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 テレンツィオがジルドを置いて部屋から出ようとすると、ジルドが立ち上がってついてきた。


「どこへ行く?」

「どこって、別に。フルーエティの屋敷ですから好きにうろつきますよ」

「一緒に行こう」


 まるで迷子の子犬のようだ。

 この場合、悪魔の館に一人でいるのが不安なのか、テレンツィオの身を案じているのか、どちらだろう。面倒くさいから放っておいた。


 廊下を歩き、エントランスに出る。

 すると、程よくフルーエティが帰還した。それも三将を連れている。


「やあ、マルティ、ピュルサー、リゴール。お前たちの感覚だと、久しぶりと言うほどではないのかな?」


 三将はサッとその場にひざまずく。――ピュルサーは獅子なので伏せたようなものだが。


「ティオ様、ご無事で何よりです」


 マルティは愛想よく答えてくれる。何も変わらない彼の姿は、ティオが幼かった日々を思い起こさせるが、無駄な感傷は要らない。


「先ほどフルーエティ様より事情をお聞きしました」


 やはり顔は見えないが、リゴールが低い声で言う。

 フルーエティは颯爽と歩き、テレンツィオの前で立ち止まった。


「アケローン川のほとりへ行ってきた」

「アケローン川……」

「罪深い死者の魂が魔界で最初に向かうところだ」


 なんの話だろうかとテレンツィオが先を待っていると、フルーエティは続けた。


「サメレの町で多くの死者が出た。本来であればその半数以上の魂がアケローン川のほとりにいたはずだが、見当たらなかった」

「あの町の人間は善行を積んでいて、ほとんどが天国へ昇ったとでも?」


 デュリオはともかく、ノーゼはどうだろう。死者に対してなんだが、十分罪深い気がする。

 フルーエティはゆるくかぶりを振った。


「いや、そのどちらにも行けなかったのだろう」

「……どういうことだ?」


 緊張した空気が肌を刺すように感じられる。明確な答えを聞く前から、それがよい報せでないことくらい察せられた。


「マルコシウスは魂を集めていると言っていた。それが意味するところは今のところわかっていない」


 その集められた魂の中にはノーゼとデュリオの魂も含まれているのだろうか。

 だとしても、それを知ったところで何もできない。彼らの魂はどうなるのか、それはテレンツィオにもわからなかった。


「それで、マルコシウスの他に誰が絡んでいる?」


 テレンツィオはポケットの中に納めていたメダリオンをつかんで引き抜いた。

 五芒星の他にうっすらと光の線が見え隠れする。

 まさかとは思うが、テレンツィオはその徽章(シジル)が示す悪魔を知っていた。魔術書(レメゲトン)で語られている悪魔の中でも強大な力を持つ魔王だ。


 まさかとは思うが――。


「タストロア……?」


 その名を口にすると、三将がゾッと身震いしたのがわかった。

 フルーエティは否定しない。


「正確にはその配下、ルキフォカスが教団に絡んでいる」

「それって、お前の同僚じゃないのか」


 その言い方が気に入らなかったらしい。フルーエティに睨まれた。

 魔界にはに二尊の魔王がいるとされる。その一尊、魔王ヴァルビュートがフルーエティにとっては魔界での主君に当たる。


 そして、もう一尊が――タストロア。

 魔王たちはそれぞれ、上級六柱悪魔を三柱ずつ配下に持つ。


 タストロアの配下は、ルキフォカス、サナトア、ネビュロス。

 ヴァルビュートの配下は、フルーエティの他にプトレマイアとタナルサスという。


 タストロアはフルーエティにとって直属の主君ではないが、かなり格上の存在というわけだ。フルーエティの配下である三将が名前を出しただけで戸惑うのも当然である。


「そうか、仲が悪いんだな?」


 きっと、それぞれの魔王のもとで牽制し合っているというところだろう。

 ルキフォカスは、フルーエティが炎と氷を操るのに対し、風と水を操る悪魔であるらしい。大抵の悪魔は非常に残忍な性格であると添えて書かれているが、フルーエティにもそういう記述があったのであてになるのかはわからない。

 テレンツィオが魔術書を書く際には、『小言が多い』とでも書いてやろう。


「そんなに悪くはないですよ。顔を合わせたのがいつだか思い出せないくらい会われていませんから」


 マルティが軽い口調で言った。


「そうなんだ?」

「ええ、むしろプトレマイア様の方が――ととと」


 フルーエティに睨まれ、マルティは失言を自覚して口を閉じた。

 同じ魔王の配下同士の方が仲は悪いらしい。功績を競い合うせいだろうか。もしかして、そんな悪魔たちの競争のために大陸が滅ぼされたとしたら嫌だけれど。


「なあ、フルーエティ。ルキフォカスが教団の、例えば大主教に召喚されたなんて可能性はあるか?」

「お前のような小娘が俺を喚び出したことを思えば、十分にあり得る」


 主に向かって小娘とはひどい呼び方だ。

 テレンツィオはむくれたが、フルーエティはさっさと話を進める。


「ルキフォカスが主君の徽章(シジル)を掲げさせているのは何故か。……どうせろくな目的ではないだろうがな」

「このことはお前の魔王様に報告しないのか?」


 多分、フルーエティにとっては人間の主よりも魔王の方が遥かに尊い。魔王にはこんなぞんざいな口は利かないだろう。


「あのお方は、報告せずともすべてをご存じだ」

「そういうものなのか」


 知っていて放っているということは、地上で何が起ころうとも魔界の悪魔にとってはどうでもいいことなのだろうか。

 フルーエティはようやくテレンツィオの目を見て言った。


「火傷を癒すくらいの時はここで過ごしてもいいだろう」


 ジルドは目を瞬いた。悪魔がそこまで気を遣ってくれるとは思わなかったはずだ。

 フルーエティはジルドよりも、主であるテレンツィオにもっと気を遣うべきだと思うのだが。



 フルーエティは屋敷の奥へ消え、三将もねぐらへと帰っていく。

 エントランスにポツリと残されたのは人間たちだ。


「報告が遅れてしまう。僕は大丈夫だ」


 だから、すぐにでも地上に戻りたいとジルドは言うのだろう。火傷のある手を握り締めていた。

 ――不安に揺れているのか。


 それならば、今のジルドは幻惑の術が効きやすいのかもしれない。これは好機だろうか。今一度試してみたい。

 なんてことを考えているのを隠しつつ、テレンツィオはほんの少し目を細めた。


「ここでの時間の経過は地上とは違います。私たちが地上を去った直後に戻してもらえばいいのです」

「そうなのか? すごいな」


 テレンツィオの考えなど知らないジルドは素直に状況を受け入れた。あまりにもあっさりとしているから、逆に突っかかってやりたくなったのは、テレンツィオの性格が歪んでいるからだろうか。


「こんな話、よくすぐに納得できますね?」


 皮肉交じりに言ってやると、ジルドは何故か妙に柔らかく笑った。


「ティオが言うのだから信じられる」


 意味がわからない。呆けていたら、ジルドは一歩前に踏み込んだ。


「こんな言い方をしていいのかはわからないが、君は年若い女性で、それなのに大変な力を手にした。そこへ至るまでには人一倍の努力があったのだと思う。だから、年や性別に関わりなく、僕は君を尊重したいし、君の専門分野なら疑わない」


 この男は恵まれていて、他人を妬んだことなどないからこそ、こう素直なことが言えるのだ。他人を認めても、他人と比べても、なんら劣るところのない自分だから。

 学院長やダルボラとは人種が違う。

 テレンツィオは妬まれるのには慣れていて、跳ね返せる。けれど、素直な賞賛ほど居心地の悪いものはない。


「……疑うことも時には必要ですよ」


 術をかけてやろうと思ったのに、ジルドは笑っている。


「僕はいつでも心が求めるままに行動している。信じたいと思った時は信じるさ」


 ――時に揺らいだところで、そよ風が地に根を張った木をなぎ倒すことはできないのだ。

 やっぱり嫌な男だな、と思った。


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