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 テレンツィオは手の中のメダリオンを握りしめた。

 カルダーラ教団には悪魔が絡んでいるとして、それを報告するのは難しい。

 今のところ、このメダリオンだけが手がかりだ。このメダリオンに刻まれている徽章(シジル)を調べてから報告すれば自然に行えるだろうか。


 脱力していたジルドが幽鬼のようにのっそりと立ち上がる。

 この時、門の瓦礫の上に飛び乗った影があった。燃えている瓦礫の山の上だというのに、平然としている。その大きな翼に火は燃え移らない。


「マルコシウスか」


 フルーエティが呼びかける。

 その翼を持つ獣は恭しく答えた。


「これはこれは、フルーエティ様ではございませぬか」


 犬――いや、狼だろうか。

 黒毛の大きな狼に鳶色の逞しい翼が生えている。うねる尻尾は蛇のようだ。

 金色の(まなこ)は射竦められたら野生の獣でも逃げ出すほどに鋭く、ただの人の身としては圧倒される。

 マルコシウスは獣の裂けた口で器用に言葉を発する。声は低く、かすれていた。


「こちらにおいでとは存じ上げずに失礼致しました。ですが、喜ばしい限りです」


 魔術書(レメゲトン)にはこの悪魔のことも記されていた。しかし、記載が少なく、詳しいことは書かれていない。

 フルーエティはマルコシウスに問いかける。


「お前はここで何をしている?」


 すると、狼の顔をした悪魔は慎重にうなずいた。


「ヒトの魂を集めております」


 魂――。

 マルコシウスの目がテレンツィオに向いた時、さすがに体が強張るのを感じた。

 腑抜けていたかと思ったジルドは、この時ばかりはテレンツィオを庇うように腕を上げたが、ジルドに庇ってもらおうという気はなかった。


「そこのニンゲンたちは強い魂の輝きを持っています。ですが、片方はあなた様の主ですか。残念です」


 悪魔同士、すぐにそれを感じたらしい。

 フルーエティはため息をついて会話を続けた。


「なんのために魂を集める?」

「はて? それをお訊ねになられるのでしたら、あなた様は我らと共に動いておられるのではないと」


 それならば、多くは語るべきではないというのか、マルコシウスは蛇の尻尾をくねらせるだけだった。


「このヒトの町にはもう他に生者はおりまぬ。そして、出口もありませぬ。どうぞお気をつけて」


 生者がいないという悪魔の言葉は本当なのかもしれない。もう、嘆きも叫びも聞こえない。轟々と燃え盛る炎の音、風の音、破滅の音――。


 この町は、もう終わったのだ。

 忙しいとばかりに、マルコシウスは強靭な後ろ足で跳躍し、そのまま風に乗って遠ざかる。町をすべて焼いてしまうつもりなのか、まだ口から火を吐いて辺りに撒き散らしていた。


「フルーエティ、あの悪魔は教団に使役されているのか?」


 テレンツィオが言うと、フルーエティは人間の扮装を解いて元の姿に戻った。


「あるいは、教団に関わる悪魔が協力を求めて引き込んだのか。マルコシウスは誇り高い悪魔だ。低俗な人間の誘いになど応じん」

「その悪魔の見当はついているのか?」

「一部はな」


 深々とため息をついていた。一部ということは、複数いるのだろうか。

 その様子から、厄介な相手だということだけは伝わる。

 この時、フルーエティはテレンツィオを一度見て、それからジルドを見遣った。


「ヒトが通れる道はすべて塞がれている。このままここにいては焼け焦げるだけだ」

「逃げ道がない? いや、それでもティオだけはどうにかして逃がさないと……」


 狼の姿をした悪魔が現れて町人たちが皆殺しにされたり、ジルドも心身共に疲れ果てているだろうに、まだそんな綺麗事を言う。


「私の心配ならば不要です。私にはフルーエティがついていますから」


 苛立ちが混ざり、口調は冷たくなる。

 心配しなくてはならないのはジルド自身のことだ。それをわかっていない。


「そうか。ティオは生き延びて、今日のことを軍に報告してくれ」


 まるで、自分は生き残れないと理解したような言い方をする。

 それでも、テレンツィオが逃げ切れるのならいいとでも思っているのか。美しい自己犠牲で生涯を終えたいのか。


「やめてください。私だけ戻ったら責任問題じゃないですか。責任の半分は持ってください」


 そこまで言ったら、流れてきた煙を吸ってむせてしまった。本当に腹が立つ。

 咳込んでいると、ジルドがテレンツィオの背中に触れた。触るなと言いたいのに声が出なくて涙が零れる。

 こんな中でもフルーエティだけは汚れることなく、彫像のようにそこにいた。


「――行くぞ」


 感情を込めずに言い、フルーエティが腕を振るうと、炎よりも赤い魔法円が浮かび上がる。

 空間が歪み、テレンツィオを呑み込んだ。行き先は、多分魔界だろう。

 

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