初陣
西暦1798年5月14日
4日前、私はこのハレンヒ公爵領が公式に自衛組織として認め、依頼をしているブリアル騎士団へと入団した。
11日に私の率いる班の顔合わせ、および装備の支給と騎士団が保有する宿舎への移動を行った。
装備はもちろん簡単なものだ。
全身を包むチェーンアーマーに薄い鉄兜。
その上から着る騎士団の紋章が入った外套もボロボロで色褪せている。
最低限の防御を賄えるようにと言われて渡されているようなものだ。
宿舎もボロアパートといった雰囲気だ。
案内した中隊長殿曰く、宿舎の代金と鎧の購入代金は給料から差し引かれるらしい。
だから、鎧の代金を完済するまでは騎士団からの脱退も許されない。
また、誰かが死んだらその人の払い残しの代金は全員に分配されて負担させられるらしい。
なんだか、色々と説明してくれる中隊長殿は以前会った人とは別人のような印象を受けた。
あの優しく、愉快な雰囲気から陰湿で嫌な男の雰囲気に。
結局その日は訓練なんかもするのかと思いきや、何もせずに終わった上、武器や馬はまた後日という事で解散になった。
解散後、私に中隊長殿は団員全員の資料を渡してくれて、次に会う時までに名前と性格の把握なんかをしておくように告げた。
こういう事務的なことは嫌いだ。
それにしても、この騎士団は少し私の思っていた騎士団とは違った。
団員の上層部、つまり中隊長や他の中隊長、団長は貴族なのかと思いきや、そんなことは全然なかった。
以前までのブリアル騎士団は魔導師系の貴族達が率いてたそうだが、今は違っていて、団長に関しては魔力値が2しかない。
資料を見ていた時は驚いた。
たしかに魔導騎士団でないから問題はないんだが、団長クラスの人間が魔術もロクに扱えないとは大丈夫なんだろうか。
そんな矢先、本日午後の夕方ごろ、召集がかかったのだ。
おそらく、やっと訓練、および武器や馬の扱いの指導なんかを行うんだろう。
だが、なぜこんな時間から?
もう外は暗いのに。
私は大学生時代や子供の時から高度な馬術や戦闘術を習っていたが、他はそうじゃない。
中には農民出身もいる。
これには驚いた。
一応、馬の扱いのできないものは入団が拒否されているようだが、農民の馬を扱えるというのは貴族や騎士にとっての馬の扱いとはレベルが違うだろ、とも思った。
が、多分、人員不足なんだろう。
磨けば石も宝石になると言うし。
仕方ない。
そんなことを考えていると集合場所についた。
集合場所は騎士団第四中隊本部中央食堂。
いつもは我が班13人だけで、この食堂を使っているから広く感じていたが、中隊全員が集まれば、それはそれはぎゅうぎゅうになる。
我が班は前方に集まっていた。
他班の人間は屈強で私より大きな人が多い。
まだ全員集まっていないのか他班の人達は近くの人と雑談していて部屋はうるさい。
それに、嫌なのは差別主義者と嫌な男の洗礼だろう。
今も周りからいろいろな声が聞こえる。
「おいおい、あんなチビ女がどうやって戦うんだ?」
「へへっ!お遊戯会じゃねぇんだぜ!」
「なかなか可愛いな!後で部屋まで行こうぜ!」
なんてね。
元男という立場と、この体に生まれて長いことから慣れてきている私ではあるが、やかましい雑音としては鬱陶しく感じる。
前方に着くと中隊長殿が私の班の前に立っていた。
班員は全員集合済みだった。
「お、来たか。戸締りの確認は新班の班長と決まっているからね。しばらく我慢してくれよ」
「いえ、新人としての当たり前の務めでございます。して、中隊長殿、今回の呼び出しの理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ふむ。実はな、最近公領内の村々にて武装分離主義組織の蜂起があってな。村人を扇動しているとの報告があった。今回もその存在が確認されてな。つまり初陣だ!」
はぁ?
まてまてまてまてまてまてまてまて!
こっちの隊は馬術の教養もない農民が数人いるんだぞ?
それに訓練も会話すらもロクにしたことない連中と戦うだと?
それなら分離主義者の方が絶対に戦いも統率もとれているだろ!
反撃されて殺されるのがオチだ!
「我が班はロクに実戦経験も訓練もしていないのですよ!?それでも我々は戦わねばならないのですか?せめて、後方から戦闘を観覧すら程度にしないと…」
最後の言葉を言いかけた時、
「この負け犬め!貴様!中隊長殿に向かってなんて事を言うんだ!中隊長殿がせっかく実戦の機会を与えてくださってるのに!」
私の言葉を遮って怒鳴ったのは近くで見ていた副中隊長殿のウェザリン・バフさんだった。
周りは彼の怒鳴り声で静まり返った。
まぁ実際はボソボソとこちらへの小声のヤジは聞こえてくるのだがな。
だが、ここで引き下がったらただの虐殺大会だ。
「ですが、一度も訓練をしていなかったのですよ!?」
「それは貴様の責任だろう!?貴様の班を育てるのは貴様の役割だ!貴様の怠慢が悪いのだろうが!」
ほう?そんなことを言うとはな。
馬や武器との顔合わせすら済んでおらず、班長としての今後の指示すら何も説明されていない素人相手にこんなことを吐かすとは。
というより3日間の後にこんなことが起こるとは、私が騎士団をなめていたというより、彼らの指示不足の責任じゃないか。
というか、入団式とかもなかったし。
どれだけ軽い組織なんだ。
騎士サークルか?
「なんですと?そんな実戦を当日の出撃前に言われる自体おかしいと思われないのですか?」
私のこの言葉に副中隊長は顔をひきつらせた。
あ、多分、本気でキレた。
「貴様ぁー!!!」
「まぁまぁ2人とも落ち着きなさい」
私と副隊長殿の口論を止めたのは最も責任ある我らが大バカ中隊長殿だった。
「まぁ貴君の実力を知ったうえで私が言ったことだ。貴君ならばと、期待しすぎていたのだ。申し訳ない。貴君ほどの人物であれば的確な指示と貴君の能力で分離主義者の集まりなど簡単に蹴散らせると思ったが。どうやら見当違いだったようだ。すまない」
周りから笑い声が聞こえる。
もちろん、私を馬鹿にする笑い声だ。
はぁ…
このクソ豚野郎!
私を煽るとはいい度胸だ!
神の祝福を受けたこの私を!この私を!?
やってやるさ!
ああ、やってやるとも!
分離主義者と間違ってこの豚野郎の首も飛ばさないよう注意をしながらな!
「そうでしたか、私への期待を込めての発言でしたのですね。でしたら、私もここで引き下がれません。やってみせましょう!ええ、やってみせますとも!分離主義者の豚共の首を立派に掲げて持ってきて見せましょう!」
そう言うと周りの笑い声は止んだ。
中隊長も少し驚いて、こちらを見ている。
ふん、豚は豚らしく最後まで吠えてみせろ。
「だ、大丈夫でしょうか?班長殿?」
鎧を着ている途中の私に話しかけてきたのは副班長のカトゥーシャ・アラハンゲルスキーだった。
東方のリュークー諸侯領出身の女性で、私より1歳年下である。
戦火を逃れてライツへと家族で移住してきたそうだ。
彼女はなかなかの美人で美しい茶色の長い髪に、青い瞳を持っている。
年は私より一つ下だ。
だが、私より少し背は高いし彼女の体型は…大人びてる…
なかなか裕福な一家の出身で、ある一族に仕えていたが、戦争の敗戦色が濃くなったことで自分の一族まで処罰されることを恐れて移住した次第であったらしい。
彼女の魔力値は6でなかなかに高い上、彼女も馬術や武術を一通り、一族に叩き込まれていたようで最も期待している人物である。
「大丈夫とは?」
「私たちの班で戦うなど、大丈夫でしょうか?」
まぁ、先程はあれほどに怒ったが、まぁ実際はそれほど危険なところに行かせられたりはしないとは思っていたので、私と副班長でカバーできるかもと思っていた。
が、まぁ用心に越したことはないから油断はできない。
「まぁ君がいてくれて少しは安心できるよ。ただ私の命令は必ず聞いて欲しい。それだけかな」
そこだ。
もし、この子が何かあって命令に背いたりした時が最も心配だろう。
命令に背いてほかに影響が出る時がだ。
「は、はい!必ず命令には従います」
「よろしい」
さて、それではそろそろ騎乗して出発せねばならない。
我が四班だけは馬小屋が離れている。
そのため、壁外の指定された集合地点へこれから向かう。
全員の騎乗を確認すると出発を始める。
が、その前に
「皆、準備はできたか?これから出発する。過酷な任務となるだろうが各々の健闘を祈る。また、指示に関しては私から交信魔術で魔力を介して命令を出す。くれぐれも命令違反を行わないように。それと街中では一列で進む。壁外に出れば私を先頭に前から3、5、3、1人で横に並んでくれ。他の班はすでに編隊を組んでいると思うから隊列を乱さないよう注意しろ。以上だ。質問は?」
と、聞いてもまぁ返答は帰ってこない。
「では、出発する。全員、私に続け」
壁外の集合地点にはすでに編隊を組んだ、他の班が並んでいる。
私はその隊列から少し飛び出た所にいるヘス中隊長に駆け寄る。
「第四班、到着しました」
鎧姿のヘス中隊長は本当に豚男だ。
鎧がキツそう。
「ふん、少し遅かったぞ?もっと早く来い」
だから、馬術訓練もしていないのだから、当たり前だろう!
本当にいちいち鼻につく奴だ。
「じゃあ、編隊は前方2列の後方3列で進む。君らは前方の左に行ってくれ」
は?
「な、なんと言いましたか?前方なんて突然の接敵での対処はどうするおつもりですか!?」
「君らの到着が遅いからだろう?もっと早ければ後方の真ん中にしてやったのに、遅いから悪いのだ。違うか?それに、編隊移動もできるか怪しいしな。だから前方だ!」
馬術訓練をしなかったのもするよう指示しなかったのも貴様らだろう!?
「は、はい」
自分を押し殺して返事をした。
こうなったらこいつら多分、我々の班を先頭に敵に飛び込ませる気だ。
クソッ!
こうなったら私が一人で敵を半制圧状態にまでしないと…
豚男め覚えてろ。
私は班へ戻ると、全員を率いて左前にてさっき言った菱形に並んだ。
「いくぞぉー!目標は北方ラグドル村!」
「「「「おー!!!!」」」」
我々の横の班の旗を持った騎士の叫びに合わせて、全員で雄叫びをあげると早速、目標へと向かって行った。
2、30分した頃だろうか前方の暗闇の中に人の動きが見えた。
「敵を前方に確認!」
その時、隣の班の班長らしき男が叫んだ。
「よーし、今回の獲物は新四班にとらせてやる!いつでも行っていいぞー!」
後方からあの豚男の声がした。
はぁ…もう最悪だ。
「ありがたき幸せ!では、我々が先陣を切りましょう!」
その言葉に他班からは笑い声が上がる。
チッ、みとけ。
目にもの見せてやる。
(聞こえるか?アラハンゲルスキー君)
私が交信魔術で話しかけた。
(ええ、聞こえてます)
やはり、彼女は頼りになる。
交信魔術も心得てるようで私に返答をしてきた。
(これから、作戦を説明するーーー
「聞いたか?バイス。あいつら本当に行くつもりだぞ?」
俺の隣にいたアレクが話しかけてきた。
「ああ、聞いていた」
「また犠牲者が多く出ちまうな」
「ああ」
俺たち5班の隣にいる新設された4班は中隊長の命令で突撃するよう指示されたのだ。
聞いた所によると、班長はなかなかに優秀だとされているが、臣民加入審査会で魔力値が7だと嘘をついていたらしい。
まぁ、そんなことを言ったのと、美人であったのが重なって我々の中隊長に目をつけられ、今に至るわけだが。
「お、動き始めたな」
前方にいた班長が少し馬を走らせて前に出て行く。
そして、手を上にかざすと、手から光の玉を4発ほど上空に放った。
そして、それが弾けて分離主義者達のいる所一帯が昼のように明るくなる。
「な、なんだ、あの魔術?見てるかバイス?」
「ああ、見てるよ。あれで松明が必要なくなったな。夜戦の厳しさを全て消したようなものだ」
「あ、ああ…おっ!あの班長が駆けて行ったぞ!」
次の瞬間、彼らは菱形の隊列を崩して一列に並び、敵のもとへと全速で駆けて行った。
もちろん、先頭はあの班長だ。
光が現れたおかげで敵が見えたが、総勢30人ほどはいる。
うち、奥に5騎の馬に乗った奴らがいる。
あれが、分離主義者のリーダーとその側近だろう。
他の奴らは鎧すらつけず、剣や斧を持つのみだ。
「お、おいバイス!あの先頭の班長だけ、異様に速くないか?」
言われてみればそうだ。
あの班長だけ馬がとても速い。
どんどんと加速していき、もう間も無く一番近くの敵と接敵しそうだ。
「あ、あいつ!あの雑魚を見逃した!」
ボロボロの槍を持った敵を無視して班長はさらに奥へと駆けていく。
速すぎて他は追いついていないし、敵も馬に乗る彼女へ攻撃することができない。
どういうつもりだ?
いや…違う、わかったぞ!
「わかったぞ…あいつ、あの女!敵将を潰す気だ!」
俺は思わず叫んでしまった。
その声に周りの目線が俺に集まる。
俺としかことが、つい取り乱しちまった。
「お、おい見ろ!もうあの女、もう馬に乗る敵将まですぐそこだぞ!」
アレクが声を上げる。
見てみれば、もうすぐ接敵する位置まで来ていた。
女班長は槍を抜いて右手で持ち、それを構えて走っていく。
それに気づいた敵将も剣を抜いて彼女の方を見た。
あと少し…あと少し…
「やった!やりやがった!」
またも声に出してしまった。
が、本当に驚いた。
あの女班長、槍で敵のリーダーとそれを守ろうと前に飛び出して来たやつの首を2人まとめて斬りやがった。
「な、なんて野郎だ。あいつ、最初は右手で槍を持っていたのに、一瞬で槍を持ち替えて別の方向から2人の首をまとめて飛ばしやがった!」
すごい!
あんな神業、なかなかできないぞ!
さらにしばらく進むと、また引き返して槍で次々と敵の頭を的確に突き刺して殺していった。
気がつけば馬に乗る敵はもうみんな死んじまってる。
ちょうどその頃、もっと手前の敵と彼女の班の他のメンバーが交戦を始めた。
後方では、あの女班長が槍を捨てて剣で馬上から敵を蹴散らしている。
前方でも別の女騎士が敵を槍で蹴散らしていっている。
「あの後方の方にいる女、班長の女には劣るが、それでもあいつもすごいぞ!」
ああ、他は慌てふためいて前方にいる女に付いていくのが精一杯だが、列の先頭の女はしっかり敵を倒していっている。
すごい!
ほぼあの2人で敵を倒していっている!
「お!一番後ろの奴が落馬した!」
アレクの言葉に反応して最後尾を見ると、列の最後尾をついていっていた男が落馬していた。
すぐに周りの敵がそこへ集る。
「あーあいつはもうダメだな。たしかに彼女らの班は健闘したが、一人死んじまったな…」
たしかに、もう彼は無理だろう。
きっと、まともに剣も扱えないんだろう。
剣を振り回して腰を抜かしている。
ああ、残念だったな。
「やれー!ぶっ殺せ!」
「はは!雑魚め!」
「首をふっとばせ!」
俺が残念と思うのに対して周りの意見は違ったようだ。
みんな人が死ぬのが見たいんだな。
悪趣味な。
最後尾の男は剣で必死に攻撃を防いでいた。
もう間も無く死にそうだ。
「お、おい!あの女班長を見ろ!」
再びアレクの言葉に反応してそっちを見ると、あの女班長、黄色に薄く光る弓を構えて、猛スピードで最後尾の男の方へ駆けて行っていた。
「あれは召喚魔術で出した弓と矢だ。あいつ、本当に魔力値が7あるんじゃないのか?」
俺が口を開くが誰も返答をしない。
おそらく、みんな散々バカにしていたから今更、認める気にはならないんだろう。
最後尾の男が手で顔を覆った。
それを斬ろうとする敵が斧を振り上げた。
もうダメだっという時、女班長の放った矢が斧を振り上げた男の頭に命中し、最後尾の男は助かったのだ。
「「「「おおー!!!!」」」」
俺の周りから驚きの歓声があがった。
「バイス!あいつら本当にすごいぞ!本当の実力者だ!」
もうそれからは、ほぼ女班長と列の先頭の女が敵を捌いていった。
しばらくすると、もう敵は壊走状態に陥った。
「全員、準備ー!!!!我々も向かうぞ!!!!」
もうほぼ戦いが終わった状況で中隊長殿が声をあげた。
ふん、ほぼ手柄をとられて、あの中隊長はさぞ悔しいだろうな。
あの中隊長はいつも四班を突撃させて敵が疲弊したタイミングで向かい、敵将を倒して自分の手柄にする。
が、今回はもうその大事な敵将は死んでる。
残念だったな豚男。
俺は少し心の中でスカッとした気分になった。
「動いてる敵を追え!もう間も無く光は消える!落ち着いて、的確に槍を敵に突き刺していけ!一人でも多く倒せ!手柄を残すな!」
なんとか作戦は成功した。
そして、今更壊走した敵目がけてお仲間さん達がやってきた。
もちろん、あの豚野郎も。
豚野郎はまっすぐこちらに走ってやってきた。
「す、すごかったよ…」
ふん、当たり前だ。
と、言いたい所だが、
「ありがとうございます。ですが、たまたま作戦が成功しただけに過ぎませんよ。中隊長殿であれば、もっと早く敵を倒せたでしょう」
「あ、ああ、まぁそうだが。は、初めてにしてはよくやったよ。だが、まぁもっと連帯感を持てよ」
この男から連帯感などという言葉が出るとは、全く、私を笑かせたいのであれば大成功だな。
「ありがとうございます。では、敵の掃討をおこないますので、では」
そう言い残すと、私は馬で駆けて豚野郎から離れていく。
ふん、あの豚野郎。
こんなに魔術をふんだんに使えないだろうな。
どうせ魔力適正値も5なんてないんだろうな。
まぬけめ。
「ふふふふふ…ふふふふふはははははは…」
小さい声ながら声を上げて笑ってしまった。