近づけない。


 最初に術が破られたのは、テスタだった。

 はあ、はあ、と息を切らし、膝を突く。フラスルは杖のひと振りでテスタの魔術の残滓を払った。スッと目を細め、残忍な笑みを浮かべる。


 それに気を取られたのか、トレントの風も途切れた。見遣ると、雨に打たれたほどのひどい汗だった。

 一番若輩のテレンツィオが頑張っているのだから、もっと持ち堪えてくれないと。

 不甲斐ない二人だ。思わず舌打ちしたくなった。


「こう遊んでいてはサナトア様にお叱りを受けようぞ」


 フラスルは、まるで梟のような声でほぅほぅと笑う。


「違いない」


 バルトスは強弓に矢を番え、一気に放った。一本に見えた矢は、放たれてから幾本にも分かたれ、そのうちのひとつがヴィーティの喉に突き刺さった。

 それを見て、テレンツィオも動揺して集中が乱れた。サモンはブルリと身震いし、毛から炎を振り払う。


 ヴィーティはそのまま動かなかった。即死だっただろう。

 頼りにしていた副官の死に、トレントが衝撃を受けていないはずはない。ハッとしてテレンツィオはそちらを見向いたが、トレントもまた口から血を吐いていた。


「ジョ、ジョルジョ、様?」


 胸と肩とに矢を受け、大きな体が崩れた。

 その時、最後に見せた目が、テレンツィオを案じているふうに感じられた。先に倒れたことを詫びているようにも。


 ――せっかく第一階級の将にまで上り詰めたくせに。

 もうちょっと野心を出しておけば、団長の座だって手に入った。こんなところで死ぬなんて、あり得ない。


 テレンツィオは上官の死に、言いようのない虚しさを感じた。

 けれど今、この血腥い戦場で戦意を失ってはならない。誰の死にも気を取られてはならない。

 そうでなければ、次に死ぬのは自分だからだ。


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