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 町が、壊れていく。

 突然のことに事態を把握できない。

 爆発というのは、一般的に魔術によって引き起こされる現象だ。自然に起こそうとするとかなり条件が厳しい。

 それならば、誰かが魔術を使ったと考えた方が早い。


 ノーゼではないだろう。彼ならば、こんな一般人を巻き込むような術は使わないと思う。立場上、後処理が面倒だから。


「っ!」


 緊急事態を示すブレスレットの石が、ピシッと小さな音を立てた直後に砕けた。緊急事態なのはどこを見てもわかる。

 町の門へ急ぐべきところだが、今はジルドを追うしかない。


「フルーエティ、この爆発は()()()()()の仕業か?」


 走りながら問うと、フルーエティは顔をしかめた。


「仲間というのかは知らん。悪魔の仕業なのは間違いない」

「知り合いか?」

「まあな」

「話し合いで解決できるか?」

「不可能だ」


 涼しい顔をして言われた。悪魔同士は仲が悪いのだろう。

 家が焼け、崩れ、逃げ惑う人々がテレンツィオの行く手を阻む。邪魔なので突き飛ばしたくなるが、テレンツィオがそれをする前にフルーエティがテレンツィオを庇いながら道を作ってくれた。

 ――この場合、護られたのは民間人の方かもしれないが。


「民間人の誘導ができていないな。……逃げ場そのものがないのか」


 フルーエティが遠くを見通しながらつぶやく。


「どういう、ことだ?」


 走りすぎて息が切れてきた。フルーエティは同じペースで走っていてもまったく乱れていない。


「門が崩れて街の外へ出る手段がないらしい。出られないように崩されたというのが正しいか」

「教団が、やった?」

「まあ、幅広い意味ではそうなるな」


 一体、何のために、何が目的で町を破壊したのだろう。

 この時、テレンツィオは自らの行いを思い出した。


 自分を消そうとした教員たちを始末し、学院に火をつけさせた。学院を焼いたのは、教員たちが死んだことに対する理由づけが必要だと思えたからだ。

 それならば、教団が町を焼いた理由は同じなのか――。


 この時、やっとジルドに追いついた。彼が立ち止まり、倒れた柱に脚を挟まれた中年の男を助け出そうとしていたからだ。

 折れた木材を柱の隙間に差し込み、力を込めている。テレンツィオはその原始的な行動に眉を顰めつつ、呼吸を軽く整えて唱えた。青い魔法円がテレンツィオの周囲で光るが、逃げ惑う人々は目を留めない。


 柱は僅かに浮き上がり、横へ転がった。ジルドはハッとして振り返る。ここでやっとテレンツィオの存在を思い出したのかもしれない。


「ティオ、ありがとう」


 自分が命を救われたかのように、感極まって礼を言う。テレンツィオは渋面を作っただけだった。


「ノーゼさんから緊急連絡が来ました。門まで行きましょう。門は崩れて出入り不可能とのことですが」


 一瞬、テレンツィオの隣のフルーエティを見て怪訝な顔をしたが、すぐにテレンツィオの使い魔だと気づいたようだ。誰だとは問わなかった。


「しかし、こちらでも救助を必要とする人が多くいる」

「この惨状ではあちこちにいるでしょうね」


 どこからともなく火は燃え広がり、町を焼いている。

 この猛火を収められるのは、最早人の力ではない。

 しかし、仮にテレンツィオがフルーエティの力を使って事態を収めたとして、誰が感謝するだろう。悪魔の力だと非難するだけだ。


 テレンツィオはフルーエティに命じるつもりはなかった。町が救われても、自分の命運が尽きるのでは意味がない。

 非情だろうと、この町のためにそこまでする義理はないのだ。


 それでも、ジルドは違った。簡単には見捨てられないらしい。

 誰も彼も助けたいというのなら、助けられずにこの町と運命を共にするだけだ。

 そうしたいのなら、すればいい。つき合わない。

 テレンツィオは冷え冷えとした心境で言った。


「では、私は彼らと合流しに門へ向かいます。あなたは好きになさってください」


 突き放す言葉に、ジルドは困惑しながらも立ち上がった。


「すまない、僕も行こう。デュリオたちと連携を取った方が、救える命が増えるかもしれない」


 まだそんなことを言う。

 この任務は失敗だ。テレンツィオにはそれが重たくのしかかるのに、ジルドはそんなことも忘れているようだった。


 そして、一度決断するとジルドは速かった。むしろ、置いて行かれるのはテレンツィオの方だった。

 こんなに走らされて腹立たしい。フルーエティも涼しい顔をしているから、ヨレヨレになっているのはテレンツィオだけだ。

 火の手に照らされ、フルーエティの青白い肌も赤く染まって見えた。


「なあ、フルーエティ。お前は、こんな光景には、慣れているんだろう?」


 大陸を滅ぼした悪魔は、己の手でこの光景を作り出したはずだ。

 けれど、そう考えれば考えるほどに、その行為がフルーエティには似つかわしくないような気がしてしまう。

 今も、決して(よろこ)んではいない。嫌な顔をしただけで答えなかった。



 町の入り口に駆けつけた時、レンガ造りの門は崩れ、木片は燃え盛って瓦礫の山と化していた。嫌な焦げ臭さが鼻を衝く。


 悲鳴が、嘆きが、町を埋め尽くす。

 ここは本当にこの世なのか。テレンツィオでさえも愕然とした。


 ジルドはまた、崩れた瓦礫に向かっていった。

 瓦礫の間から男の手が見える。人が挟まっているのだ。


 しかし、先ほどとは違い、今度はそう簡単に救えない。崩れた瓦礫を少しくらいどけてもまた崩れてくる。それに、あんな瓦礫に押し潰されていては、どのみち虫の息だろう。


 それがわからないほど愚鈍ではないはずなのに、ジルドは瓦礫に手をかけた。ただし、そのレンガはかなり高温になっていて、とても素手では持てずに取り落とす。

 火傷をしたようだ。痛そうに歯を食いしばっている。


 無理だと、救えないと諦めればいい。

 彼を照らす、明るい平坦な道ばかりがある世界ではないのだ。

 これは、順風満帆な人生を歩んできたジルドがこの世を学ぶ機会になるのだろう。


 どこか他人事のようにテレンツィオはただ見ていた。

 ジルドはそれでもまたレンガを手で払い除けようとする。


 ――学ばないのか。

 この男は、どんな時でも綺麗事に塗れていたいのか。

 つき合いきれない、とテレンツィオが苛立ちを募らせた時、ジルドが声を張り上げた。


「デュリオ、聞こえるか! 諦めるな!」


 あの手がデュリオだと言う。

 それならば、近くにいないノーゼはもっと奥深くに埋もれているのだ。

 二人とも、帰還は叶わない。


 テレンツィオはジルドたちのそばへ駆け寄った。瓦礫が崩れてこないかを確かめる。

 ジルドは一心不乱にデュリオを掘り起こそうとしていた。瓦礫から伸びている、握り締めた拳がピクリと動いた。


「デュリオ!」


 ジルドの声が聞こえたのだろうか。その手がゆっくりと開く。

 そこにあったのは、カルダーラ教団のメダリオンだった。

 テレンツィオはハッとしてそのメダリオンをひったくるように拾った。もしかすると、ノーゼがこれを手に入れたのだろうか。


 ジルドはメダリオンなどには目もくれず、火傷だらけの手で瓦礫を地道にどけてデュリオに声をかけ続けている。


「今、助ける!」


 ――無理だ。

 瓦礫をすべてどけたとしても助からない。それなのに、ジルドは認めない。

 煤だらけになった顔は悲愴で、それを洗い流すように涙が頬を伝っている。こんなに素直に泣けるのが妬ましいほどだった。


「助かりませんよ」


 テレンツィオははっきりと言った。

 この時だけ、ジルドはテレンツィオを睨んだ。その眼光に怯むことなく、テレンツィオは続ける。


「認めてください。助かりません。仮に助かったとしても、もとの丈夫な体には戻れません。苦悩に苛まれ、それでもあなたは生きろと言うのですか?」


 もし仮に、瓦礫の下にいるのがテレンツィオだったら。救ったジルドを恨むだろう。

 どうしてあの時、素直に眠らせてくれなかったのかと。この世の苦痛を引き延ばしてくれるなと。

 ただ息をしてることしかできなくなって、それでも感謝できるほどの強さは、多分ほとんどの人間が持っていない。


 ジルドは答えなかった。

 ただ無言で涙を拭い、瓦礫をどけるのをやめた。

 テレンツィオは嘆息する。あの手では当分、剣もまともに握れないだろう。

 けれど、この時、フルーエティがささやくような声で言った。


「……今、事切れた。しかし、その人間は必死になって救おうとしてくれた友の気持ちに感謝しながら逝ったようだ」


 フルーエティは瀕死のデュリオの心を読んだのかもしれない。

 けれど、そんなことを伝える必要はあっただろうか。


 ジルドはただ、叩くほど乱暴に自分の拳で顔を覆った。

 ――フルーエティが余計なことを言うから。

 

 

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