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【ワンパン】で復讐ですわ! ~妹に婚約者を寝取られ、濡れ衣で追放された王女は、覚醒した禁忌スキルの力で成り上がる~

「悪いんだけどさ。お前との婚約破棄させてくれない?」

「……はい?」


 ベルモンド王国第一王女のセレナは思わず耳を疑った。

 

 ここはベルモンド城のバルコニーで、大切な話があるということでセレナは勇者ダスティンに呼び出されていた。


 ダスティンはセレナの婚約者である。


 四極竜アルバトリオンを倒した功績により彼は勇者として祝福を受け、セレナが18歳を迎える誕生日に結婚することを国王に認められたのだ。


 あと数日でセレナの誕生日――そんな中での宣告だった。



「あの、ダスティンさま。それはどういうことでしょうか?」

「言葉どおりの意味だよ」

「ごめんなさい。少しおっしゃっている意味が分かりませんわ」


 これまでセレナは勇者の正妻となるため、品行方正に育てられてきた。

 それがベルモンド王国第一王女の務めだからだ。


 幼い頃から勇者となる者と結婚することを目標に生きてきた。


 だからこそ彼の言っていることがセレナは理解できない。


「なにかの冗談ですわよね?」

「うーん、やっぱり納得してくれないか。この際だからはっきりさせておくよ。おーい」


 振り返ってダスティンが声をかけると、廊下から真っ赤なドレスを身にまとった少女が姿を現す。


 彼女はセレナの一つ年下の妹――フレア。

 ベルモンド王国の第二王女だ。


 ダスティンはフレアを手招くと彼女の腰に手を回して抱き寄せる。


「え。ちょっと待ってください。なんですの、これは……」

「見てのとおりさ。俺たち、できちゃったんだよね」

「!」


 その意味をセレナが理解するのにそう時間はかからなかった。


「だってさ。セレナってめちゃくちゃガード固いじゃん? 俺も男だからさ。結婚までお預けとかそーゆうの正直醒めるんだよね。その点フレアはなんていうか、俺にべったりっていうか。な?」

「はい、ダスティンさま♪」


 猫なで声で甘えるフレア。

 姉をあざ笑うかのようににやりと笑みを浮かべる。

 

 その姿を見てセレナは思った。


 この子はまたわたくしから奪おうとしているのだと。


(昔からそうでしたわ。フレアはいつもわたくしの大切なものを奪っていくんですの)

 

 セレナの予想どおり、フレアにはダスティンに対する愛情など1ミリもない。


 ただ、姉のものを奪って壊したいからこんなことをしているのだ。



 美人で賢いセレナは、父である国王から寵愛されて育った。

 そんな姉と比較され続けてきた結果、このように醜い妹が生まれてしまったのである。


「フレアは若いし、かわいいし、胸だって大きい。それになによりも俺の言うことを素直に聞いてくれるし」

「私はダスティンさまのためでしたらなんでもしてみせますよ♪」


 そう口にするフレアは、まるで勝利を確信したような卑しい笑みを浮かべていた。


「……ダスティンさま……。さすがにこれはひどいですわ。お父さまにお話させていただきます」


 セレナはそう言い残すと、バルコニーを後にしようとする。


 これは自分だけの問題じゃない。

 これまで王国が守り抜いてきた伝統を失いかねない暴挙と言えるからだ。


 が。


「ふふふ。お姉さま。それはできませんよ」

「え?」

「だって、これからお姉さまにはこの城から出て行ってもらうことになるのですから」

「なんですって?」

「庭師に醜い中年男がおりましたでしょう? その者と駆け落ちの不貞を働いたということで、お姉さまにはここから出て行ってもらいます」

「フレア……。あなた、なにを言ってるんですの……?」

「庭師の男にはすでに大金を渡して王国より遠くへ行ってもらってます。ですから、お姉さまが無実を証明することは叶いません」


 ダスティンがフレアの言葉に加勢する。


「俺、フレアと結婚しようと思ってるから。セレナがこのまま城にいると邪魔だし、俺から婚約を破棄したなんてことが分かったら陛下も認めてくださらないだろ? だから、出て行ってもらおうと思ってさ。なかなかいいアイデアだと思わないか? フレアが考えたんだよ」

「ふたりとも……嘘ですわよね?」

「お姉さまも往生際が悪いですよ。もうこの城に居場所はないんです。これはせめてもの優しさなんですよ? お父さまに追放を命じられる前に自分から立ち去ってください」


 そこでダスティンはホルダーから剣を引き抜くと、それをセレナに向ける。

 

「!?」

「悪いと思うけど。まあ、ぜんぶ自業自得ってことで」

「こんなの……あんまりですわ、ダスティンさまっ! わたくしは常にダスティンさまのことを想って……!」

「だったら、もう少し好意があるってところを見せてほしかったな。キスだってさせてくれなかっただろ、お前」

「ふふふ。見苦しいですよ、お姉さま。いえ……もうお姉さまでもなんでもないですね」

「フレア?」

「そんな風に呼び捨てにしないでください。これからあなたは惨めな平民として一生暮らしていくことになるのですから。もしパレードかなにかで私を見かけた時は〝フレアさま〟と。そう呼んでくださいね? うふふっ♪」

「さあ、分かったら早くここから出ていけ。このまま斬り殺されたいのか?」

「っ……」


 こうしてセレナは失意の中、ひとり城から出ていくこととなった。




 ☆☆☆




 夕陽が差し込む鬱蒼とした森の中を歩き続ける。


(これからいったいどうすれば……)


 今セレナは煌びやかなドレス、ハイヒールといった格好だ。

 不慣れな中、魔獣に見つからないよう慎重に進むのは思いのほか困難を極めた。


「……お父さま……」


 今頃、城はどうなっているのだろうか。


 幼い頃に母を亡くしたセレナにとって、国王である父はなによりも頼りになる存在だった。


(お父さまなら、わたくしが駆け落ちなどという不貞を働くわけがないと分かってくださるはずですわ)


 数日中にはきっと、兵を派遣して自分を探し出してくれるはず。


 そう思うとセレナの中に希望が戻ってくる。


(それまでは、なんとしても生きのびてみせますわ)


 そろそろ辺りも暮れはじめる。

 ひとまずは寝る場所と食糧の確保が最優先と言えた。




 それからしばらくの間。


 細心の注意を払いながら森を歩き続け、セレナは人がひとり隠れられそうな小さな洞穴を見つける。


「これで寝る場所は確保できましたわね。あとは食糧を見つけませんと」


 王女として品行方正に育てられたセレナだったが、実は好奇心旺盛で活発な一面も持ち合わせていた。

 幼い頃はそのおてんばさゆえに家庭教師をよく困らせたものだった。


 いつ魔獣に襲われるか分からない中にあっても、セレナは果敢に食糧集めに精を出した。




 ☆☆☆




「……ふぅ。こんなもんですわね」


 オペラグローブの中に入れられた大量の木の実に目を向けながら呟く。


 果物でもあればよかったのだが、探索できる範囲でそのようなものを見つけることはできなかった。


「どんぐり、クルミ、松ぼっくり……これは?」


 その中に一見変わった木の実があることに気づく。

 それはクルミよりも少し大きいサイズでライムグリーンの変わった見た目をしていた。


 ほとんど夢中で木の実を集めていたため、こんなものを拾っていたのかとセレナは内心驚く。

 

(綺麗な色ですわ。食べられるのかしら?)


 晩餐の前に城を出てきてしまったということもあり、セレナは空腹を感じていた。

 ひとまず一番まともそうなクルミをひとかじりするも。


「な、なんですのこれぇ……!? とても苦くて食べられませんわぁ……」


 ふだんシェフの料理に慣れて舌の肥えたセレナにとってこのクルミは、とても食べられたものではなかった。

 どんぐりや松ぼっくりは食べなくても結果は分かった。


 一方で謎の木の実からはどこか甘ったるい匂いが漂っており、とても美味しそうな雰囲気があった。


「……ごくり……。これ、食べてみましょうか?」

 

 一瞬迷うも甘い匂いの誘惑に負けてセレナは謎の実をひとかじりする。

 

 すると。


「あむ、はむ、もぐもぐ………………んんぅっ!?」



 シュルピィィィーーーン!!



 突如、セレナの体はまばゆい光に包まれる。

 次の瞬間、目の前に光のパネルが立ち上がった。


====================


『スキルの実 No.666』を捕食しました。

その結果、禁忌スキル【ワンパン】を獲得します。


====================


(……は、はい? 禁忌スキル? ワンパン?? なんですの、これ……)


 あまりに突然の出来事にセレナの理解は追いつかない。

 が、体の奥底から不思議と力がみなぎってくることに気づく。


 おそるおそるパネルに触れてみると、すぐに画面が切り替わった。


====================


◆禁忌スキル【ワンパン】


[効果]

どんな相手も一撃で倒すことができる夢のようなスキル。

No.666のスキルの実を食べることで獲得が可能。

最強無敵の禁じられたスキルでもあるため、

使用者は使う相手を間違えないよう注意する必要があり。


====================


「え、え……? どんな相手も一撃で倒すことができるって……これをわたくしが獲得したんですの!?」


 いくら活発な一面があったとはいえセレナは一国の王女だ。

 もちろんこれまで誰かと殴り合いのケンカをしたり、魔獣と戦った経験は一度もない。


 城の外へ出る際は必ず王国騎士団が同行し、セレナは常に守られる側だった。


(……こわいですわ……。禁忌スキルだなんて……。わたくし、とんでもないものを手に入れてしまいましたわ……)


 危険極まりないそんなスキルの実がなぜこんな森に落ちていたのかは謎だったが、そんなことよりも今は気になることがあった。


 

 ガサゴソ、ガサゴソ。



 なにやらまわりで不吉な物音がしているのだ。

 

(……まさか、魔獣……?)


 実はこのとき。

 光のパネルに夢中となっているセレナの近くまで魔獣が迫ってきていた。


 すでに陽は傾き、闇が近づいている。

 

 夜は魔獣の時間だ。

 このように丸腰の状態でいれば、どうぞ襲ってくださいと告げているようなものだった。


(こんな時、ダスティンさまがそばにいてくだされば……)


 そう思うもすぐにセレナは首を横に振る。

 ダスティンは自分を裏切ったのだ。


 結婚の誓いを立てていたにもかかわらず、妹と恋仲となった。

 

 婚約を知っていて誘惑する妹も妹だが、セレナはダスティンに対しても心底失望していた。


 王国騎兵団もそばにいない中、この場で頼りになるのは自分しかいない。

 そのことにようやく気づく。


(どんな相手も一撃で倒すことができるのですわよね? だったら、これに賭けてみるしかないですわ!)


 物音から推測して敵は集団であることにセレナは気づいていた。

 取り囲まれてから反撃しては遅い。


(ここは相手が姿を見せた瞬間に先制攻撃しかないですわ)


 スキルの存在に半信半疑だったセレナも今ではすっかり信じていた。


 自分でやらなければこの場で死んでしまうと。

 それが分かったのである。




「「「ガルルルルルルッル!!」」」


 そのとき。

 マッスルタイガーの集団が茂みから一斉に姿を現す。


 魔獣と対峙するのはセレナにとってこれがはじめての経験だった。


 足がすくみそうになる。

 が、拳をぎゅっと握り締めると果敢にも集団に飛びかかった。


「えいっ!」



 バヂィゴーーーーン!!



 弱々しいパンチがマッスルタイガーの集団に命中する。

 

「「「ガッルルルッル~~~!?!?」」」


 すると、彼らは悲鳴を上げながら一瞬のうちに絶命した。




 ぱんぱかぱーん!


 その刹那、気の抜けたファンファーレとともに光のパネルが起動する。


====================


◆戦闘結果


[討伐数]

マッスルタイガー×4


[獲得EXP]

2,567


経験値2,567を獲得した結果、

セレナ・ベルモンドのレベルが1から6に上がりました。


====================


「や……やりましたわっ! 本当に倒してしまったんですわ~!」 


 それは生まれてはじめてセレナが魔獣を倒し、レベルを上げた瞬間であった。




 ☆☆☆




「覚悟してくださいませ。ワンパンですわ!」


「「「グォォォォオオオッ~~~!?!?」」」


 華奢な拳を弱々しく振り切ると、デビルバトラーの集団は驚きの悲鳴を上げながら倒れる。




 ぱんぱかぱーん!


====================


◆戦闘結果


[討伐数]

デビルバトラー×3


[獲得EXP]

3,816


経験値3,816を獲得した結果、

セレナ・ベルモンドのレベルが24から25に上がりました。


====================


「これでトータル50体の魔獣討伐に成功ですわね~♪」


 マッスルタイガーの集団を倒してからというものの、セレナは森の中を歩き回ってスキルの検証を行った。

 すでに数時間ぶっ通しで戦闘を重ねているわけだが、セレナはまるで苦に感じていなかった。


(だって、ただ敵に向けてパンチすればいいだけなんですから)


 特別難しいことじゃない。


 スキル内容に表示されていたとおり、本当にどんな相手でも一撃で倒せてしまう。

 禁忌スキルの名は本物だ。


 これまで戦闘経験の一切ないセレナにできてしまっているわけだから。


「ほんとすごいスキルですわよ、これ」


 これなら父が兵を派遣するまでの間、無事に生きのびることができるとセレナはひと安心する。


 今夜は洞穴で野宿する予定だったが、魔獣に恐れる必要がなくなったことで森の中に留まる理由はなくなった。

 

「そうですわね。夜のうちにシュテルまで行ってみてもいいかもしれませんわ」


 シュテルはベルモンド王国にある町だ。

 王都を取り囲むこの森を越えた先に存在する。


 ベルモンド城から近いこともあって、セレナは幼い頃からシュテルの町を何度も訪れていた。

 地理もほとんど頭に入っている。


 だいたい1時間ほど西に向けて歩けば目的の場所だ。


 それからセレナは遭遇する魔獣を倒しつつ、日をまたぐ前にはシュテルに到着した。




 ☆☆☆




「ごめんくださいませ」


 町に着くとセレナは真っ先に宿屋へと向かった。

 体はベトベトの汗だくで、風呂に入って早く洗い流してしまいたかったからだ。


「いらっしゃい。こんな夜更けに客とは珍しいね」


 カウンターの奥からふくよかな女主人が現れる。

 彼女はセレナの格好を見るなり驚いた。


「って、なんだいあんたのその格好っ?」

「はい?」

「その煌びやかで豪華なドレスは……あんた、お城のお姫さまってわけじゃないだろうね?」


 なにかを警戒するように女主人は訝しげに訊ねる。


 ええ、実はそうなんですと。


 そうセレナが口にする前に女主人は自身の言葉を否定した。


「……いや、まさかね。廃棄されたセレナさまがこんなところにいるはずがないさね」

「は、廃棄……されたんですのっ?」

「まあ知らなくて当然か。あたいもついさっき知ってね。王国の兵がうちまでやって来てさ。そのことを伝えに来たんだよ。セレナさまが不貞を働いてお城から逃げ出したみたいでね。国王はそれに激怒してお姫さまを廃棄処分することに決めたのさ。今、兵が王国中をあちこち探し回ってるって話だよ。見つけ次第、突き出せってきつく言われちゃったからね」


 その話を聞いてセレナは大きく驚いた。


(そんな……。お父さま、偽りの話を信じてしまったんですの!?)

 

 なにかの冗談だと思いたいセレナだったが、女主人が嘘を言っているようには見えなかった。


「なんでも発見次第その場で殺せと兵に命令が下ってるようだよ。物騒だね。まあ勇者さまとの結婚を数日後に控えていたってのに不貞を働くなんて……それがもし本当なら国王も怒って当然だけどね。今頃、どこか遠くの町にでも逃避しているんだろうし」

「……」


 突然黙り込んでしまうセレナの姿を見て、女主人は神妙に目を細める。


「まさかあんた。本当にセレナさまなんじゃ……」

「い、いえ! わたくしは…………。あ、あの、失礼しますわっ……!」


 このままここにいたら通報されてしまうかもしれない。

 そう思ったセレナは急いで宿屋をあとにしようとする。


 が。


「待ちな!」

「!?」

「あんた……なにやらわけありっぽいね」

「えっ」

「大丈夫だよ、安心しな。突き出したりなんてしないから」


 なにかを確信したように女主人は笑顔でそう口にした。


「ほら、泊まるんだろ?」

「……でも、わたくしは……」

「あんたがどこの誰だろうが気にしないって。あたいらとは住む世界が違う話だからねぇ。それにお姫さまにはお姫さまの事情ってもんもあるんだろうし。今回は特別にただで泊めてやるから」

「いいんですの……?」


 そのときになってセレナは自分が無一文であることに気づいた。

 だから、彼女の申し出は願ってもないものだった。


「もちろんさ。それとそのドレスは目立つ。真夜中だったから誰にも見つからずよかったんだろうけど、明日からそれは着ない方がいい。これを貸してあげるから」


 そこでセレナは町娘の服を受け取った。


「どうして……。見ず知らずのわたくしにこんなよくしてくださるんですの?」

「昔さ。お姫さまたちがまだ小さい頃、うちの町でパレードが開かれてね。それを見に行ったことがあるんだ。セレナさまもフレアさまもそりゃ本当にかわいかったよ」


 当時のことをセレナもよく覚えていた。

 あの頃はフレアとも仲が良くて毎日一緒にいたのだ。


(それからお母さまが亡くなり、フレアは塞ぎこむようになって……)


 それをきっかけに父であるベルモンド国王はセレナにすべての愛情を注ぐようになった。

 なぜなら、セレナは母にとてもよく似ていたからだ。


 そんな風にして姉への溺愛ぶりを見るのが常となり、いつしかフレアの心は醜く歪んでいくことになる。

 彼女にはまだ母の愛情が必要だったのだ。


(フレア……)


 セレナは未だに妹が自分を城から追い出そうとしたことが信じられなかった。


「だから分かるのさ。あんなにかわいかったセレナさまが不貞なんて働くわけがないってね」

「……ありがとうございます。信じてくださって」

「ささっ。準備はこっちでしておいてやるから。あんたは入浴でもして体を綺麗にしてきな」


 こうしてセレナは女主人の好意により宿に泊まることを許されるのであった。




 ☆☆☆



 

「いろいろと助かりましたわ。美味しい朝食までいただいてしまって。このご恩はきっと忘れませんわ」

「なーに。お礼がほしくて泊まってもらったわけじゃないさ。それに一泊で終わりってわけじゃないんだろ?」

「はい?」

「あんた、今日もうちに泊まるんじゃないのかい? 今は戻れないんだろうし」

「……そうですわね。おっしゃるとおりですわ。でも、なんとかお父さまの誤解を解きたいのです。できれば今からでもお城へ戻って……」


 その言葉に女主人は首を横に振る。


「やめた方がいい。今戻るのは命取りだよ」

「え?」

「今朝、知り合いの行商人から小耳を挟んでね。王都ではそこら中で検問が行われてるって話さ」

「そうなんですの?」

「だから、今王都へ戻るのは控えた方が賢明だね」


 セレナは唇に親指を当てて考える。


(たしかに今戻るのは命取りですわね。騒ぎが収まるタイミングまで待った方がいいかもしれませんわ)


 父の誤解を解く前に殺されては元も子もない、とセレナは思う。


「しばらくの間、うちは自由に使ってくれていいよ。ただシュテルにも目を光らせてる兵はいるからね。あたいもいつまであんたを匿っていられるか分からないんだ。申し訳ないけど、それだけは覚悟しておいてくれ」

「いえ、ここまでしていただいて本当に感謝しておりますわ。それだけでも十分です。お言葉に甘えさせていただきますわ」






 それからセレナは、『町でも自由に見て来たらどうだい?』と女主人に言われ、ひとりで町を散策することに。

 王都に比べれば兵の数も少なく、また町娘の格好で変装しているからまずバレることがないというのが女主人の話だった。


 その言葉どおり、セレナは完全に町に溶け込んでいた。


(こんな機会滅多にないことですわ)


 これまで王国騎士団に囲まれて、自由にシュテルの町を歩くことのできなかったセレナにとっては夢のような時間だった。

 

 だが、しばらく見てまわったところでふと焦燥感を抱く。


(こうして町を見てまわるのは楽しいのですけど。いつまでもこんなことをしているわけにはいきませんわ)


 今なら検問の警備兵もワンパンで倒して強引に城の中へ入ることもできそうだが、そんなことをすれば本当に罪を背負うことになってしまう。


(なにか正攻法でお城へ戻る方法はないのかしら?)


 そんなことを考えながら歩いていると。


「……? これはなんですの?」


 ある看板が目に留まる。

 それは冒険者ギルドの立て看板だった。


 そこでセレナはハッとする。


(そうでしたわ! ダスティンさまは〝えすらんく冒険者〟なる方を探していたんですわ!)


 勇者となった者の使命は魔王を倒すことだ。

 

 今は一時的にベルモンド城に身を寄せているが、信頼できる仲間が集まれば本格的に魔王の棲み処へと乗り込む。


 その仲間の条件として、彼はSランク冒険者を挙げていたのだ。


(ひょっとして……。今の私ならその〝えすらんく冒険者〟になれるのではないかしら?)


 冒険者がどういうものか、ほとんど理解していないセレナだったが、冒険者ギルドと言うからにはなにかしら関係のある場所だと考えた。


 思いついてからのセレナの行動は早い。

 この行動力のある点も父親譲りと言えた。




 ☆☆☆




「ごめんくださ~い」


 館の中に一歩足を踏み入れた瞬間、むさ苦しい汗の匂いがセレナの鼻を刺激する。


(な、なんですのぉ……このクサい匂いはぁ……!?)


 館内を見渡せば、屈強な男たちが無骨な肌を露出させながらワハハハ!と豪快に闊歩していた。

 彼らの手には物騒な武器が握られている。


 これまで美しいものに囲まれて育ったセレナにとって、ここはまさに正反対の場所と言えた。

 色白で華奢な王女さまにはあまりにも似つかわしくない所だ。


 そんなこともあって、受付嬢はすぐにセレナの存在に気づいたようだ。

 

「そこのキミぃ~!」

「……は、はい?」

「ここはキミのようにかわいらしい子が来る場所じゃないよ」

「え、そうなんですの?」

「ご覧のとおりだよ。ここに来る冒険者のほとんどはむさ苦しい男連中だから。いったいなんの用かな?」

「わたくし、冒険者になりたいのですわ」

「んんっ……? ウチの話聞いてたよね!?」 

「はい。ですが女性でもなることは可能なのではないかしら?」



 王国騎兵団の中に冒険者上がりの女剣士がいることをセレナは知っていた。


「まぁ、女性の冒険者もいないことはないけど……。でも紹介するクエストはどれもパワーと体力がいるものばかりだよ? ごめんだけど、キミにそれができるようには思えないかなぁ」


 受付嬢は見定めするようにセレナに目を向ける。


「そういうことでしたらご心配なさらないでくださいな。どのような依頼も問題なくこなしてみせますわ。わたくし、〝えすらんく冒険者〟になりたいのですわ」

「Sランク冒険者ぁ……? あははっ、さすがに冗談きついって! Sランク冒険者なんてここ10年現れてないんだし。それをビギナーのキミがなりたいって? なかなか面白いよ、そのジョーク♪」


 受付嬢がおかしそうに笑うもセレナとしては真剣だった。

 

 しばらく経ってもセレナが立ち去らないことが分かると、受付嬢は真面目な顔に戻って訊ねてくる。


「キミ……本当に冒険者になりたいの?」

「はい。できれば一番難易度の高い依頼をしていただけると嬉しいですわ。わたくし、一刻も早くそのSランク冒険者になりたいんですの」

「うーん。キミが相当変わり者だってことは言葉遣いを聞いても分かるよ? 冗談じゃなくてマジなんだ?」

本気(マジ)ですわ」

「そっか、ふむふむ……。よーし。んじゃそこまで言うなら一度やってみるといいよ。ただし、命の保証はないからね? その代わりとっておきのクエストを紹介してあげる! XXX(トリプルエックス)ものだよ♪」

「それはすごいんですの?」

「そりゃもう! ここにいる強面の男どもが全員チビって逃げ出しちゃうようなクエストだよ! それでもやるつもりなのかな?」

「ええ、問題ありません。望むところですわ」


 以前のセレナなら恐ろしくてこんなこと言えなかったはずだ。

 けれど、今は禁忌スキル【ワンパン】を所有している。


 そのことでセレナは怖いものなしとなっていた。




 ☆☆☆




「えっ~と。ここであっているんですわよね?」


 町の御者に道案内を頼み、馬車に揺られること数時間。

 セレナはある入口の前で立ち尽くしていた。


「本当にこんな中に入るんですのぉ……?」


 目の前には燃え盛る巨大な火山が鎮座している。


 受付嬢から受け取った水晶型のギルドカードに目を落とす。

 場所はここで間違いない。


 そこにはクエストの詳細が書かれていた。


====================


◆狩猟クエスト

『スティール・ボール・ラン』

危険度:XXX


[クエスト内容]

四極竜ミラボレアス 1頭の狩猟


[目的地]

ハントン火山


[制限時間]

日没まで


[達成報酬]

1,000,000,000G


====================


「四極竜……。これってあれですわよね? ダスティンさまが倒された伝説のドラゴンですわ」


 その栄誉を称えられ、ダスティンは国王から勇者の祝福を受けたのだ。

 もともとは彼もいち冒険者に過ぎなかったわけである。


 これからそんな相手と戦わなければならないのかと、一瞬足がすくみそうになるセレナだったがすぐにぎゅっと拳を握り締める。


(大丈夫ですわ。わたくしには【ワンパン】がありますもの。四極竜だろうとなんだろうと、一撃で倒してみせますわ!)


 そう決意を固めると、セレナは火山の入口に足を踏み入れた。











 灼熱の山道をゆっくりと登っていく。

 

「……はぁ、はぁ……。なんて……ところですのぉ……熱くて、仕方ありませんわぁ……」


 これまでの人生、セレナが外を出歩く際はほとんどが馬車を使っての移動だった。

 昨日の森の中といい、こんな風に自分の足で山を登るのはセレナにとって初体験だ。


「はじめて登る山が……こんな灼熱の火山だなんて……はぁ、はぁ……」


 けれど、レベルアップして体力が上昇したおかげだろうか。

 以前のセレナだったら登って1分もしないうちにギブアップしていたであろうところ、力強く登ることができていた。


 これだけでもふつう王女には到底できないことだ。


(はぁ……なんだかどんどん逞しくなっていきますわね。わたくし、王女ですのにぃ~)


 でも、そんなことにも構っていられないほど、今のセレナは父の誤解を解きたい一心だった。


(そうですわ。すべてはお父さまに会うためですの。ぜったいお城へ戻ってみせますわ!)


 そんな風にセレナが意気込んでいると。



「チギィギィギギギィィ!! チギィギィギギギィィ~~~!!」


 突如、頭上高くから巨大なドラゴンが姿を見せる。


(えぇっ!? なんかいきなり現れましたわよ!?)


 真っ赤な両翼を広げつつ大きな尻尾を揺らしながら、ドラゴンはドスン!と威嚇するように山道へ着地した。


 赤黒い鱗と太い爪、エメラルド色の目……。

 事前に受付嬢から聞いていた情報とも一致する。


 間違いないとセレナは確信した。


(四極竜ミラボレアスですわ!)



「チギィギィギギギィィ~~~!! チギィギィギギギィィ!!」


 棲み処に侵入してきたことに興奮しているのか。

 ミラボレアスは鋭い牙を覗かせながらセレナを威嚇し続けていた。


 そして、相手が立ち去らないことが分かると、すぐに巨大な体躯を反り返らせてブレスを吐く動作に入る。


「!」


 そのモーションを見てセレナは近くの岩場へすぐさま退避した。



 ドゥリバゴゴゴゴゴゴーーーーーン!!



 次の瞬間、灼熱の火炎が岩場に激しくぶち当たる。

 レベルを上げていなかったら、素早さが足りなくて退避できず即死だったに違いない。


 大きな翼を広げると、ミラボレアスはふたたび上空へと浮上する。


(ダメですわ……。空をお飛びになったままだとパンチができませんわ)


 攻撃をヒットさせるにはミラボレアスが降下するタイミングを狙う必要があった。


 隠れ続けていても状況は変わらない。

 意を決すると、セレナは岩場から飛び出す。


「わたくしはここですわ!」


 両手をふりふりとする丸腰の相手を見てチャンスだと思ったのだろう。


 ミラボレアスは一直線に降下しながら、太い爪で攻撃を仕掛けてくる。


(今っ!)


 その好機をセレナは見逃さなかった。


「ワンパンをお見舞いですわ~!」



 バヂィゴーーーーン!!



「チギィギィギギギィィ~~~!?!?!?」


 お姫さまの華奢な一振りに激しく吹き飛ばされ、ミラボレアスは目を回しながらその場に倒れた。



 ぱんぱかぱーん!

 

====================


◆戦闘結果


[討伐数]

四極竜ミラボレアス×1


[獲得EXP]

125,000


経験値125,000を獲得した結果、

セレナ・ベルモンドのレベルが29から47に上がりました。


====================


「やりましたわぁ! 四極竜の討伐に成功しましたわ~!」


 あっけなく伝説のドラゴンを倒してしまい、セレナは危険度XXXのクエストをなんなく達成してしまうのだった。




 ☆☆☆




 ギルドカードにミラボレアス討伐の記録を残すと、セレナは山の入口で待たせていた御者の馬車に乗ってシュテルへと戻った。


 町へ着く頃には陽も傾きかけていたが、まだ日没前だった。

 

(なんとか間に合うことができましたわね)


 クエスト達成の報告をするため冒険者ギルドへ足を踏み入れると、館内はすでにお祭り騒ぎとなっていた。

 セレナが戻ってきたことが分かると、屈強な男たちは肩を組んでワッハハ!と笑顔で歓迎する。


(いったいこれはなんの騒ぎですのっ!?)


 わちゃわちゃと揉みくちゃにされながらなんとかカウンターまで辿り着くと、受付嬢が大きく手を振りながら興奮気味に声をかけてきた。


「すごいよキミっ! ほんとに四極竜を倒しちゃったなんて……ウチ信じられないよっ!」


 ハントン火山の頭上に渦巻いていた妖気が一気に晴れたことで、ミラボレアスが討伐されたと皆はすぐに分かったようだ。


 そのままあれよあれよと話が進み。


 ギルドマスターからも多大な称賛を受けて、セレナはわけも分からないうちにSランク冒険者として認定されてしまう。


「私がSランク冒険者……。本当によろしいのですの?」

「もちろんだよ! 四極竜を倒したのはキミと勇者さまだけだからさ。キミって実はとんでもない子だったんだね~! これからの活躍が楽しみだよ!」


 謎の町娘がミラボレアスを倒したという報せはベルモンド国王にも伝わっているらしく。

 後日、城へ来るようにとギルドへ通達があったという話だった。


(これでお父さまの誤解を解くことが叶いますわ)


 ギルドの皆から称賛の声を浴びながら、セレナはそんな覚悟を抱いた。






 その夜。


 宿屋に帰ると女主人は驚きながらセレナを迎え入れる。


「まさかお姫さまが一日でSランク冒険者になっちまうなんてたまげたよ! あんた、いったいどこでそんな力を身につけたんだい?」

「少し事情がございまして。逞しく育ったと思っていただけたら光栄ですわ」


 その含むような言い方になにか察したようだ。

 女主人はそれ以上余計なことは訊ねてこなかった。


「いや~それにしてもよかったじゃないか。国王に城へ招かれたんだろう?」

「はい。これで正式にお城へ戻ることができそうですわ。これもすべて女将さんのおかげですわね。このご恩は本当に一生忘れませんわ」

「あたいはあんたが生きてくれているだけで十分さ。国王の誤解が解けるように祈ってるよ」

「ありがとうございます」


 こうして。

 この日も女主人の好意に甘える形でセレナは宿屋でひと晩を明かした。




 ☆☆☆




 翌日、セレナは受付嬢とともにさっそく王都へと向かった。


 検問で兵にバレやしないかとヒヤヒヤものだったが、女主人の手助けもあってセレナの変装がバレることはなかった。

 なんとかベルモンド城の前まで辿り着く。


「ウチが付き添えるのはここまでかな」

「わざわざ見送りについて来てくださって感謝いたしますわ」

「気にしないでよ。Sランク冒険者の門出を見送るのはギルド職員の務めだからさ♪ ゆくゆくは勇者さまと一緒に魔王を倒す旅に出るんだろうし、がんばってねキミ! 応援してるから!」


 そうして受付嬢に見送られながら、セレナは警備兵とともに城の中へと足を踏み入れる。

 

(おとといの夕方。わたくしは濡れ衣を着せられてここから出て行くことになったんですわ)


 もう一生戻ることはできないのかもしれないと。

 そんな絶望の中城を出たため、こんな早く戻ってこられるとはセレナは正直思っていなかった。


(ダスティンさま、フレア……。あなたたちの行いは間違っておりますわ)


 こんなことをされてセレナは少し怒ってもいた。

 頭を冷やして反省してもらいませんと、というのが本音だ。



 テクテク、テクテク。



 一歩また一歩と。

 玉座の間へと近づいていく。


 そして、目の前の巨大な扉が開いた時。


 セレナは2日ぶりにダスティン、フレアの両者と対面することになった。






「よくぞ参った。そなたが四極竜を倒したというSランク冒険者だな。まさかこんな若い娘とは思っておらんかったぞ」

「お目にかかれて光栄でございます、国王陛下」

「ん?」


 輝く大理石の床にひざをつけ、頭を下げるセレナの声を耳にしてベルモンド国王はなにかに気づく。

 それは、近くで待機するダスティンとフレアにしても同じだったようだ。


「……お前は、まさか……」


 セレナは素早く変装を解くと、自らの素顔をその場に晒す。

 

 それを見て真っ先に声を上げたのは妹のフレアだった。


「お……お姉さまっ!? どうしてここにっ……」

「フレア。よくもわたくしに無実の罪を擦りつけましたわね」

「なんだと? セレナ……お前。庭師の男と駆け落ちしたのではなかったのか?」

「いいえ、お父さま。その件はここにいるふたりの策略なのですわ」


 その言葉にダスティンもフレアもぎくっとする。


「わたくしはダスティンさまに婚約破棄を言い渡され、挙句の果て脅されたのですわ。庭師の男と駆け落ちしたと装いこの城からひとり出て行くようにと。剣も向けられましたわ」


 セレナにびしっと指を突き立てられると、ダスティンは慌てて国王に弁解した。


「こんなの嘘ですよ……陛下! セレナはたしかに庭師と駆け落ちしたんですっ! 俺、ちゃんとこの目で見たんですから!」

「そうですよお父さまっ! お姉さまは戯言をおっしゃっております! きっとSランク冒険者というのも嘘に決まってます! こうしてお父さまを騙すための口実に違いありませんっ!」

「ふむ……たしかに。あの可憐で優美なセレナが四極竜などという世にも恐ろしいドラゴンを討伐できるはずがないな」


 可愛さ余って憎さ百倍という言葉が示すように。

 国王はこれまでセレナを溺愛してきたからこそ、中年男と不貞を働いた娘がなおさら許せなかったのだ。


 儚くもセレナの訴えは父に届かない。


「俺だってやっとの思いで倒したんですから。セレナが四極竜を倒せるはずないですって。陛下、どちらが騙そうとしてるかなんて一目瞭然ですよね?」

「そうだな。勇者殿との結婚を数日後に控えた中、庭師の男と駆け落ちするなど言語道断。セレナ、お前は大衆の面前で処刑することに決めた!」


 父の言葉を聞き、フレアはほくそ笑む。

 それを見てセレナは覚悟を決めた。


(もうこのふたりに容赦する必要なんてないですわ)


 セレナはその場で立ち上がると、国王に向けて言った。


「わたくしはなにも偽ってなどいませんわ。その証拠に……今、お父さまの目の前でこのニセモノの勇者さまを倒して差し上げますわ。それでお認めいただけないでしょうか?」

「ははは! お前が俺を倒すだって? ムリムリ! んな華奢な体で俺に傷ひとつつけられるわけがねぇーじゃん! 虚勢を張るのもやめておいた方がいいぞ~」

「見苦しいですよ、お姉さま。これ以上王家に泥を塗るような行為はやめてください。歴戦の戦士であられるダスティンさまを倒すとか、頭おかしくなったんじゃないですかぁ、ふふふ♪」


 ふたりにそう嘲笑されるもセレナは父に向けて訴え続けた。


 真摯なその姿を見て、ベルモンド国王の中にも若干の変化が生じる。 


「まあ、ここまでお前を大切に育ててきたという愛情も余の中にはまだ残っておる。セレナ。もし本当にお前が勇者殿を倒すなどという偉業を成し遂げることができたのなら……余はお前の言葉を信じよう」

「ありがとうございます、お父さま。そうおっしゃってくださると思っておりましたわ」


 それを聞いてダスティンも黙っていない。


「ちょっと待ってください! 不貞を働いた相手の言葉を信じるとか正気ですか? 戯言を並べて陛下を騙そうとしてる悪魔のようなヤツなんですよ? もう娘でもなんでもありませんって」

「お父さまっ! 早く民衆の前へ連れ出して処刑なさってください! お姉さま……いえ、この恥知らずな尻軽女の言うことに耳を貸す必要などありません!」

「しかしだな……」


 セレナは荒々しく声を上げるふたりに向き直る。


「ダスティンさま。わたくしはこれまであなたさまのことを強く信じておりましたわ。深い愛情をもって、これからそばでお支えしようと心に決めていたんですの。フレア、あなたにしてもそうですわ。姉妹の仲は徐々に悪くなってしまいましたが……わたくしはあなたのことが本当に好きだったんですわ」


 その言葉にダスティンもフレアも一瞬たじろいだ。


「あのようなことをなさって……とても残念ですわ。わたくしは身の潔白を証明するためにも今ここでダスティンさまを倒してみせます」

「ハッ、まあいいよ。俺が女相手に負けるわけがない。勇者が元王女に負けたなんてことになれば、末代までの笑い者だからな。受けてやる、お前との勝負。その代わり手加減は一切しないからな」

「ええ。それで問題ありませんわ」


 ダスティンはフレアの頬にそっと口づけをすると、セレナの前に出る。


(……バカなお姉さま。ここへ戻って来ずに逃げ続けていれば死なずに済んだものを。こちらの良心を無下にしたのだから自業自得ね。いい気味だわ。元婚約者に斬り殺されるのだから本望でしょう)


 たどたどしく拳を構える姉の姿を見て、フレアはうすら笑いを浮かべるのだった。






「それではよいか? 両者前へ出よ」


 国王のその言葉にセレナとダスティンは一歩前へと出る。

 ダスティンはホルダーから剣を引き抜くと剣先を向けた。


 そして、セレナだけに聞えるように呟く。


「女と戦うなんてそもそも恥だし、本当はやりたくないんだけど……まぁ仕方ないか。そっちから言い出したんだ。これまで手を出させてもらえなかった恨み、ここで晴らさせてもらうとするよ」

「ダスティンさま……。あなた、どこまでも性根が腐っておりますわ。そのような殿方だったと思うと残念でなりません」

「舐めた口聞くな、お人形の分際で。俺はな、世界を救う勇者さまなんだ。これまで長い間、修練をずっと続けてきてようやくここまで辿り着いたんだ。お前みたいな……生まれた時から甘い環境でぬくぬくと育ってきた世間知らずのガキとは違うんだよ!」


 先手を仕掛けたのはダスティンだ。

 剣を突き立てたままセレナ目がけて突進していく。


「電撃最強技――《ギガスクライド》!」


 その瞬間、刃のように鋭い紫電をまとった稲妻の衝撃波が放たれる。

 セレナはそれをひらりとかわした。


「なにっ!?」


 その動作を見てダスティンは大きく驚く。

 セレナが熟練者の動きをしたからだ。


 フレアと国王も目を丸くしたまま唖然としていた。


「そんな攻撃でわたくしを倒せるとは思わないことですわ」

「お前っ、どこでそんな回避術を身につけた!?」

「王女が魔獣と戦ってはいけないなんて、そんな決まりどこにもありませんことよ?」

「なっ……」

「わたくしの今のレベルは47。これくらいの攻撃避けられて当然ですわ。今度はこちらからいきますわよ!」


 セレナは足を加速させると、すぐさまダスティンの背後へと回り込む。


「くっ!」


 とっさに剣技を繰り出そうとするダスティンだったが、セレナはすでに拳を大きく振りかざしていた。


「もう遅いです! わたくしのワンパンを食らうがいいですわ! えいっ!」



 バヂィゴーーーーン!!



「うわああああああああぁぁぁぁぁっ~~~~!?!?」


 華奢な一振りでダスティンの体は一気に吹き飛ばされる。

 そのまま大きな音を立て壁に激突するのだった。


「う、うそッ……ダスティンさまぁぁぁーーー!!」


 フレアが急いで駆け寄るも、ダスティンは口から泡を吹いて気絶してしまっている。

 

 それを見て国王は手を叩いて立ち上がった。


「なんということだ! セレナ! お前、すごいではないかっ!」

「お父さま。これで信じていただけたかしら?」

「うむっ! 勇者殿を倒してしまうなら、四極竜を倒したという話もまことに違いないぞ!」

「はい。そして……このふたりに濡れ衣を着せられ、お城から追い出されたという話も本当なんですわ」


 セレナがスッと視線を向けると、フレアは口元に手を当てて震え上がる。


「ヒッ!?」


 完全に萎縮して涙目だった。


「フレア……お前には心底失望したぞ。勇者ダスティン、そなたもだ! いや、もうこやつは勇者などではない! このふたりを牢獄へとぶち込め!」

「お父さまっ!? これはなにかの間違いです……! そうっ! お、お姉さまが……私を罠にかけたんですッ! 信じてくださいっ……お父さまぁぁっ!!」


 指を組んで懇願するフレアのもとにセレナは近寄る。


「こんなことになって本当に残念ですわ。あなたのその醜い嫉妬心さえなければ、わたくしたちは仲良く暮らせていたはずですのに。牢獄で反省するといいですわ」

「いやぁ、牢獄なんて! そんな場所……耐えられない! お願い助けて! 助けてお姉さまっ! いやあああああああぁぁぁぁ~~~~~!!」


 フレアとダスティンはそのまま警備兵に連れ出され、城の地下深くの牢獄へと入れられることになる。

 生涯ふたりはそこから出ることはなかった。






 その後。


 身の潔白を自らの手で証明したセレナはふたたびベルモンド城へ戻ることとなった。

 今では『怪力王女』の名で広く国民に親しまれている。


 のちにセレナはワンパンで魔王を倒し世界を救ってしまうのだが、その話はまたべつの機会に。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勇者よりも妹よりも、頭のおかしすぎる王様に狂気を感じる。 この国は大丈夫なのだろうか。
[気になる点] えっ 迂闊で愚鈍で馬鹿で間抜けで権力者失格の国王は?
感想一覧
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