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 偵察なのだから目立たない恰好でなくてはならないわけで、警戒されて当然の魔術師団のローブは着てはならないと告げられた。学生時代のローブも駄目で、魔術師とわかる恰好はするなと。

 明日出発するから、今日中に支度をしろとはひどいものだ。


「私服なぁ……」


 テレンツィオは服に興味がない。流行も知らない。シルヴェーリ家では使用人が用意した服を着ていたが、それ以外はやはりローブを纏っていた。着慣れていて落ち着くのだ。

 あまり体形の強調される服は好ましくないのもある。


 シルヴェーリ家で特に関わりの深かったテレンツィオ付きのメイドには、祖母と同様に強めの幻惑の術を使ってあり、たとえテレンツィオの裸を見ても男だと認識する。テレンツィオを幼少期から知っていた多少の知り合い連中は、()()テレンツィオ自身が常に纏っている術によって、()()テレンツィオだと認識する。

 肉親や身近な者はその術だけでは足りないので補強しているのだ。


 魔術師団の者たちは本物のテレンツィオを知らないので助かる。高位の魔術師に術をかけるのは難しいのだ。精神力が強く、自分をしっかりと律している者もかかりにくい。


「なあ、フルーエティ。目立たない恰好ってどんなだ? お前のその服はかえって目立つけどな」


 知るか、と返されるかと思えば、フルーエティはちゃんと答えてくれた。


「町の若い男と同じような恰好をすればいい」

「まあそうだけど」


 他人に興味のないテレンツィオは、町の若い男がどのような服装だったか覚えていないのだ。何せ、外を歩きもせず、馬車で移動する際は本から顔を上げないので。


「……少し待て」


 フルーエティはそう言って消えた。

 まさか服を用意してくれるのか――なんて、そんなわけはないだろう。

 そう思ったのに、そのまさかだった。


 白シャツ、ベスト、パンツ、それにループタイ。

 再び現れたフルーエティに、ベッドの上に服をポンと投げられ、テレンツィオは目を丸くした。

 そのリアクションに、フルーエティは眉を顰める。


「なんだ?」

「いや、お前って万能だな」


 皮肉でもなんでもなくそう思ったから言ったまでだ。

 それでもフルーエティはそう受け取らなかったのか、フイッと顔を背けて消えた。


 本当に面白い悪魔だ。

 テレンツィオは一人でくつくつと笑いながら着替えたが、サイズもぴったりだった。





「ティー坊、お前と一緒に行くのは、火将のところのノーゼって野郎だ」


 トレントが魔術師団の敷地の庭を歩きながら説明した。

 その変な呼び方には憤りを覚えるが、一応上官なので耐えた。


「どんな方で? 見た目が魔術師らしくないんでしょうか?」


 それが基準で選んだとしたら、だ。

 トレントは物怖じしないテレンツィオに笑い声を立てながらうなずいた。


「まあ、ある意味な。年は確か二十二、三だった。お前とは相性が悪いと思うが、喧嘩はするなよ」

「はい、極力」


 その答えに満足はしなかったかもしれないが、やっぱり笑っていた。

 中庭の池の上に小さな舟があり、その手前に二人の男が立っている。


 一人はトレントよりも背が低く、色の浅黒い男だった。

 黒いローブを着た彼が火将エリア・リベラトーレだ。

 赤い髪は火を思わせるが、青い目は理知的だった。年齢はトレントの少し下だろう。


「シルヴェーリ君、魔術師団の生活には慣れたかい?」


 案外気さくな口調で友好的に声をかけてきた。


「はい。毎日楽しく過ごしております」

「それはよかった。急な任務だが、うちのノーゼとも協力して成果を上げてほしい。頼んだよ」

「畏まりました。尽力致します」


 ――ここで問題なのがそのノーゼとやらだ。

 ずっとテレンツィオのことを睨んでいる。まだ何もしていないというのに。


 艶やかな漆のような髪を持つ、線の細い美青年だった。淡いグレーの目がじっとテレンツィオに向いている。

 服装も金ボタンのついたビラビラとしたシャツで、お前は隠密行動をする気があるのかと蹴り倒したい。そんな服しか持ち合わせがないのだろうけれど。


「テレンツィオ・シルヴェーリです。どうぞよろしくお願い致します」


 一応友好的に挨拶をしたが、ノーゼはそれを鼻で笑いかけて――二人の将の前だと思い出したらしい――それを押し込め返事をした。


「リオネロ・ノーゼだ。こちらこそ頼む」


 美青年ではあるのだが、フルーエティと比べるからか見惚れるほどでもない。じっと観察したら、顎に吹き出物がある。と、そんなことはどうでもいいのだが。


「さて、二人とも舟に乗って」

「はい」


 小さな白い舟には櫓がない。魔術で動かすものだ。座ると尻がひんやりした。


「じゃあな、武運を祈る」


 トレントがそう言ってから呪文を唱えた。

 間近で将の術が見られて、テレンツィオは満足だったが、ノーゼは顔をしかめていた。船縁にしっかりと指を食い込ませている。


 それほど速度を出したわけでもないが、トレントが押し出した舟は池を横断し、騎士団の敷地へと到着したのだった。

 この舟、回収のことまで気にしなくていいだろうか。テレンツィオはさっさと降りた。

 ノーゼはそんなテレンツィオにチクリと言う。


「おい、シルヴェーリ」

「はい」

「すべてにおいて僕を敬って行動するように。何せ、お前には経験がない。僕の意見を尊重しろ」

「はい、先輩」


 にこり、と笑っておいた。

 社交辞令とは便利な嘘の呼び名である。


 そして、その地点で待ち受けていたのは、三人の騎士だ。一人は騎士団長と、あとの二人は派遣される騎士だろう。私服なので騎士っぽくないが。


 そこでふと、そのうちの金髪の男は叙勲式にいたなと思い出した。叙勲されていたのではなく、参列していた中にいた。騎士の鎧や制服を着ていないが、ラフなシャツとパンツスタイルでも脚が長いので様になっていた。


 もう一人はむしろパッとしなくて平凡な顔立ちだった。なるほど、民衆に紛れやすい。


「リオネロ・ノーゼ、テレンツィオ・シルヴェーリ両名だな?」

「はい、閣下」


 ノーゼが答えたので、テレンツィオは頭だけ下げておいた。


「うちから派遣するジルド・ヴィヴァリーニとデュリオ・モルテードだ。詳しい話は道中二人から聞いてくれ」

「畏まりました。必ずやお役に立ってお見せします」


 そう答えるノーゼの声が震えていた。騎士団長の威厳に圧倒されているようだ。

 テレンツィオは、騎士団長のシルエットが立ち上がった熊に似ていると失礼なことを思っていた。


 騎士団長はうむ、と答えて配下の二人に目配せをして去っていった。騎士団長の背中が遠ざかっていくと、騎士たちの目がノーゼよりもテレンツィオに向いた。


 騎士は魔術師とは不仲だ。考え方、戦い方、在り方、すべてが違うのだから仕方がない。

 時には共闘するので、その時だけなんとなく不快感を隠せばいい。


 先ほどのノーゼのようなことをチクリと言ってくるだろうと思い、とりあえず言葉を待ったテレンツィオだったが、ジルドと呼ばれた金髪の騎士は急に笑いかけた。


「しばらくの間だがよろしく頼むよ、テレンツィオ」


 手を差し出してきた。いきなり馴れ馴れしい。

 敵視されることにはすっかり慣れているが、仲良くしようというスタンスで向かってくる人間には不慣れなテレンツィオであった。

 一瞬、顔を歪めたのがバレたかもしれない。


「……よろしくお願いします」


 渋々、差し出された大きな手を撫でるように握手した。握り返される前に慌てて引っ込める。なんだか握り潰されそうで嫌だった。


 ジルドはなんとも思っていないのか、次にはノーゼと握手していた。ノーゼはどうやらナルシストなので、親しげにされて嬉しそうに見えた。

 

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