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ワールドエンド・レメゲトン 3  作者: 五十鈴 りく


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38/55

*37

 部屋で一人、テレンツィオはコポコポと薬草を煮出していた。

 魔術を使えば小さな火くらいは簡単に出せる。しばらく匂いが部屋に染みついてしまいそうだが、悪臭ではないので構わない。


 冷ました薬を小瓶に詰め、光に翳す。薄緑色の中に粉末のチムス草が散っていた。

 小瓶をギュッと握りしめる。

 これは自分自身のために作った。

 しかし、もう少し作ってもいいかもしれないという気になった。


 ジルドに前もって薬を渡しておけば、町で疫病を食い止めることができる。

 そうしたら、この王都まで疫病は広がらないかもしれない。フルーエティの存在を知っているジルドなら、テレンツィオの言葉を疑わずに実行するだろうから。


「なあ、フルーエティ」


 いつの間にか壁際にいた悪魔に問いかける。


「バルディに派遣されるあいつに薬を持たせておけば、疫病は流行りにくくなる。そうしたら、王都(ここ)まで到達しないで済むんじゃないか?」


 フルーエティの方を向かず、薬瓶を振りながら言った。すると、見なくてもわかるが、多分真顔で答えた。


「何もないよりは有効だろう」

「じゃあ、この薬をあいつに渡してきてくれ」


 テレンツィオが薬瓶を差し出すと、フルーエティは壁から背中を浮かせた。


「なんと言って渡せと?」

「これから疫病が流行るかもしれないから、そうなったらこの薬を使えって」

「お前がジルドのために作ったと言えばいいのか?」

「……そういう余計なことは言わなくていい」


 ムッとしたテレンツィオを、フルーエティは鼻で笑った。


「それならば、あいつは感謝して受け取り、誰彼構わず使うだろう。自分以外の者を救うためにな」

「…………」


 フルーエティの言う通りだ。

 ジルドは、自分のために貴重な薬は使わない。苦しむ者を救うために自分の苦しみは我慢できるような男だ。

 何も答えなかったテレンツィオに、フルーエティは言う。


「ヤツに生きていてほしいのなら、直接そう言え」

「誰が……」


 手にした薬瓶をギュッと握りしめた。

 ――生きていてほしいと、そんなことは言っていない。

 けれど、死んでしまえとも願っていない。


 ジルドの持つ不愉快な熱が、思考をぼやけさせてしまう。

 そんなテレンツィオを眺めつつ、フルーエティはつぶやく。


「疫病を防いだり、治癒するようなことは悪魔にはできない。しかし、できることがまるでないわけでもない」


 この発言に、テレンツィオは弾かれたように顔を向けた。目を零れんばかりに見開いて言葉を待つ。

 フルーエティの表情は相変わらずだが、揶揄するような響きはなかった。


「元凶である悪魔を止めればいい」

「え?」

「もし悪魔(ハルバス)が出てくるようなら、俺の三将が相手をする」

「ああ、そうか……」


 マルティたちも力を持った悪魔なのだ。ルキフォカスの配下の悪魔に後れを取ることはないのだろう。

 それを聞いてほっとした。しかし――。


「必要があるのなら三将に命じるが、どうする?」

「ああ、頼む。疫病が流行る前にハルバスを止めてくれ」

「その命令に、ジルドを護ることは含まれていないが?」


 フルーエティは妙に意地悪だった。一体、何がしたいのだ。


「そんなの、こちらの軍の人間なんだから、わざわざ言う必要があるのか?」

「悪魔はヒトとは違う。言っておかねば人間一人など気にも留めん」


 フルーエティはテレンツィオにわざと言わせたがっているように思えた。間違いなく嫌がらせだ。


「ちゃんと、こちらの軍の人間は一人残らず護ってくれ。三将にそう伝えるんだ」


 苛立ちながら言うと、フルーエティはフッと微笑んだように見えた。珍しい。


「まあいいだろう。それはそうと、その薬はヤツに渡してやれ。その方が無駄にはならん」

「だから、お前が持ってい――」


 と、そこまで言った時、フルーエティが腕を振るって魔法円を出していた。

 しかも、飛ばされたのはテレンツィオだけで、フルーエティはついてこなかったのだ。テレンツィオが魔法円から吐き出された先はベッドの上で、痛くはなかったが、体を起こした途端、すぐそこにいたジルドと目が合ってしまった。


「げっ」


 口から声が出てしまった。

 しかし、ジルドの方は声も出ないほど驚いている。それはそうだろう。急に自分の部屋の中にテレンツィオが落ちてきたのだから。


「ティオ?」


 テレンツィオはローブの裾を直し、座り直す。気まずさに絞め殺されそうだった。


「フルーエティの悪戯です。あいつは意地悪なんで」


 悪態をついてやった。どこかで聞いているのだろうか。

 ジルドは納得したのかよくわからないが、ベッドの淵に腰を下ろした。


「そうか。僕がもう一度会いたいと未練がましく思ったから、連れてきてくれたのかな」


 ドキリ、と心臓が跳ねた。それに対する言い訳をテレンツィオは必死で探した。

 ジルドは手を伸ばし、テレンツィオの頬に触れる。あまりに躊躇いがなかったので、テレンツィオはその手をつねった。


「これは夢の出来事ではありません。ちゃんと話を聞いてください」

「え、ああ……」


 急に降ってきたのだから無理もないが、本当に夢だと思っていたのか、ジルドは少し照れて手を引っ込めた。

 テレンツィオは持っていた薬をジルドの膝の上に載せる。


「もしかすると、バルディでは疫病が流行るかもしれません。この薬を数滴、水に混ぜて飲んでください。予防になります」

「疫病?」

「悪魔の仕業です。その悪魔はフルーエティの配下が退けてくれるそうですが、念のために」


 ジルドは驚いたように顔を上げた。


「僕のために用意してくれたのか?」

「……ついでですよ。私のために用意したんですから」


 非情に素っ気なく言ったつもりだった。それなのに、ジルドは喜んだのだ。


「ありがとう。嬉しいよ」


 ――この男はどうしてこう、簡単に心のうちを顔に出してしまえるのだろう。それができないテレンツィオには理解不能だ。

 ジルドは言葉にした通り、嬉しそうに薬を受け取った。


「ちゃんと飲んでください。誰彼構わず分け与えるために渡したんじゃありませんから」


 仏頂面でそれだけ言った。そんな表情をする必要は特にないとしても。

 話は終わったと、テレンツィオが立ち上がると、ジルドがテレンツィオの手を引いた。


「薬を飲んで、僕が生きて帰ってきてもいいということか?」

「……死んでくださいとは言っていませんが」


 ひどい会話だなと思ったのに、ジルドは笑っていた。きっと被虐性愛の持ち主(マゾヒスト)に違いない。


「ティオ。昨日は、嫌われているとわかっていてあれ以上のことをしてはいけないと自重した。でも、今は――」


 腰を引き寄せられ、テレンツィオはジルドの硬い体にぶつかった。抱きすくめられても、前のように恐ろしくはなかった。抵抗してみせるものの、それがどこまで本気だったのか、考えられない。


 重なる熱い唇、隙間なく寄り合わさった体の熱。

 テレンツィオの嫌いな他人の熱が、この時は自然と受け入れられた。


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