*12
魔術師団には最高位の団長の下に四人の将軍がいる。
それぞれが火、水、風、土のエレメントを冠する。
火将、水将、風将、土将――それぞれが第一階級の魔術師だ。いつかは追い落としてやりたいなと不遜なテレンツィオは思う。
騎士団の方を終えると、魔術師は剣ではなく笏を使って叙勲の儀式を行う。
その叙勲式が終わり、去り際にオリアーリ団長が直々にテレンツィオにのみ声をかけた。
「テレンツィオ・シルヴェーリ。君は風将ジョルジョ・トレント様の部隊に配属されることになった。君の働きに期待している」
「はっ。ありがとうございます」
皆、いい気はしないだろうが、それを面と向かって言うつもりはないらしい。言ったところで能力差がありすぎて自分が痛い目に遭うだけなのだから、言わないのが賢明だ。
新人たちには腕章が配られた。テレンツィオに手渡されたものには風を象った刺繍がある。――波のようにも見えるけれど。
それを腕につける。そして、それぞれの将の配下が、自分たちが育てる新人を連れていく。風将隊に配属されたのはテレンツィオを入れて五人だ。
連れていかれた詰め所で風将が待っていた。
『風』と聞いて勝手に穏やかなそよ風を連想した馬鹿者が多かったようで、その荒ぶる風に恐れをなしていた。
「チッ、たったの五人か。これじゃあ一人も残らねぇな」
腹立ちまぎれに机をドン、と叩いた。
ジョルジョ・トレント。確か三十八歳くらいだ。
魔術師らしからぬ分厚い胸板、鋭い目つき、黒い短髪、厳つい顎と無精髭。――チンピラか。
他の四人が怯えているのに対し、テレンツィオだけが平然としていた。そうしたら、トレントは面白そうに顔を歪めた。
「おお、お嬢ちゃんが例の『天才』か?」
「私はお嬢ちゃんではございません。――ええと、なんとお呼びしましょう。閣下、それとも尊師、もしくは将軍?」
笑顔で言うと、トレントはガハハと笑った。
「可愛い顔して図太いヤツだな。俺のことは『ジョルジョ様』でいい」
「はい、ジョルジョ様」
本当に呼ぶなよ、とでも言いたげな周囲の目が刺さったが、気にしない。
風将は想像していた人物とは違ったが、そこそこの使い手ではある。馬鹿ではない。馬鹿ではない人間なら、少しくらいは敬ってやってもいい。
「さて。新入り共、全員名乗ってから座れ」
いくつも繋げられた細長い机の前に立ち、テレンツィオははっきりとした口調で名乗る。
「テレンツィオ・シルヴェーリです。どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。ええ、もちろん社交辞令ですので、ほどほどにで結構ですけど」
この部屋の中だけで三十人くらいだろうか。その視線がすべてテレンツィオに向いた。そんな中で席に着く。
そして、隣にいたひょろ長い青年が名乗る。
「ぼ、僕はリベリオ・ピコット、です。ええと、その――」
他の挨拶もあくびを噛み殺しながら聞いた。
相変わらずトレントは面白そうに新人たちを眺めていた。五人の挨拶が終わると、パンッと甲高く手を打つ。他の新人たちはその音に縮み上がっていた。
「よし! 我が風将隊にようこそ諸君! うちに優しさは期待しないでくれたまえ」
またガハハハと笑っている。テレンツィオも笑っておいた。
優しさを求められないなら、優しくないテレンツィオは案外向いているかもしれない。
他の新人たちは涙目になっていたけれど。
――それからひと月というもの、トレントの下でしごかれた。
魔術の勉強ならいくらでも歓迎したのに、ジョルジョはまず体力強化から入ったのだ。それがテレンツィオにとって一番の誤算であった。
もともと食が細いのに、毎日敷地を走らされて疲れきって体が食事を受けつけない。
「……っくそ。なんだってこんな目に」
今日も解放されてすぐ、ベッドに倒れ込んで悪態をついていた。
このまま寝てはいけない。浴場に行って汗を流してこなければ。
しかし、起き上がる力がなかなか湧かなかった。しばらくそうしていると、頭上から涼しげな声が降った。
「いいザマだな」
「……丁度よかった、フルーエティ。起こしてくれ」
「悪魔を便利に使うな」
ぼやきながらも、フルーエティはテレンツィオの伸ばした手を引っ張り上げてくれた。
テレンツィオはベッドに座り込むと嘆息する。
「魔術は頭脳を鍛えて行うんだ。なんだって体を鍛えろなんて……」
「戦闘になれば、いくら頭の出来がよくとも鈍い人間ではすぐに死ぬからだろう」
「そんな近くに敵を近づけたりしない。まあ、私にはお前がいるんだけど」
ちらりとフルーエティを見上げたが、無反応だった。
「すぐに戦は起こりそうもないし、お前には退屈か?」
言ってみたら、失笑された。
「心配せずとも、ヒトが築く平穏など泡沫だ。どれだけしがみつこうとも、永遠ではあり得ない」
年若い人間のテレンツィオよりも、フルーエティは永い間、人間を観察してきたのだ。
そのフルーエティが、人は争いからは逃れられない生き物だと言う。それならば、きっとそうなのだろう。
「そうだな。平穏はまやかしだ。平穏の裏側で誰かが辛酸を舐めている。人間の世はそうして成り立っているから」
夢も希望もないことを言うけれど、それが現実だ。
ちゃんと知っている。
だからこそ、夢や希望よりも確かな力を欲したのだ。




