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*2

 テレンツィオが祖母を残して自室に戻ると、フルーエティもついてきた。


 いつでも不機嫌そうについてくるが、フルーエティの姿は普通の人間には見えないものらしい。こんなに美しい容姿をしているのだから見せびらかしてやりたいのに、残念だ。


 フルーエティはまた壁際を陣取り、そこから椅子に座って本を開いたテレンツィオに言う。


「……お前には良心というものがないらしいな」


 その発言に思わず笑ってしまった。


「それは学院のこと? だって、仕方がないだろう? 教師たちを惨殺した後、他にどう説明づけるんだ?」


 フルーエティは目を細め、軽蔑に近い眼差しを向けてくる。


「それだけではない。お前はヒトの心を操る」


 本を繰る手を止め、テレンツィオはフルーエティを見た。

 陽の当らない窓際。それでも瞳だけが光を受けた宝石のごとく輝いている。


「それが何?」


 ここで罪悪感を覚えないから、良心がないと言われるのだろう。それも、悪魔から。

 しかし、生きるために使える力があるのなら、むしろなんだって使うのが人間だろう。


「お前は『テレンツィオ・シルヴェーリ』()()()()。術によってヒトの記憶を捻じ曲げ、不幸な老人に取り入っただけの偽者だ」


 フルーエティの指摘に、テレンツィオは目を瞬かせた。


「へぇ、わかるんだね。さすがと言うべきか」


 そこでフルーエティはあのぴったりとした革のような服の前を開け、白い胸元をさらした。そこに契約の紋章が刻み込まれている。しかし、その紋章は完璧な形をしていなかった。一部が擦れたような形になっている。


 それを見て、テレンツィオもまったく動揺しなかったわけではない。

 フルーエティの長い指が胸元の紋章に触れる。


「どこで俺の真名(まな)を手に入れたのかは知らぬが、()()()()()()を偽るとは愚かだな」

「……それでも、契約は成った」

「ああ、しかし完全とは言えない。少々の綻びはある」


 思わず立ち上がり、悪魔を睨みつけた。


「私がお前の主だ」


 フルーエティがそんなことで動じるはずもない。唾棄するように言った。


「今のところはな」


 服を閉じ、また闇に紛れて黙り込む。懐かない悪魔だ。

 テレンツィオは再び座り込むとため息をついた。


「……あの年寄り共はどうやって始末した?」

「氷漬けにして砕いた」

「なんだ、もっといたぶって苦しめてやればよかったのに」

「必要ない」


 素っ気ない返事だった。楽しくはなかったと見える。


「老人の皺首では興が乗らない?」


 くすりと笑って見せても、フルーエティはやはり笑わない。


「私の話はいい。お前の話をしてくれ」

「俺の何を語れと?」

「大陸を滅ぼした話でもいいし、配下の悪魔の話でもいい」


 フルーエティは黙った。主の頼みを断るつもりなのではなく、何を話すべきか考えているのかもしれない。

 だからテレンツィオは先になって言った。


「お前にはマルティ、リゴール、ピュルサーの三将と呼ばれる強力な配下がいるんだろう?」


 すると、フルーエティはさらに嫌そうな顔をして背中を壁から浮かせた。


「そんなことも魔術書(レメゲトン)には記してあると?」

「そうだよ。でも、まあ、情報源はそれだけではないけれど。さすがに魔術書(レメゲトン)にお前の真名までは載っていない」


 フルーエティはため息をついた。その仕草が妙に人間臭いと思った。


「残念だが――」

「うん?」

「お前の性根は腐りきっているというのに、俺が関わった人間たちの誰よりも強い精神力を持っている」


 褒めてくれているわけではなさそうだが、まあいい。


「ありがとう。それで心が読めないって?」

「…………」


 顔をしかめた。その通りなのかもしれない。

 悪魔は人の心を読むという。フルーエティほどの大悪魔ともなれば簡単に心を見通すのだと思っていた。


 読まれて困るような心の動きはない。読みたければ読めばいい。

 テレンツィオが考えていることなど、実のところは単純なのだ。迷いとは無縁に、剝き出しで置いてある。


 悪魔を使役する主が脆弱な精神でどうするというのだ。悪魔を従えるのならば、誰よりも強くあらねば寝首を掻かれるだけだというのに。

 ただ、気になることがひとつ。


「なあ、フルーエティ。思ったよりもお前の口が悪いのは、契約が不十分だから?」


 もっと敬ってくれると思っていたのに、性根が腐りきっているとまで言われた。可愛くない。


「そうではない。その身を護り、(めい)に従えども意見くらいはする。それともお前は自分に逆らわない相手で人形遊びでもしたかったのか?」

「それでもよかったけれど。着せ替えてあげようか、私のお人形さん?」


 アハハ、と声を上げて笑うと、フルーエティは主に向けるとも思えない冷えた目を向けてきた。冗談は嫌いらしい。


「まあいい。私のことは『ティオ』でいいよ。できれば『様』をつけてくれると嬉しいけど、嫌だろうね」

「偽りのお前の名など呼ばん」

「そうは言うけれど、この名でお前の主になったんだ。これは私の名だよ」

「不愉快だ」


 悪魔を手なずけるには何が必要なのだろう。難しいものだ。

 しかし、テレンツィオは少しも不快ではなかった。むしろ嬉しかった。


 この悪魔の存在こそがテレンツィオの力の証明であるのだから。

 ずっと、幼い頃から焦がれてきた悪魔をやっと手に入れた。


厄介なのに捕まったエティですが、


1:リュディガー→可哀想、好き

2:ルーノ→普通、でもちょっと可哀想

3:テレンツィオ→嫌い


主人公との初対面の印象が回を増すごとに悪くなっております(^^;)

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