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*38

 その後、フルーエティを喚んでテレンツィオは自室に逃げ帰った。

 自分のベッドに潜り込んで縮こまった主に、フルーエティが放った言葉といったらない。


「朝までいるかと思ったのだがな」

「――っ!」


 顔を出しかけて引っ込めた。今、誰の顔も見たくないし、見せたくない。

 何か、自分がどんどん馬鹿になっているような気がした。


 どうしてあんなことを許してしまったのだろう。

 今度顔を合わせる時にはどうしたらいいのかわからない。

 ベッドの中で煩悶しつつも気がついたら、そのまま寝ていた。



 そうして、ジルドはバルディに出立した。

 騎士団一小隊と魔術師が数人程度で赴く。今のところ決定的な何かが起こったわけではないから、大幅に兵力を割くことはできないようだ。


 三将もついていることだから、なるべくジルドのことは考えないようにしたい。テレンツィオも暇なわけではないのだ。



 それからしばらくして、テレンツィオはテスタに呼び出された。図書室で会うが、これを密会だとジルドは言うだろうか。

 テスタに色欲はほぼない。感じない。とにかく魔術にしか興味のないテレンツィオの同類だ。


「オリアーリ団長もダリア王国のことで思い悩んではおられましたが、そう簡単に召喚の許可を与えてはくださいませんでした。こんな時だからこそ、悪魔は我々の弱い心の隙間を縫って入り込むのだと」


 残念そうにそんなことを言う。


「まあ、ごもっともではありますが」


 立場があるからこそ、簡単には許可できないのも事実である。


「諦めます?」


 試しに言ってみるが、テスタはうなずかなかった。


「しかし、他に何かいい手があるとも思えません」

「そうですねぇ」


 しかし、ここでのん気に話をしている場合ではない。

 ダリア王国、続いてベキス王国も危ないとすると、ここが攻め落とされるのも時間の問題なのだ。悪魔が攻めてくるとなると人の力では到底防げないのだが、戦場に立たないとどうにも危機感が薄かった。


「ガルダーラ教団の総本山は今、どんな状況なのでしょう? 大主教なんて本当にいるんでしょうか」


 テレンツィオはなんとなくつぶやいた。

 その発言に、テスタは目を瞬く。


「今、なんと……」

「いえ、大主教はどんな人物なのかなと。少なくとも私はよく知りません」

「実は、僕も知りません」


 テスタはその事実に今更ながらに驚いたふうだった。癇性な仕草で机をトントンと指で叩く。


「大主教マカード・ソリナス。公の場に出てきたことはもちろんありますが、ベールで顔は隠されていて、年齢さえも正確にはわかっていません」


 ――まさかとは思うけれど。

 ひとつの閃きが生まれた。

 この考えをフルーエティに話したら鼻で笑われるだろうか。


「ここで手をこまねいているよりも、総本山へ向かうべきかもしれませんね」


 テスタがポツリと零した。

 けれど、テレンツィオはむしろ、そこへ近づいていいものだろうかと思えた。

 あそこは魔界以上に悪魔の巣窟と化している。





「フルーエティ!」


 部屋で呼びかけると、フルーエティはすぐに出てこなかった。

 しつこく何度か呼んでやっと出てきた。


「遅い!」


 不貞腐れていると、フルーエティはため息をついた。


「うるさいヤツだ」


 主に対してひどい言い草である。しかし、今はそれを言っている場合ではない。


「なあ、フルーエティ。ガルダーラ教団の大主教についてどう思う?」

「…………」


 フルーエティは黙った。顔つきからは何も読めない。

 だから勝手に続けた。


「私はずっと、大主教が悪魔を喚び出したんだと思っていた。でも、そうじゃないとしたら?」

「悪魔が勝手に、教団にすり寄ったと?」

「いいや。悪魔は教団より、もっとずっと前からいたんだ」


 多分、三百年前から。


「『デズデーリの大粛清』、あれは本当に人が起こしたことなのか?」


 堕落しきった聖職者たちを断罪し、人々は信仰を手放した。

 もしあそこに悪魔が関わっていたのだとしたらどうだろう。


 人々の心を神から逸らし、また、神からも人を見放すように仕向けられたのだとしたら。

 その頃から悪魔はここにいたのではないのか。

 フルーエティは顔をしかめる。


「俺はその頃、他の大陸に目を向けるゆとりはなかったのでな、ルキフォカスたちがどうしていたのかは知らん」


 その頃、フルーエティは別の大陸を滅ぼすのに忙しかったのだろうか。


「ルキフォカス。それから、タストロア。なあ、ガルダーラ教団が崇める大主教って、本当に人間なのか?」


 これを言った時、腕を組んでいたフルーエティはピクリと指先を動かした。


「お前はサメレの町にいた時から何かを感じていた。でも、いたのはマルコシウスだけだった。お前はあの時、何を感じていた?」

「……しかしあれは、メダリオンの徽章(シジル)によって()()()()の気配がしたに過ぎない」

「本当にそれだけか?」


 フルーエティにも認めたくないことがあるのだろうか。結論を先延ばしにしているように感じられた。

 だからテレンツィオが言う。


「ガルダーラ教団の大主教がタストロアだという可能性は?」


 否定したいならしてくれていい。

 その方が、テレンツィオも嬉しい。


 ルキフォカスでさえ手に負えないのだから、さらに格上の魔王など、さすがに御免こうむりたい。波乱が楽しいなんて、もうそんな馬鹿なことは言わないから。

 フルーエティは深々と息をついた。


「タストロア様が魔界から地上に出てこられたとは思わない。ただ、幻影だとするならあるだろう。だからこそ、ルキフォカスが(おも)に動いているとも考えられるのか……」


 それなら、どうしたらいいのだ。

 そんな相手に太刀打ちできる気がしない。フルーエティでさえもしないだろう。


「お前の魔王様は助けてくれないんだろう?」


 もし、タストロアに対抗し得るとしたら、それはもう一人の魔王ヴァルビュートだけだろう。

 しかし、フルーエティはかぶりを振った。


「ヴァルビュート様は寛大な御方ではあるが、ご自分の意に反したことには手厳しい。ひとたび御不興を買うと懲罰を与えられる。プトレマイアなどは未だに半分凍ったままだ」

「余計なことを言うとお前まで氷漬けになるのか? プトレマイアは何をしたんだ?」

「悪ふざけが過ぎたとでもいうところだ。ひとつ大陸が消し飛んだ責を負った」


 魔王に無許可で滅ぼしたということか。多分、そうなのだろう。

 直属の配下でもそこは多目に見ない厳しさを持つらしい。フルーエティの頼みもきっと一蹴してしまうのだろう。


 ――できることはもうないのか。


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