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結局のところ、テスタは今すぐに召喚術を試すつもりではないらしい。
現状がこのままどうにもならないようならば、許可を取ってということだった。
本心では試したいのだろうが、立場を考えるとそれも難しいのだろう。それでも、ガルダーラ教団に抵抗する術が他にないのなら国としては何かしないわけにも行かなくなる。
そのうちに実現するだろうか。
「君がこの第一書房に来るための許可をオリアーリ団長にお願いしてみます。他の書房の知識だけでは十分ではないでしょうから」
「よろしいのですか?」
それは願ったりかなったりだ。素直に嬉しい。
「ええ。君は十分な戦力になります。悪魔について学び、備えていてください」
「ここの書籍は持ち出せないのですよね?」
「それはできません」
やはりか。
もし持ち出せたのなら、フルーエティに頼んで魔界で読みふけるのに。仕方がない。
「わかりました。ありがとうございます」
テスタは眼鏡の奥の目をスッと細めて笑った。
「期待していますよ。ただし、悪魔を召喚するのはまだ先です。勝手に行わないように」
「はい、もちろんです」
すでに手遅れだが。
テスタはテレンツィオにとってありがたい存在だ。
貴重な本を読ませてくれ、悪魔にも嫌悪感を持たないのだから。
ようやく、仲間と言っていいような相手が得られたような不思議な気分だった。
それから、テレンツィオは風将隊の鍛錬の合間に、この書房で本を読み漁る日々が続いた。
フルーエティの主になった後では、今更と言うしかないような知識がほとんどではあったけれど、たまには目新らしいこともある。
この本によると、どうやらフルーエティは本気で同格の悪魔たちと仲が悪いらしい。
悪魔たちは何故か地上で争い、そのせいで大陸をひとつ潰したというのは本当だろうか。眉唾物の情報かもしれない。
――なんて、単に読書を楽しんでいるような気がしないでもない。
ただし、その間に情勢はどんどん悪くなっていく。
ダリア王国にいた斥候がこの王都に到着して、その斥候は最悪の報告を携えてきたのだ。
テレンツィオがその場に同席できたわけではない。後で、その斥候はひどく憔悴していたのだと聞いた。
それもそのはずで、ダリア王国は今、壊滅状態なのだ。
「ダリア王国は我が国とベキス王国よりも国土は狭いですが、天然の要塞とも言える入り組んだ地形が多く見られます。しかし、侵略は迅速に行われました」
ヴィーティが沈痛な面持ちで言った。トレントは腕を組んだまま黙っている。隊の皆はざわつくばかりだった。
例えば空を飛べるのなら、地形など関係ない。
テレンツィオは手を挙げて発言した。
「空から攻撃されたのでは? きっと悪魔の仕業ですね。斥候はその辺りを詳しく語りましたか?」
皆がざわつくけれど、テレンツィオは発言を取り下げなかった。
これにはトレントが包み隠さず答えてくれた。
「ティー坊の推測の通りだ。まるで天使のように美しい悪魔がいて、その悪魔と配下によって王都は陥落したという。後は王城に立て籠もっているが時間の問題だと」
天使のような悪魔というのはルキフォカスで間違いないだろう。
口には出さなかったが、明らかにおかしい。テレンツィオは黙り込んだ。
他の隊員も手を挙げて口を開く。
「あの、ダリア王国へ救助に向かうのでしょうか?」
それに対し、トレントはかぶりを振った。
「間に合わんだろう」
そのひと言に、場が静まり返る。
「我が国は――こんな言い方をしたくありませんが、町ひとつで済んでいます。しかし、いつまた襲撃に遭うかわかりません」
ダリア王国が滅んだとしたら、次はどちらの国だろうかと皆が恐れている。
なんの結論も出ないまま、会議は報告だけで終わった。
これは、近いうちにテスタが悪魔召喚を行うことになるのだろうか。
テレンツィオは部屋に戻るとフルーエティを喚び出す。
「フルーエティ」
赤い魔法円と共に現れたフルーエティは、いつものように眉を顰めた。その顔に向け、テレンツィオは訊ねる。
「ダリア王国は陥落間近だという。それなのにこの報せを持って帰った斥候がいる。おかしなことだ」
すると、フルーエティは嘆息した。
「まあな」
「やっぱりか? ただの人間が生きて戻れるはずがないな」
ふぅむ、と考え込む。
「斥候は死に、その死体を悪魔が操っている」
「それをして、こちらにダリア王国が壊滅したと知らせたかった意図はなんだ?」
人間に絶望を与えたかったか。次にお前たちが同じ目に遭うのだと。
単純にそれだけではない気はしたが、理由はわからない。
それはまだ、フルーエティにもわからないことだった。
「どちらにせよ、ろくな思惑ではないことだけは確かだ」
「ああ、本当だ……」
思わず苦笑してしまったが、フルーエティの言うことは事実だった。残念ながら。
この後、何かが起こるのはこのベルテ王国か。
それとも、ベキス王国か。
もしくは――。




