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 結局、テスタの粘り勝ちでリベラトーレは王都の守備になった。

 トレントとテスタの隊で王都から南下し、ダリア王国国境へ向かう。騎士団もいるが、騎士にはジルド以外知り合いがいないので、彼がいなければ誰が来ても同じだ。


 テレンツィオは馬に乗ることにした。馬車でもいいと言われたが、馬の方がいざという時に隊から逸れて動ける。トレントとヴィーティ、テスタとその副官、他数名の魔術師も騎乗している。


 出立の前にそれぞれの隊が説明を受けている時、テレンツィオの乗る馬が怯えていた。なんだろうと思ったら、フルーエティが横にいた。動物は敏感に察するらしい。

 魔術師の乗る馬は、騎士たちとは違って屈強な軍馬ではないから仕方がない。

 よしよし、と首筋を撫でて落ち着かせてやる。


 号令がかかり、軍は動き出す。ファンファーレの音が鳴り響き、華々しく送り出されるが、少しも楽しい気分ではなかった。


 以前のテレンツィオならば、どんな状況でも楽しめた。代償に自分の命を差し出すことになっても、最後の瞬間までは波乱を楽しめた。


 それが楽しく感じられないのは、心残りが一点できてしまったからだろうか。

 特別重要だとは思わない。ほんの小さな染みに過ぎない。

 けれど、以前とは明らかに違う。ジルドがどうしているのか、まったく気にならないとは言えなかった。


 ああいう人間は多分、生きていた方が世の中のためになる。

 タストロアの悲願が叶う時、テレンツィオたちに平穏はない。それが嫌だと今は思う。

 誰かに生きていてほしいと感じたのは初めてだ。



 騎兵と、乗馬が苦手な魔術師は馬車、それから下っ端の兵士たちは徒歩だ。

 人数が多いと、それだけ隊列が伸びてしまう。(さきがけ)殿(しんがり)は騎士団、間に魔術師団の二隊が挟まる形になっている。


 テレンツィオの経験した任務は今のところサメレの町と今回の遠征だけである。この数で動くのは初めてだった。

 もともと集団生活には向かないテレンツィオである。刺さる視線が煩わしかった。


 湯殿には当分入れない。それが一番気が滅入るところだ。

 今からしなくてはならないことの多さを思うと、湯殿に入れないことくらい些事かもしれないが。


 一日の終わりに大型の天幕を張り、雑魚寝を申しつけられた際、テレンツィオはフルーエティを番犬代わりにして眠った。


 一緒の天幕の他五人を術で眠らせておいたので、五人は朝になってもなかなか目覚めなくてヴィーティに叱られたが、テレンツィオは今のところ悪かったとは思っていない。

 この状況下でよく眠れてよかっただろうと善行を施したつもりである。


 そんなことが二日続いた。





 この街道は、シルヴェーリ家から王都へ向かう時に通った。

 あれから一度も祖母のところへは戻っていない。一度だけ手紙を送ったが、祖母はきっと、その手紙を後生大事にしまっているのだろう。偽者の孫の手によるものだとも知らず。


 どこまでも気の毒な夫人だ。あの善良な祖母ですら、タストロアが天界に攻め入れば安らかな魂の安息など得られないのである。



 テレンツィオはダリア王国へは一度も足を踏み入れたことはなかったが、かの国は女王が治めていた。

 凛々しい女性らしかった。女でも王になれるのなら、女が魔術師であってもいいのではないのかとテレンツィオは何度も思ったものだ。できることならば女王に会ってみたかったが、無事かどうかもわからない。


 ダリア王国へ向かう際、関所は山の中腹にある。その手前にあるのがブロッカの町だ。とりあえず目指しているのはブロッカまでで、そこから様子を窺うということになる。

 ちなみに、このブロッカの町は今は焼け跡となった学院のあった町である。今更足を踏み入れたいとも思わないが、仕方ない。


 しかし――。

 ダリア王国とベルテ王国を隔てるセレット山の武骨な岩肌に、遠目にも異様な光景が見えたのだ。


「あれは――」


 山の岩壁に人が立っている。今にも落ちそうな――そもそも、人が立てるような足場ではないにも関わらず、風に揺らぎもせずに立っているのだ。

 それだけでただの人ではないことは知れた。悪魔だと、テレンツィオは確信する。


 悪魔はベルテ王国からの軍勢を待ち構えていたのだろうか。その岩壁からふわりと足を浮かし、なんの危なげもなく漂う。悪魔はやはりこちらに近づいてきた。


 それはルキフォカスではなかった。

 ゆるくうねった赤紫の長髪、やや垂れ目がちな赤い瞳、若々しく美しいが、弱さは感じさせない。黒い法衣に似た服を着ていながらも、それが冒涜にしか感じられなかった。


 その悪魔はフルーエティではなく、その隣のテレンツィオだけをじっと見下ろしていた。

 ゾッとするような目だが、ルキフォカスの時とは違う。ルキフォカスは下賤の者を見る蔑みに満ちた目を向けてきたが、この悪魔はテレンツィオに興味を持って眺めている。


「――サナトア」


 フルーエティがその名を呼んだ。

 ただ、他の兵たちは悪魔を可視することはできないようだった。声も聞こえていない。

 テスタもトレントも肌で何かを感じている程度だろう。


 上級悪魔六柱が一、サナトア。

 ここを護るのは彼のようだ。


 サナトアは、ふと妖艶に微笑んだ。フルーエティならば絶対にしないような表情だ。


「たくさんヒトを連れてきてくれてありがとうよ。手間が省ける」


 お前たちにあげるために連れてきたつもりはないと言いたいが、向こうからしてみたら同じことなのだろうか。


 ただ、こちらにはフルーエティがいる――のだが、どうなのだろう。同格の大悪魔だとやはり手こずるのか。

 ちらりとフルーエティを見遣ったが、表情からは何も読み取れない。


「おやおや、サナトア。武骨なヒトの男ばかりで満足だなんて、随分と趣味が変わったのではないかね?」


 ハッとして振り向くと、そこにはタナルサスがいた。フルーエティとは対照的に上機嫌である。王都の酒蔵の酒は美味しかっただろうか。


 タナルサスが来たことで、こちらに軍配が上がりそうだ。

 そう思ったけれど、サナトアは少しも悔しそうではなかった。何か、舌なめずりする獣のような目でテレンツィオを見るのをやめない。


(オス)は要らん。フルーエティの主に興味はあるがなァ」


 これを聞いた時、フルーエティの顔が心底嫌そうに歪んだ。


「ダリア王国の女には飽きた。毛色の変わった娘だから、ゆっくりと味わってみたい」


 悪魔の戯言を聞き流したテレンツィオだったが、サナトアは最悪だった。


「まだ男を知らんようだが、その娘には淫蕩の血が流れている。俺が育ててやろう」

「…………」


 とても嫌なことを言われた。

 悪魔好きなテレンツィオだが、サナトアだけは好きになれそうもない。毛虫を見る目つきをしてみせても、サナトアは意に介さなかった。


「あいつは――」


 呆れて説明しかかったフルーエティをテレンツィオは遮った。


「いいよ、聞きたくない。無理」


 身震いしながら言ったテレンツィオの声がテスタにも聞こえたのだ。いつの間にかテスタが近くにいた。

 悪魔たちの会話はテスタには聞こえていない。なんとかバレずに済んだ。


「シルヴェーリ君?」


 テレンツィオは嘆息してから言った。


「大悪魔サナトアがいます。それから、タナルサスも。フルーエティとタナルサスがなんとかしてくれるはずですが」


 愕然としたテスタだったが、テレンツィオの言葉を疑うことはしなかった。ただ、青ざめて眼鏡を押し上げた。

 

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