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*19

 なるほど、見ればわかる。

 テレンツィオは広場の噴水の前にいる灰色のローブの男を見遣った。


 頭にはフードを被っているが、声や顔の感じから見て四十代半ばくらいだろう。見えないが、髪は薄そうだとぼんやり思う。


「この世界は滅びに向かっているのです。人々を滅びから救えるのは、()()()()()()。さあ、祈りなさい。慈悲深き真なる神は信ずる者をお救いになります」


 民衆はほとんど足を止めず、その言葉を押しのけるように先を急ぐ。誰の耳からも演説はすり抜けていた。

 たまに立ち止まる者もいたが、それは興味を示したからではない。意地悪く揶揄するのだ。


「滅びって? 何が起こるんだ?」

「疫病が流行り、ありとあらゆる天変地異が起こります。そして、地の底からは悪魔の軍勢が――」

「悪魔だって。そんなの今日び子供だって言わねぇや」


 ハハハッと笑い声を振りまいて去っていく。

 けれど、カルダーラ教徒は悔しそうではなかった。ただ静かに受け止めている。

 愚かな人々にはそれ相応の報いを受けるが、忠告はしてやったとばかりに。

 テレンツィオにはその静けさが不穏に思えた。人間臭く言い返すのならばよかったのに。


「悪魔か」


 ポツリ、とジルドがつぶやいたから、テレンツィオの思考は中断されてしまった。

 テレンツィオはジルドに顔を向けないまま言った。


「あのガルダーラ教徒ですが、取り分け強い魔力は感じません。ただの人間です」

「そうだろうな」

「ただ、あの首から提げているメダリオンが気になります」

「あれが、何か?」


 磨かれた金属――いや、鉱石だろうか。

 鉛の色をした手の平に載るほどの大きさの丸いメダリオン。

 あそこに浮かび上がっている紋章はガルダーラ教のものだと言うのだろうか。――当然、言うのだろう。


 五芒星(ペンタグラム)のメダリオン。

 五芒星は歴史上色々なところで宗教と深く関わっている。だからそれ自体がいけないのではない。

 その星の周りにぼんやりと見える()()()()()が気になるのだ。


「もっと近くで見たいんです。でも、顔を覚えられるかもしれない。あなたは目立つからそこにいてください」


 きっぱりと言うと、ジルドは躊躇った。しかし、テレンツィオが何かに気づきかけているのなら邪魔をしてはいけないとも感じたらしい。


「……わかったけれど、挑発しないように」

「しませんよ」


 鼻で笑って、テレンツィオはジルドから離れた。

 そろそろお開きにしようとしていたのか、ガルダーラ教徒はもう声を張り上げるつもりはなさそうだった。テレンツィオが無害そうな少年を装って近づくと、ガルダーラ教徒は薄い眉毛を跳ね上げた。


「どうされました、お若い方?」

「い、いえ、疫病や天変地異というのはいつ頃起こるのかと思って……」


 震える小さな声で訊ねると、ガルダーラ教徒はうなずいた。


「それは我々人間の行い次第です。業が深ければ時は早まるでしょう」

「業、ですか?」

「ええ。我らは偽りの神ではなく真なる神によって生かされているというのに、真なる神を敬う心、信仰をおざなりにしています。これも業です。争い、傷つけ合う行いも、裏切りも業です」


 それを言うのなら、テレンツィオは見事に業に塗れている。それでも無垢に笑ってみせた。


「なるほど、正しい行いを心掛けよというわけですね」

「それはもちろんですが、真なる神への感謝を忘れぬことです」


 そこでテレンツィオはガルダーラ教徒のメダリオンをじっと見つめた。向こうもそれに気づく。


「このメダリオンの紋章は教団のものですか?」

「そうです。このメダリオンには真なる神のご加護があります」

「どうりで神々しいと思いました」


 白々しいことを言ったテレンツィオに、ガルダーラ教徒は気をよくしたふうではなかった。よく見せてくれるどころか、握り締めて手で隠す。

 見せると神のご加護とやらがすり減るとでも思うのだろうか。


「もし教団の活動に興味があるのなら、私よりももっと上の立場のお方の話を聞くといいでしょう。君のような若者が関心を持ってくれたのならば、喜んで迎え入れてくれます。その気はありますか?」


 怪しまれているわけではないのだろうか。

 多少の危険は伴うとしても、いざとなればフルーエティがいる。テレンツィオは戸惑う素振りを見せつつもうなずいた。


「ええ、今後のために一度くらいお話を伺ってみるのもよいかと。紹介して頂けるのなら……」

「明日、私は教団本部へ戻ります。一緒にどうでしょうか? 帰りは教団の馬車が送りますよ」

「すぐに帰れるのなら、お願いしてもよろしいですか?」

「もちろんです。では明日、ここでお待ちしております。ああ、私はガルダーラ教司祭、ウラディミーロ・ゾフと申します」

「私はマヌエレ・ロッソ、学徒です」


 マヌエレ――元同級生の名だ。さすがに魔術師団に所属する名は名乗れない。

 ゾフは軽くうなずき、手を差し出してきた。テレンツィオはその手を取り、握手を交わす。

 手袋の下の左手が僅かに疼くような気がした。


 教団と悪魔とは相性が悪いのだろうか。それとも、フルーエティが何かを警戒しているのか。

 ――何も感じないのかと、フルーエティは不穏なことを言っていた。


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