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 しばらくして気分は落ち着いたが、ジルドの視線が気になった。

 何も訊ねてこなかったのは、勝手に何かを想像して納得したからだろう。訊くことでテレンツィオの傷口を抉ると自重したのだ。


 ――そんなに弱いつもりはない。

 前もって心構えがあれば取り乱したりはしなかった。あまりに急で、自分でもあんなふうになるとは知らなかったのだ。

 今後はもう大丈夫だろう。


「フルーエティ、ここはどの辺りだ?」


 テレンツィオは何事もなかったかのように振舞う。


「サメレの町と王都の中間といったところか。今、あの町に近づくのは得策ではない」

「今日は何日だ?」

「アンゴル歴千三百三十一年、巨蟹宮の二十五日目に当たる」

「あの日のままか」


 ジルドがつぶやいた。

 魔界で過ごした時間は、この地上ではゼロに等しい。日差しの明るさが季節を物語っている。


「明日には王都に戻って報告するとしよう」

「そうですね。どうやって逃げ延びたのか、齟齬がないようにしないと」

「僕たちはガルダーラ教徒を追って町の外にいたことにするか?」

「ええ、メダリオンはその時に奪ったというのが妥当でしょう」


 そうすると、デュリオとノーゼの功績はなくなる。ジルドは嫌だろうか。

 しかし、嫌だとは言わなかった。


「そうだな」


 そのくせ、捨てられた犬のように悲しそうな顔をする。


「……じゃあ、私たちが追ったガルダーラ教徒がその時間に町を出ると突き止めたのは、あの二人だということにでもしておきましょう」


 ため息交じりに言った。だからどうしたのだという程度の働きだが、何もないよりはましだろうか。

 しかし、二人の魂は天界にも魔界にも行けずにいるのだ。こんなことで救われるはずもない。

 それでも、ジルドはほっとしたように見えた。


「ありがとう、ティオ」

「どうしてあなたが礼を言うんです?」

「どうしてだろう。気遣いが嬉しいからかな」


 テレンツィオは軽く顔をしかめ、返事もせずに歩き出した。

 ここから最寄りの町までは徒歩で行くしかない。


「待ってくれ」


 ジルドが引き止めるから、テレンツィオは面倒くさくなって仏頂面を向ける。


「まだ何か?」


 すると、ジルドは言いにくそうに告げた。


「いや、行き先は反対方向だから」

「…………」


 馬車での移動中、ほとんど外を見なかったテレンツィオは風景に見覚えもなかった。

 地図の上でならば小さな町も覚えているが、いざ歩くとなると話は別である。

 恥ずかしくなって、少しばかり赤面したのが自分でもわかった。無言できびすを返すと、ジルドが笑ったのがわかった。


 馬鹿にしたのではない。この男は他人を馬鹿にする人間ではない。テレンツィオのような者の中にさえ尊敬できるところを探し出すような濁りのない心を持っている。

 好きではないけれど、それくらいはもうわかっていた。





 ジルドと二人、近くのアバーテ村で宿を取ろうとしたら、最悪なことに二軒しかない宿は満室だった。


「この先のサメレの町で大火災だ。町が炎に焼かれて全焼だなんて、未だに信じられないよ。それで、サメレまで行く予定だった人たちが引き返してきたりして人がいっぱいなのさ」


 と、宿屋の親父が言っていた。


「なんとか融通してもらえないだろうか?」

「うーん……」


 部屋がないのだから無理を言っても仕方ないだろうに、ジルドはしつこい。

 このまま隣町まで歩くと日が暮れるからだとしても。

 魔界から出てきたところだから、また戻るのもなんだかな、とテレンツィオは無駄なことをしているような気分だった。


「使用人部屋ならあるけれど、狭いからなぁ」

「狭くてもいい。頼む」

「それならどうぞ。お代はまけておくから」



 親父がそんなことを言ったのも当然だ。使用人部屋と言ったが、物置の間違いではないのか。一人用の粗末なベッドがひとつあるだけだ。ここで二人も泊まれるか。


「ティオが休めればそれでいいんだ。僕はどうとでもするから」

「そうですか。じゃあベッドを使わせてもらいます。ジルドさんは床でどうぞ」


 床にはジルドが転がるくらいの余裕はあるだろう。――狭いけれど。

 ジルドは意外そうな顔をした。ひどいと思ったのだろうか。事実ひどいとしても。


「部屋にいてもいいのか?」

「床ですが?」

「床でも」


 ひどいと思わないらしい。この男は侯爵家の令息ではなかったか。

 何故そんなに嬉しそうにするのかがわからない。


「少しは信用してもらえていると思っていいのかな」

「は?」

「いや、なんでもない」


 ベッドの上にいるテレンツィオからは床に転がったジルドの背中しか見えなかったが、気にせず眠った。きっと今もフルーエティが見守ってくれているだろうから。





 そこから馬車を拾い、あとは王都まで揺られるだけだった。

 ただ、王都が近づくにつれ、テレンツィオも動悸がした。


 思えば初めての任務で町が壊滅という最低な状況なのだ。生意気なテレンツィオの鼻っ柱をへし折るために色々と言ってくる連中ばかりだろう。

 ――どう切り抜けるのかが腕の見せどころではある。


 二人が帰還したとわかった途端、魔術師団と騎士団は合同で会議を開いた。

 騎士団の方はすべての人の顔と名前が一致したわけではないが、魔術師団の方は魔術師団長に加え、火水風土の将がそろい踏みだった。


「二人ともよくぞ戻った」


 騎士団長が重々しい口調で言う。サメレの町が壊滅したという報告だけは先に行っているのだろう。


「それで、あとの二人はどうしたのだ?」


 魔術師団長が探るような目を向けてくる。

 テレンツィオとジルドだけは立ったままで報告する形になっている。ここは年長のジルドが口を開く。


「はっ。彼ら二人が突き止めてくれた情報をもとに、我らはガルダーラ教徒の後を追って町の外へ出向いておりましたが、その間に町で火災に巻き込まれた模様です。あの二人だけでなく、あの場で他に生存者は確認できませんでした」


 そこでテレンツィオはすかさずガルダーラ教徒のメダリオンを取り出し、会議室の机の上に置いた。

 会議室がざわつく。


「私たちが手に入れたガルダーラ教徒のメダリオンです。魔術師ならばこの禍々しさを感じ取ることができましょう」


 騎士たちは何もわからない。しかし、やはり第一階級の高位魔術師たちは察した。


「これは、以前のガルダーラ教団のものとは違うな」


 風将トレントがつぶやいた。

 まだ二十代で、学者のように生真面目な顔をした水将テスタは眼鏡を押し上げながらうなずく。淡い灰色の短髪だが、前髪だけ眼鏡にかかるほど長い。


「ええ、五芒星ではなく、大樹を象っていたはずです」


 火将リベラトーレも目を細めた。


「これはむしろ、悪魔の徽章(シジル)のようでさえある」


 やはり、将ともなればそのくらいはわかるらしい。

 土将ニールセンはメダリオンをじっと見て、それから魔術師団長の意見を仰ぐために顔を向けた。目はぎょろりと大きくて、鼻は丸く、唇は分厚い。水将テスタに次いで若いのかもしれないが、なかなかに奇抜な面相だ。


「尊師、まさか悪魔が絡んでいるなんてことがあるのでしょうか?」


 テレンツィオは顔色ひとつ変えずに立っていられるが、ジルドがいちいち反応するから足を踏みつけてやりたくなった。

 ひと言も発さないまま、テレンツィオは会議の流れを眺めている。

 魔術師団長オリアーリは小さく息をついた。


「悪魔はどんな小さな隙間からも潜り込む。その可能性は大いにあり得る」


 騎士団の面々がざわつく。彼らには正しい知識がないから恐れるしかないのだ。

 トレントは苛立たしげに頭を掻いた。


「悪魔とはまた厄介なものを引き入れてくれたものだ」

「ただし、悪魔は正しい契約に基づいて使役すれば利益をもたらしてくれることもあります。サメレの町が壊滅したのは教団の意図であったのか、それとも悪魔の暴走によるところなのか、そこが重要ですね」


 テスタは悪魔と聞いても動じない。一番話がわかる人間のようだ。

 テレンツィオが上から目線でそんなことを考えていると、テスタの目がテレンツィオに向いた。


「シルヴェーリ君、何か他に気づいたことはありませんでしたか?」


 新人に過ぎないテレンツィオにも丁寧な口調で訊ねる。彼は誰に対しても敬語で話すのだろう。

 どう答えるべきか考えるまでもない。テレンツィオはかぶりを振った。


「申し訳ありません。町を覆いつくすほどの大火を見て動転してしまって、そこまでの余裕はありませんでした。けれど、もし何か思い出すようなことがあればすぐにご報告させて頂きます」


 まだ、手のうちをすべて明かすべき時ではない。

 この時もジルドが何か言いたげにしていたので、やはり足を踏みたくなった。


 会議は続いていたが、報告を終えたテレンツィオとジルドは下げられた。

 これほどの惨事になると誰もが予測していなかった。責任の所在は問えない。


 

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