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ワールドエンド・レメゲトン 3  作者: 五十鈴 りく


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34/55

*33

 まさかと思ったのだが――寮の部屋をノックされて渋々開けた時、戸口に立っていたのは水将ヴィターレ・テスタだった。


 テレンツィオが立ち尽くして瞬いていると、テスタは笑って見せた。穏やかな笑みだった。

 ただし、腹に一物というのか、トレントのような裏表のない人間とは違う。それが魔術師らしいと思えた。


「テスタ様が何故このようなところに?」


 一応問いかける。


「ここは君の部屋ですから、君に会う以外の目的で訪れるとは考えにくいでしょう?」

「トレント様の配下である私に、テスタ様がなんの御用でしょう?」


 嫌な予感しかしない。常に手袋をして契約の印は隠しているが、どこかから情報が漏れてテスタがテレンツィオに興味を持ったのだろうか。情報を漏らしたのはジルドかと一度考え、多分違うなと思った。


「君は学院にいた時、悪魔に関する論文を書いたそうですね。うちの新人がそんな話をしていました」


 同級生の誰かがテスタの耳に入れたらしい。テレンツィオは失笑した。


「先生にお叱りを受けましたが」

「ここは学院ではありませんから。……立ち話もなんですし、図書室にでも行って話しませんか?」


 立場的に断れるものでもないし、部屋に誰かを入れるよりは図書室の方がいい。テレンツィオはうなずいた。


「ええ、畏まりました」



 魔術師団の図書室はいくつかの房に区切られている。ローブの色、階級に応じた房への入室が許されるので、テレンツィオが入れる房は第三房である。

 しかし、この時、テスタはそのさらに奥へとテレンツィオを導いた。


「あの、私は第三階級ですので」

「僕が一緒ですから問題ありません」


 戸惑いよりも喜びが優った。父が集めていた魔術書などは数冊だけ稀少で、後は第四階級止まりの代物だった。学院でさえもそう変わらない。もっと深い知識を備えた書物が眠る場所に近づけるのだと思うと、テスタが何を考えているのかもわからないのに胸がときめく。


 第一階級のための房は暗かった。本の背表紙が暗色ばかりであったせいだ。それと、大事な本を日焼けから守るためだろうか。暗い中に金色の文字がちらつき、砂金のような煌めきを見せる。それは星空よりもテレンツィオの気分を高揚させた。

 テスタは術を使って灯りを灯し、青白い光が書房の中に浮かび上がる。


「さあ、座ってください」


 促されて机に備えつけられた椅子に腰かけるが、じっとしているのは苦痛だった。本を手に取り、開きたい衝動と戦いすぎて正面に座ったテスタの顔をろくに見ていない。

 テスタは苦笑していた。


「気持ちはわかりますが、まずは話をさせてください」

「はい、すみません」


 上辺だけの謝罪をし、テレンツィオが顔を向けると、テスタは口の端を軽く持ち上げた。


「ここには悪魔に関する書籍もたくさんあります」


 ますます気になることを言う。


「あのガルダーラ教団のメダリオンですが、とある悪魔を示していると気づきましたか?」


 テスタは気づいたのだ。彼は悪魔に関する造詣が深いのだと感じた。

 それならば、知っていることを隠す必要はない。


「自信はありませんが、かなり高位の悪魔ではないかと」


 テレンツィオが相手を探りながら控えめに言うと、テスタは一度眼鏡に触れた。


「それで?」

「多分、魔王を示しているのだと思いました」


 すると、テスタはほぅ、と息をついた。正解だと感心しているのだろうか。


「やはり君は優秀ですね。僕も同じ意見です」

「それをお聞きして安心しました」


 テレンツィオはフルーエティに聞いたから、関わっているのは魔王よりも配下のルキフォカスなのだと知っている。テスタはどのような見解なのか一度聞いてみたい気がした。


「でも、教団は大主教ソリナスを崇めているのでしょう? 何故、教団が悪魔の徽章(シジル)を頂き出したのでしょう?」


 テレンツィオが訊ねると、テスタは楽しげに見えた。

 この会話で楽しそうにするのなら、テスタは父やテレンツィオと同類だ。薄暗いものに惹かれる人間である。


「まず第一に考えられるのが、大主教が悪魔を使役している可能性です。第二に考えられるのは、悪魔の方に思惑があり、教団に近づいた――そんなところでしょう」

「悪魔との契約には、その悪魔をねじ伏せるほどの魔力、もしくは悪魔の真名が必要です。魔王の真名など知り得るはずもなく、よって第二の可能性の方が正解な気がしますね」

「まさにその通りなのですが、魔王ではなく、その配下の悪魔を使役しているということもあるでしょう」


 なかなかに鋭いところを突いている。テレンツィオはテスタを見直した。

 テスタはすぐに問いかけてくる。


「だとするなら、我々はどう対処すべきだと考えますか?」


 ――どうしてこんなことを新人のテレンツィオに訊くのかと言いたいが、多分その理由はテレンツィオが一番よくわかっている。テスタはテレンツィオの同類なのだから。


「悪魔を従えます。もう片方の魔王の陣営の悪魔を」


 やはり、邪悪だとも、悍ましいとも言わない。テスタは満足そうに微笑んだ。


「魔王ヴァルビュートの陣営から。よい選択です。やはり君とは話が合いますね」

「ええ、光栄です」


 二人、笑い合った。

 その光景を第三者が見たら、それこそ邪悪だと言ったかもしれないが。


「悪魔召喚に興味があるようですね?」

「あります」

「その躊躇いのない返答が素晴らしいです。君のような才能は僕の隊にほしかった」

「私もテスタ様の隊の方が合っていたかもしれません」


 というより、学院の教員でいてほしかった。こんなに理解のある人物なら殺されそうにはならなかっただろう。


「ジョルジョさんも君を気に入っているようですから、譲ってはくれないでしょうけど。……まあ、今はこうして話ができるだけでもよしとしましょう。それで、君は悪魔の真名についてはどう思いますか?」

「基本、悪魔は真名を隠します。知られてしまえば、心臓を握られているのと同じことですから。ただ、悪魔にも色々とあって、時に口の軽い者もいますから、上手くすれば口を滑らせることもあるでしょう。けれど、それを探るのは時間にゆとりのある場合だけですね」

「口を滑らせる? ……そんなこともあるのでしょうか?」

「確率としてはとても低いですが」

「そうですね、真名を知らねば上級悪魔との契約はまず不可能。しかし、こちらがねじ伏せることのできる低級悪魔との契約にはさして魅力を感じませんし」

「今回の場合、対抗しなくてはならない相手が大物ですしね」


 こんな時だが、会話が楽しい。

 学院にいた時ですら悪魔の話題で会話が弾むことはなかった。


「ただ、主従としての契約は不可能だとしても、条件をつけて協力を要請することはできると思いませんか?」

「ああ、なるほど。可能だと思います」

「魔王ヴァルビュート、その陣営の上級悪魔、プトレマイア、フルーエティ、タナルサス――このレベルは無理だとしても、その配下の悪魔を喚んでみたくはありませんか?」


 フルーエティの名前にドキリとする。それを顔に出さないようにした。


「それぞれの三将ですか? 十分強力な悪魔ですよ」

「ええ、それでも喚ぶことはできます。何か情報が手に入るかもしれませんし」


 テレンツィオの父ですらマルティを召喚したのだ。魔術師団第一階級のテスタならばそれくらいできて当然だろう。

 ここで問題がひとつ。


 もしフルーエティの三将以外の悪魔が召喚された場合、テレンツィオがフルーエティの主であるとばらされてしまうかもしれない。かといって、フルーエティの三将ならばすでに味方なのだから喚ぶ必要はない。

 さて、どうしたものか。


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