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*41

 その翌日、テレンツィオはトレントに呼び出された。

 呼び出される理由はいくつか思い当たるが、向こうから切り出されるまでとぼけておいた。


「お呼びと窺いましたが」


 涼しい顔をしていくと、副官のヴィーティを後ろに控えさせ、トレントが重苦しい面持ちで座っていた。顎で前の席を差され、テレンツィオは遠慮なく座った。

 そうしたら、トレントは一度目を伏せ、片目だけ開けてテレンツィオを見た。


「ヴィーが、水将隊にお前をほしいと言ってきた。こんなことは初めてだ」


 まあ、テスタの下にいた方がテレンツィオとしては動きやすい。テスタも目の届くところにテレンツィオがいた方がいいのだろう。


「へぇ」


 と、つぶやいておいた。

 礼儀も何もあったものではないテレンツィオをヴィーティが睨んだ。ただし、糸目なのでわかりにくい。

 トレントは嘆息する。


「だが、断った」


 その発言に、テレンツィオの方が目を瞬かせる。


「え、断ったんですか?」

「なんだ、行きたかったのか」


 ニヤニヤと笑われた。トレントよりもヴィーティの方が怒っているのが伝わる。


「残念だが、俺たちももう王都でゆっくりはできない。任務がある」

「どのような任務でしょう?」

「ダリア王国との国境付近へ遠征だ」

「あそこは……」


 ダリア王国は滅んだ。滅ぼしたのは悪魔だ。今動きがあるのはベキス王国側だとばかり思っていたが、ダリア王国を乗っ取った悪魔の勢力がこの国にも手を伸ばしてきたということか。

 悪魔はルキフォカスだけではないのだから、同時に動くこともあるだろう。


「敵はどのような兵なのでしょう?」

「未知だな。ガルダーラ教団だけで一国が落とせるはずがない。悪魔だろうという見解だ」


 その憶測は正しい。

 というよりも、テレンツィオの話を聞いたテスタがぼかして報告した結果だろうか。


「風将隊だけで遠征ということはありませんよね?」


 一応聞いてみると、トレントはうなずいた。


「エリアの火将隊と騎士団の混合部隊の予定だったが、ヴィーが水将隊に行かせてほしいと言い出してエリアに直談判してやがる。まったく、どうしたやらな」


 テスタが上手く火将リベラトーレを説得できたらいいのだが、どうだろう。

 テレンツィオが思案していると、そんなテレンツィオをトレントがじっと見ていた。


「なあ、ティー坊」

「……はい」


 その変な呼び方をやめてほしいというのに、未だにこれだ。返事をしたくないが、上官なので仕方がない。


「ガルダーラ教団についてわかっていることはそう多くない。しかし、もし悪魔を信仰し、人々の魂を悪魔に捧げているのだとしたら、その見返りはなんだろうな?」


 教団そのものを悪魔の作り上げた。

 天門を破壊し、天界に挑む、そんな話は荒唐無稽だろう。

 テレンツィオは少しだけ笑った。


「さあ、見当もつきません」


 すると、トレントも笑って返したが、どこか翳りのある笑みだった。


「まあな。ろくなことじゃないって、それだけはわかるが」

「そうですね」

「勝てると思うか?」


 教団はダリア王国とベキス王国を襲っている。それこそ、蟻が砂糖の山を攻略するように、迅速に。

 このベルテ王国も例外ではない。

 確たる情報をつかんだわけではないのに、トレントは何かを感じているのかもしれない。


「どうでしょうね。でも、勝たないといけません。それこそ、どんな手を使ってでも」


 そう答えた。トレントはそれで満足したのだろうか。


「逞しいな、お前は」

「お褒めに与り光栄です」


 皮肉のつもりかもしれないが、まあいい。


「とにかく、下手をすると明日には出立しなくてはならない。支度はしておけ」

「畏まりました」


 テレンツィオは立ち上がったが、ふと訊ねてみたくなった。意識して頭の隅に追いやったことを。


「バルディの町はどうなっているんですか? ベキス王国から難民が押し寄せていましたよね?」


 それを訊くと、ヴィーティがトレントの後ろで緊張したのがわかった。


「難民はもう来ていない。受け入れた分は助けるが」

「向こうはどんな状況なんです?」

「火災があったという報告は受けたが、騎士団の働きもあり、住民の多くは無事だそうだ」


 火災と聞き、マルティの無邪気な顔が思い出された。濡れ衣だったら悪いけれど。

 ハルバスたちルキフォカスの三将と戦っているのかもしれない。


 ――ジルドは無事なのだろうか。フルーエティの三将に頼んだのだから無事のはずだが。

 頭の中にジルドが図々しく居座りそうだったので、テレンツィオは意識して追い出した。



 部屋に戻ると、フルーエティが待っていた。

 待っていたかに見えるけれど、多分さっきから一緒にいたのだ。


「ダリア王国には誰がいるんだろう? サナトアかネビュロス? なあ、向こうは三柱でもこっちはお前とタナルサスの二柱だ。大丈夫なのか?」


 プトレマイアを引き入れるのはどうしても無理なことだろうか。

 フルーエティは一度口元を歪め、つぶやく。


「ネビュロスは上級悪魔六柱の中で最も役に立たん。気にするな」

「えー」

「ヤツは怠惰で、何度タストロア様のご不興を買ったことか」

「今回もろくに働かないってこと?」

「そう見ているが」


 どんな組織にも怠け者の個体がいるということらしい。とはいえ、上級悪魔とされているのだから、本気を出したらすごいのだとは思うけれど。


 そういえば、プトレマイアはフルーエティに対する嫉妬心が強いらしかった。

 ルキフォカスは見るからに傲慢そうで――。

 悪魔たちにも人と同じく悪徳が備わっている。


「そういえば、タナルサスはどうしてるんだ?」

「酒蔵を空にしているところかもな」

「さ、酒?」

「ヤツは無類の酒好きだからな。特に地上の酒は美味いらしい。それがなければ、ヴァルビュート様の命であっても素直に来たかどうか」

「…………」


 酔っぱらったりはしないと思いたい。

 大悪魔が酔っぱらったら、大陸ひとつ消えてしまいそうだから。

 

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