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 ダリア王国から使者が戻った三日後、その使者は死を遂げた。

 最後の力を振り絞って報せを運んできてくれたのだと手厚く葬られた。悪魔が用済みとなった駒を捨てただけの話である。


 それからしばらくして、今度はベキス王国との国境の町、南東のバルディに難民が押し寄せているという報せがきた。


 ベキス王国には国を分断する川が流れており、そこに架かる大橋が壊れ、国が分断されているという。王都を含む東の状況はわからないが、ベルテ王国寄りの西は法の秩序が乱れ、弱者は救いを求めてベルテ王国へ流れている。


「橋を壊したのが悪魔だとしたら、随分まどろっこしいことをするな」


 テレンツィオは部屋でフルーエティに語りかける。


「国を分けて東側を孤立させ、陸地続きの西側はベルテ王国へ助けを求める……」


 と、フルーエティが顎に指の節を当てて独り言つ。


「難民をベキス王国へ入れたかったのか」

「難民を? まあ、あまりに増えると受け入れも困難だけどな」


 人が増えれば、衣食住の問題が発生する。人々の不満は増えるだろう。

 しかし、フルーエティが言いたいのはそうしたことではなかったらしい。


「ルキフォカスの三将にハルバスという悪魔がいる。ヤツは疫病を流行らせることができる。疫病が流行れば人は勝手に死ぬ」

「疫病……」


 もし難民が疫病をベルテ王国へ持ち込んだ場合、蔓延すると厄介なことになる。


「なあ、フルーエティ。その疫病に私が罹らないように護ってくれるのかい?」

「病は防げん。だからヒトは弱いと言うのだ」


 あっさりと言われた。最悪だ。

 疫病でテレンツィオが死に、フルーエティがこちら側につかなくなったら、もうこの国に救いはない。


「罹りたくなければ、極力そちらに近づかぬことだ」

「蔓延する前に町を焼いてしまおうか?」


 それを言ったら顔をしかめられた。どちらが悪魔だとでも言いたいのだろう。

 しかし、正直に言って、そんな手を使ってくるとは思わなかった。これがフルーエティの憶測で、外れてくれたらいい。





 とりあえず、テレンツィオは図書室で疫病に関する箇所を読んだ。予防方法も、治療も、有効なものも書き留める。

 サラサラとペンを走らせる中、ふと手が止まる。


 フルーエティはテレンツィオとの契約を望んではいなかった。病から護れないというのが本当だとしても、テレンツィオが弱って死んでいく時には溜飲が下がるのだろうか。

 やっとあの小娘から解放されたと。


 ――悪魔は、契約で縛った悪魔だけはテレンツィオを裏切らないはずだった。

 けれどそれは、心まで縛れるものではないのか。

 フルーエティがテレンツィオの死を願っているのだとしたら。


 止まったペン先からインクが滲んで羊皮紙に染みができた。それと同じくらい、テレンツィオの心にも暗い影を落とす。



 昼下がり、疫病に効くとされるハーブを買い求めることにした。

 花がついたまま刈り取って乾燥させたものが特にいいのだという。疫病が蔓延してからでは価格が高騰してしまうから、先にある程度集めておきたい。


 そのためには町に出る必要があった。テレンツィオは買い物があるからと言って許可をもらい、城下町へと繰り出す。

 これまでに何度、町に足を運んだだろう。それほど多くはない。迷子にはならないと思うが、もしなってしまったらフルーエティを呼び出そう。


 そんなことを考えながら薬種屋の看板を探した。

 さすがに城下町だけあって、店の件数は多い。薬種屋も何軒かあるようだが、買えればどこだっていい。


 適当にブラブラと歩き、見つけた店に入った。扉を開く前からハーブの爽快な匂いが辺りに満ちていた。店の中には所狭しとハーブが吊るされている。

 テレンツィオはそれを眺めながらカウンターに進んだ。


「花のついたチムス草がほしい。できるだけたくさん」


 すると、帆布のエプロンをした、髪が焼け野原のような店主は口を曲げ、思案顔でうなずいた。


「乾燥したのでいいんだろう? 粉末にしたものもあるが」

「これで買えるだけ。半分ずつ」


 アンゴル金貨一枚をカウンターに置くと、店主は片眉を跳ね上げた。


「あいよ」


 売れるのならなんでもいいはずだ。細かいことは訊かなかった。

 紙袋にたっぷりと入ったチムス草を手に、テレンツィオは店を出た。目的は達成したのだが、ここでテレンツィオにとっては災難としか呼べない人物と出くわしてしまった。


 げっ、と声を上げかけて堪える。

 ジルドと、その仲間の騎士だった。甲冑こそつけていないものの、剣を帯び、騎士団の制服を身に纏っている。なんらかの用事があって城下町にいたのだろう。


 テレンツィオ以上にジルドの方が驚いて見えた。ジルドの連れの騎士二人は、固まっているジルドに目を向け、それからテレンツィオを見た。

 有名になったつもりもなかったが、向こうはテレンツィオが誰だかわかったようだ。


 ただし、あまり好意的な表情ではなかった。魔術師が嫌いか、テレンツィオにまつわる噂がろくなものではないのかのどちらかだろう。


 ――面倒くさい。

 会釈くらいして通り過ぎればいいだろう。

 変に意識せず自然に、を心がけて歩き出す。ジルドの仲間がジルドに向けて何かをボソリとつぶやいた。どうせろくなことではない。


 テレンツィオは予定通り、会釈だけしてジルドとは目を合わさない。そのままやり過ごそうとしたのだが、結局そうはいかなかった。


「後で追いつくから、先に行ってくれ」


 ジルドが仲間に向けてそんなことを言った。テレンツィオは逃げる間もなく手首をつかまれた。


「ティオ、少し話がある」

「私にはありません」


 そう言って睨んだが、もう片方の手は荷物を持っていて、片手ではとても振り払えない。両手が空いていても解けなかったかもしれないが。


「こちらで話そう」

「間に合ってます!」


 口では抵抗するのだが、引っ張って連れていかれた。腹立たしいことこの上ない。

 また何か説教でもしたいのか。小言ならフルーエティだけで間に合っている。


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