ドレルクでの滞在②
西暦1798年5月3日
「はぁ…気が重い…」
そんな気分で向かっているのは『ドマゴの食堂』
あの酒乱大戦争から実に1日経った夜。
フランクさん達はあそこの常連らしいから今日もいるかもという期待を持って謝罪に行くのだ。
謝るということ自体は自分が悪いので何とも思っていないが、まぁ恥ずかしさと謎の緊張が私の心をフルボッコにしてくる。
なんせ緊張しやすい体質の私には仕方ないことなのだ。
さて、しばらく進むと『ドレルク中央劇場』が見えてきた。
そこから少しずれた所の細い路地を真っ直ぐ進むと、例の食堂は見えてくる。
まさに知る人ぞ知る、と言った具合の店である。
近づくだけで聞こえてくる騒ぎ声。
あーいるわ。
でもウジウジしていても仕方ないと思い、私は一気に食堂内へ突入した。
そして、大きな声で、
「昨晩は申し訳ありませんでした!!!!」
と言った。
少しの間、静けさが辺りを包んだ。
しばらくして、ゆっくり私が顔を上げると、そこにはフランクさんが全裸で立っていた。
「え、」
ど う し て こ う な っ た 。
「うわああああああああああ!!!!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「ほんと、すいませんでした…」
なぜか一周回った結果、私の前でフランクさん(+その他悪ノリしてた大男ズ)がパンイチで土下座している。
「い、いえ私も謝りたくて来たので、謝られたら困ります…」
とは言ったけど謝れ、もっと謝れ。
こっちは17のピチピチ美女だぞ?
日本だったら逮捕だぞ?
中身元男だからって容赦せんぞ?
「いえ、ほんと我々が悪いので…」
フランクさんの左横の大男その1(名前:ロベルトさん 特徴:ハゲ)が言った。
「経緯といたしましては…レーヌ様に負けじと力比べ大会をしていたはずなんですが、フランクとその周りの人間の悪ノリでこんな事態になりました」
と、フランクさんの後ろの大男その2(名前:フーバーさん 特徴:隻眼)が言った。
「ま、まぁ皆さん顔を上げてください…私も昨日、大暴れしちゃったみたいですし、お互い様ですよ…」
と、私が逆の立場なら天使に感じてしまうような事を言っておいた。
結局、あの後はみんなで仲直りパーティー(私は禁酒)をして今は帰ってる。
もう深夜になってる。
全く、男というものは女の視点から見れば、恐ろしく、かつアホな生き物であることを身に染みて感じた。
ほんと、私が優しくてよかったと思う。
しばらく歩いていき、もう宿屋が見えてくると言う頃、
「どけどけ〜!道を空けろ〜!」
と、夜にも関わらず大きな声が聞こえてくる。
人はまばらで、どけと言う程の人数はいないとも思ったが、馬にでも轢かれたら嫌なので大人しく道の端に寄る。
すると、向こうの方から馬の走る音、鎧の擦れる音と共に十数名はいるであろう騎士の群れが過ぎて行った。
なんだろう。
何か事件だろうか。
「またか…」
「どうせまた分離主義者どもが何かやらかしたんだろうよ…」
と、ヒソヒソ話が聞こえて来た。
聞いたことがある。
なんでも、帝国というのは正式名称を聖ライツ連合帝国といい、ライツ人の諸侯が集まってできた連合国家であり、そのライツ人達の統合の象徴が皇帝で、連合帝国形成が行われた初期の諸侯の一族の中から選ばれるらしい。
その後、400年間に渡って帝国は勢力を拡大していき、現在では、西はオールラン人の土地を侵略し、島国のブリスタン、ランスウェル王国(両者は帝国の最も大きな脅威)と対立している。北はヴェーデル目前のユラピノ半島(元々はマデーク人の土地だが、ランウェーに支配を受けていた)を侵略、東はボルティカ人の土地を侵略し、ヤーバン人の諸侯と対立している。また、南ではライツ人の多く住む魔導国家イレドニアの一部を割譲させ、イレドニア
から魔術の技術を奪おうと画策しているらしい。
こんな具合で拡大を続けるライツは中央の覇者の異名を持っており、各国から敵対されている上、近年は帝国から離反しようとする勢力に頭を悩ませているらしい。
たぶん後ろの人達が話していた分離主義者というのは、この帝国から離反しようとしている勢力の総称だろう。
ま、私に帝国が潰れようが潰れないかは、どうでもいいんだけどね。
私は騎士の通っていった道を再び歩いて行き、宿へ戻った。
西暦1798年5月4日
今日は暇なので、街でもぶらつこうと思い、宿屋の一階の食堂で朝食をとると、公衆浴場へ行き、その後で街へ繰り出した。
もう朝市は終わりかけてるくらいの時間だ。
だが、まぁ昼間ではしばらくある。
公衆浴場は宿屋の少し隣の方にあるので、まずは北に向かって中央広場に行った。
うん、やっぱりここは落ち着く、他の朝市が行われて活気ある広場とは違い、少し静かで落ち着いた雰囲気がある。
そういえば、この街の名物の大聖堂へは入った事がない。
来てからはバタバタして大聖堂なんかに入る暇はなかったからな。
大聖堂の中から多くの人が朝の祈りを終えて出てきた後で中に入った。
中はガランとしていて誰もいない。
中はとても豪華な内装になってて、ステンドガラスがそれはそれは美しい。
私は大聖堂の中のベンチの一つに座ってボーッとそれを眺めていると、
「へへ、こんな事したらハレンヒ家はカンカンに怒るだろうな」
「ああ、こいつは今までとは一味違うぜ」
「ハレンヒ公爵領からドレルクを解放するには仕方ない犠牲だ…」
なんて話が聞こえて来る。
ああ、なんかヤバそうな気が。
やがて、さっきの話し声の主達3人が聖堂の祭壇横の部屋から出てきた。
まぁ、隠れたりとか全然してなかったので普通に見つかった。
あっちも私を見つけた時、すごい動揺していたようだが、今は落ち着いた様子でこちらに向かって歩いてきている。
私は扉のすぐ前のベンチの通り道沿いに座っていた。
彼らは黙ったまま私の横を通り過ぎるかに思えた。
が、彼らは私の横で立ち止まった。
「なぁ、嬢ちゃん。さっきからいたよな?それに、まずいことも聞いちまったよな?」
なんてことを先頭を歩いてきた髭の濃い男が語りかけてきた。
「はい、たしかに物騒なことを聞きました」
「なら、ちょっと残念な事になりそうなんだかな…」
と、言ったのは髭ダルマの左横に立っていた細くて若い男。
「どういう事でしょう?」
「こういう事だよ!」
と、言って腰にかけていた剣を抜いて、それを振るったのは髭ダルマの右横に立っていた髪の長い大男。
私は思いっきりジャンプして剣の上をいき、避けた。
最近は魔術も剣術も鈍っていたと思うし、これはちょうどいい。
死なない程度に痛めつけよう。
私は着地をすると、襲いかかってくる剣を避けながら、ベンチの後ろに隠れた。
そして、幻影魔術で私の姿を現させると、それをベンチから出した。
すると、マヌケのこの3人組は幻影を本物の私だと思って、それに近づいて行った。
そして、その幻影の首を思いっきり剣で髭ダルマが斬った。
「ハハハ!嬢ちゃん!生意気言うからだぜ!」
私は髭ダルマが幻影と遊んでいるうちに後ろへ回って言う。
「そうですか、でも生意気言われる人に負けるのはどんな気持ちでしょう?」
すると、髭ダルマは剣を振るいながら振り向いてきた。
が、私はそれよりも速くしゃがんで下から男の腰にかかったダガーを抜き、それで男の剣を持つ右手の手首を斬りつけた。
「うわぁあぁぁぁああ!!!!」
男は剣を落として倒れた。
「クソガキが!」
そう言って正面から斬りかかってきたのは髪長男。
私は防護魔術を発動する。
すると、私を包む薄く光る球体が現れる。
それが髪長男の剣を弾いた。
髪長男は弾かれた際に落とした剣を咄嗟に拾おうとしたが、それよりも速くスライディングして剣を蹴り飛ばし、股を抜けて、背後からダガーで両膝の後ろを斬った。
「いてぇぇぇぇえぇえええぇぇえ!!!!」
男はそんな感じで前に倒れた。
そして、残ったゴボウ男は私に急接近して剣を振るった。
私はダガーでそれをそれを弾いた。
が、ゴボウ男も負けじと剣を振るい続ける。
が、私はダガーを持つ右手とは反対の左手をゴボウ男の腹あたりにかざす。
そして、詠唱する。
「ファイアボール」
次の瞬間、かざした左手から火の玉が飛び出して男の腹で弾ける。
ゴボウ男はあっという間に火に包まれる。
「あぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!熱いぃぃぃぃ!!」
まぁ、そのまま焦げるまでほっとくのも残酷すぎるので左手を再びかざして詠唱する。
「フリーズ」
ゴボウ男は足下からカチカチに凍っていき首まで凍った所でそれは止まった。
「ああああああ…さ…寒い……」
「衛兵を呼んできますんで、待っててくださいね」
そう言って私は大聖堂から出て行った。
聖堂の中には呻き声や叫び声が聞こえてくるが、まぁもちろん無視だ。
西暦1798年5月4日
中央地区報告書
ある少女が大聖堂内から叫び声や呻き声が聞こえると報告があったので確認に向かった。
たしかに内部からそんな声がしたので、野次馬が集まって幽霊だの悪魔だのと喚いていた。
私とカールは2人で内部に突入した。
内部では1人が首までを氷漬けにされており、ひたすら寒い寒いと震えていた。
もう1人は上裸で失神していた。
上の服は手首に巻かれており、それで手首の切り傷を止血していたようだ。
もう1人は足の膝裏あたりから出血して歩けない為、匍匐で祭壇付近まで行っており、爆弾がどうのこうのと言って錯乱していた。
3人とも命に別状はなかったが、後の残る傷と精神的に深刻なショックを受けていた。
彼らは悪魔に取り憑かれた少女にやられたなどと言っており、どういう意味か全くわからなかった。
また、彼らの素性を調べた所、彼らは分離主義者であり、聖堂を爆破しようとしていた事を自白した。
だが、実際の所、彼らの爆弾に入っていた火薬と言われていた物はただの黒い砂であり、火薬なんかじゃなかった。
結局、彼らはヒステリーを起こしていたと思われる。 以上
衛兵隊中央区担当ハンス・クリフ
「で、よぉ…その分離主義者達が爆弾に入れていた火薬ってのはただの砂だったらしいぜ!ガハハハハ!!!!」
今日も晩飯時は『ドマゴの食堂』にフランクの笑い話が響く。
これが、仕事終わりの俺にとって最高だ。
フランクもロベルトもフーバーもみんな明日は休みなんで今日はとことん酔っぱらう。
いやぁ最高だ。
昨日、一昨日はある可愛いヴェーデル人の少女もいたが、今日はいない。
みんな残念そうだ。
なんせ美人と飲むほど旨い酒はないからな。
「その分離主義者達をやったのは結局誰だったんだ?フランク」
ロベルトが質問をした。
「なんか少女だったって噂だ」
「少女?そんなのが男3人をぶっ倒せるか?」
「わからねぇなぁ…」
まぁ当たり前だけどそんな事できる奴はなかなかいねぇだろうな。
いやでも、待てよ。
レーヌさんなら…
「レ、レーヌさんじゃないか?」
俺は恐る恐るみんなへ問いてみた。
みんな、たしかにっといった表情でこちらを見る。
「ま、まさか。彼女は強くても、そんな事する子じゃねぇ」
フランクが言った。
「で、でももしあっちからけしかけてきたんなら、可能性はあるんじゃないか?」
フーバーが言う。
「ね、ねぇよ…たぶん…」
それにロベルトも賛同する。
そんな話をしていると、
「皆さんこんばんは!今日も遅くなったけど、ご飯食べに来ました!」
みんなが声の方を向く。
レーヌちゃんだ。
「あれ?皆さん静まり返ってどうしたんですか?」
「ね、ねぇよな…やっぱり…」
フランクが小声で俺たちに言う。
「あ、ああ」
全員が声を揃えて言った。
「なんの話してたんですかー?」
レーヌちゃんは今日も元気そうだし。
こんないい子がなぁ。
ねぇよな。
ねぇよ…な…