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 風将トレントの――というよりも、その部下たちによるしごきによって、新人は一ヶ月で二人にまで減ってしまった。


 人員不足だと言ったくせに去らせてどうするとも思ったが、ここは軍なのだ。馬鹿を連れて戦に赴くことになったら、馬鹿は周りの命まで危険にさらしてしまう。淘汰されるのは当然のことかもしれなかった。


「それで?」


 トレントがため息をついてから問い返す。

 ヴィーティという紫ローブの副将が、勿体ぶって唾を呑んでから答える。


「いえ、ですから、適任者を一人派遣してくれという話です」

「なんでうちから?」

「それは、まあ……」


 ヴィーティが言葉を濁しながらチラリとテレンツィオを見た。なるほどな、とテレンツィオは納得した。


「こんなひよっ子を派遣しろというわけか」


 呆れたように独り言ち、トレントは椅子に深々と背中を預けた。

 テレンツィオは今日、会議というものに初めて参加して物珍しがっていた。トレントの隊だけでのことなので、全員が部屋に収まりきるから入れてくれただけなのかとも思う。

 新入りに発言権などなく、置物も同然だ。決定には疑問を差し挟まずに従えと言われたのみである。


 そして、この会議の案件は『偵察』である。それも騎士団からの要請だった。


 このアンゴル大陸には、『カルダーラ教団』という宗教団体がある。

 ガルダーラ教は大主教マカード・ソリナスを神として崇めているという。天界に神はおらず、よって天は人を救いはしない。人を救うのは現人神だという思想だ。

 ガルダーラ教団が生まれたのは何百年も前のことなので、大主教も代替わりしているはずだが。


 神も人も、誰かを救いはしない。

 そんなものは結局のところ、ただの願望だとテレンツィオは思うけれど。


 大陸北西のベルテ王国とベキス王国の間にあるガルダーラ教団の総本山はどこの国にも属さず、自治を保っている。それが近頃、どうにもきな臭いのだという。


 教団の信徒が行き来するというベルテ王国のサメレの町まで行き、様子を探るという任務だ。何があるかわからないので、物理的な攻防に長けた騎士と感知能力の高い魔術師が最少人数で行くのが望ましい。優秀な人材を派遣してほしいと騎士団側からの要請があった。


 魔術師の一人は別の将のところから選ばれたそうだが、もう一人はトレントのところからという流れだそうだ。


「彼の感知能力がずば抜けているのは事実です。……まあ、協調性には少し、かなり、欠けますが」


 わざわざ言い直された。テレンツィオはヴィーティを睨んだが、彼は糸目すぎて目が合わなかった。


「実戦経験がない彼を派遣しても我が隊の恥をさらすだけです。私が行きましょう」


 名前も覚えていない紫ローブの誰かが言った。おかっぱ頭だからカッパでいいだろうか。


「民間人に紛れて調査するということだから、警戒されにくい者がよいとも言われました」

「注文の多い野郎だ」


 トレントがケッと吐き捨てた。自分が行けないから拗ねているのだったら面白い。

 テレンツィオは喜色満面で手を上げた。


「私が行けば丸く収まるのでしょう? 構いませんよ」


 何故だか、皆が嫌な顔をした。天才を前にこの扱いはどうなのだ。


「あとで何を言われることやらな」


 そこでヴィーティがまたテレンツィオに顔を向けた。


「お行儀よくできますか?」

「心外ですね。私ほど礼儀正しい者が他にいますか?」

「この場の全員がそれに当たりますね」


 この糸目――と思ったが許してやる。

 テレンツィオは立ち上がり、恭しく一礼してみせた。


「風将ジョルジョ・トレント様配下、第三階級テレンツィオ・シルヴェーリ、この任謹んでお受け致します」


 皆の不安そうな目を見て、テレンツィオは額に青筋を浮かべた。





「まったく、失礼極まりないオッサン共め」

「……お前のそういう内心が透けて見えるのだろうな」


 廊下でつぶやいたら、フルーエティが皮肉交じりに返してきた。悪魔にまで協調性がないと諭されるつもりはない。

 寮の部屋に戻り、テレンツィオは部屋の真ん中で腰に手を当てて振り返った。


「でも、悪くない話だ。不穏な動きがあるなんて、楽しいじゃないか」


 不敵に笑って見せたが、フルーエティは賛同しなかった。


「そういうことは人前では口が裂けても言うな」

「だって、退屈だろう? それともお前は、私の前に姿を見せない間はどこかで楽しんでいるのかい?」

「…………」


 黙った。答えたくないというよりは、答えるのも馬鹿らしいとばかりに。

 テレンツィオはムッとして、壁際のフルーエティのもとへ歩み寄り、黒い革のような服の胸元をドン、と叩いた。


 けれど、フルーエティは顔色ひとつ変えない。美しい目でテレンツィオを見ている。


「お前の主は私だ」


 胸元に添えた手を広げ、堅い胸板をグッと押す。


「ここに契約の印がある限り、私が主だ。浮気はするな」

「……子供か」


 呆れたように言われた。

 そして――。


「いや、子供だった主の方が大人びていたか……」

「は?」


 独り言を聞かれたように顔をしかめ、フルーエティは姿を消した。

 こういう時、見えないだけでそばにいるのか、それとも魔界に帰ってしまっているのか、どちらなのだろう。


 テレンツィオを置き去りにして魔界で楽しく過ごしていたり、他の者の喚びかけに答えたりしていたら面白くないけれど。


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