新しい人生の始まりまで
かの光景を見た者は後に、こう語った。
ある者は救世主の降臨と。
ある者は聖なる人への昇華と。
動乱の嘆きの中で声をあげる民衆に光が差し、それを導くかのように汚れを知らぬ美しい少女は十字架の如き、その剣を天に掲げ、民の導きと救いを誓って声をあげたのだった。
エドガー・アーモンド著
『黄色き亡国の英雄』より
あの日は暑い夏の日だったと思う。
夕方頃にクーラーの効いた親の部屋で読書感想文を書くために世界の英雄?的な本を確か読んでいた。
もう10年も前の話だ。
小学生ながらも頑張っていろんな英雄譚を見ていた。
どれもこれも何を言っているのか分からなかったけど。
絵はカッコ良かったからまだ読めてたんだと思う。
で、肝心のところだが、その本の68ページに書いてあったのがジャンヌダルクだった。
一目見てそのカッコよくも美しい少女に恋をした。
彼女の絵はもちろんかっこよく、かつ美しく描かれてたんだけど、それよりもアニメの主人公の様な救国物語に心を奪われた。
当時は百年戦争だとかは、もちろん分からなかったからただ少女が神に言われて国を救って戦ったとだけ理解できた。
それからだろう、それから俺にとってジャンヌ・ダルクって英雄に長い長い恋をし続けてる。
そんな話をすれば二次元に恋する変な奴、それも子供向けの本の1枚の絵に恋する気持ち悪い奴だと思われる。
だから、そんなことは人に絶対に言わず自分の心の中にいつも仕舞い込んでいる。
そんな、側から見れば気持ち悪い奴の死後のお話。
2020年2月14日
あの日は忘れもしない。
まぁ理由を話せばみんな納得するに決まっている。
てか、さっきの話の最後で大方察してる人も多いと思うから、先に言っておこう。
俺は2月の14日、そうバレンタインデーに死んだ。
なんでかって聞かれると難しいんだけど、まぁ簡単に言うと持病って奴なんだ。
てか、バレンタインデーに童貞が死ぬとか悲しすぎるよな。
誰からもチョコを貰わずに孤独に死ぬとか。
周りの奴らは大学での学生生活に浮かれてる頃だと思う。
俺は2回目の浪人が決まった頃だった。
その日も自分の部屋で飯食ってベッドに寝っころがって携帯をいじってた。
ふと、トイレに行こうと立ち上がった時にバタンって感じに倒れて死後の世界に至るってわけだ。
バタンってなった後は真っ暗になって、その後、なんか3日間くらい2倍速で俺の人生を振り返ってた。
走馬灯?ってやつかな。
あーいうのは一瞬で頭の中を流れると思ってたけど意外に遅かった。
今は俺の死ぬ瞬間が見えた後、真っ暗になって今も次の展開を待ってるって感じだ。
なんか色々見てたけど、つまんない人生だったって感想だな。
普通の小学生を過ごして、普通の中学生を過ごした。
全力で頑張って行った高校の中では落ちこぼれと呼ばれた。
何が楽しい人生と聞かれたら、本当に困る人生だった。
童貞だし、彼女一人もいたことなかったし、語るには多すぎる黒歴史を抱えていたし。
もうね、正直、走馬灯は地獄でした。
このあと、地獄行きとか決められんのかな。
なら、さっきの走馬灯がまさに地獄だったから許してくんねぇかな。
なんて考えるけど、もう寂しくて寂しくてさっきから泣きそう。
情緒不安定になってる。
つまんなくて、おもしろさの欠片もない人生見させられて怒ったかと思えば、数秒後には悲しくなる。
なんか、こんな早く死ぬならもっと頑張って大学行っときゃ良かった。
ダラダラと高校生活を無駄にして、3年になって焦って、結局は浪人。
好きな子には告白できずにいたし。
アホの佐々木には散々バカにされて、見とけよ、お前よりいい大学行って見返してやるって思っても結局は佐々木も頑張ってたみたいで、俺の目指すとこより頭のいい大学を現役合格しやがった。
親には迷惑かけたし。
別に死んでも良かったよな。
そう思っても、もう何も意味がない。
いつもそうだ。
後悔ばかり。
今だって、前が見えない暗闇の中でやっと分かった。
俺の愚かさってやつを。
「なんか…可哀想な人生やったな…」
暗闇の中でどこからか声がする。
間抜けた声が俺の耳に届いた。
「いや、間抜けとか言うなや!地声バカにするとか…ほんま…ほんま…なぁ!?コンプレックスなんやけど!?」
あれ?この声の主に俺の心読まれてね?
「うん、そりゃ神ですもん」
は?誰なんだ?
「いやだから神だって…あ、そやった。目が見えへんねやったな。すまん」
その声のあと、だんだん光が暗闇の中に浮かんできた。
光の正体が見えないほど眩しい光だけが見える。
この声の主がこの光なんだろうか?
「うんまぁ、そやね」
あ、そうなんだ。
というより、なんでこの神とやらは関西弁なんだ?
「いや敬語使ってよぉ…ぼく神やで?関西弁とかどうでもええやん…なんか、関西の人と話する時は関西弁で喋れって前言われてん…関西の人に…」
俺は確かに関西に住んでたけど、元は東京だから一応標準語ですよ?
「あ、そうなん…いやでもめんどくさいからもうええわ…」
あ、はい。
正直、関西弁に憧れてめっちゃ勉強してそうですね。
「いや、そんな訳あらへんし?神って?まぁ色んな人を相手に?する?接客業やから?それに合わせて頑張ってあげてるだけやし?」
なんか軽いな。
「だって若い子ってこれくらいで行かな、心開かんもん。僕だって死んだ人と色々語りたいもん…」
あ、そうですか。
それは失礼。
「うんうん。いい子やん君。ふんでまぁ、ちょっと今、人詰まってるから君との会話の時間10分くらいやねんけどさ、転生したい?それとも、天国の下の方で暮らしたい?」
え、あ、いきなりそうゆう話ですか。
てか、転生とかあるんですね。
「そうそう。あるよそりゃあ…神なめたらあかんでぇ…」
その転生っていうのは元の世界ってことですか?
「いや、まぁ元の世界戻りたかったら戻ってもええけど。そんないいプランないよ?君?もしかしたら今回の人生より災難なものかもやで?」
じゃあ、他の世界への転生もできるんですか?
「うん、できるよ。今のおすすめは、俺が新しく作った、魔法のある世界!!!」
え、なにそれ…けっこう興味あります。
「やろやろ?そう思うと思った。しかも、今なら新しい世界で転生者が全然おらんから特典つきやねんけどさぁ…どう?」
特典ってどんなのがあるんですか?
「えっとなぁー…前世の記憶を引き継ぐとか、最強の騎士とかなれるけど…どんなんがいい?」
どうしよう。
すごく迷います。
楽なのは最強の騎士とかだと思うけど、前世の記憶を引き継ぐって転生物のラノベみたいでいいですね。
「やろやろ?しかも、君はあんまいい人生歩まんかったし、バレンタインデーとかいう日に童貞で死んだっておもろすぎるから、それも加味して僕からの別の特典つけときますわ!」
なんて優しい神なんですか!
そんなことしてもらっていいんですか!?
「当たり前よ!神をなめたらあかんで!」
じゃあ、その世界の転生に決めちゃいます!
もちろん特典つきで!
「おっけ!じゃあもう後戻りはできんけどいいね!?」
はい!
自分は次の人生こそ楽しんでみせます!!!
「そのいきや!じゃあ、契約ってことで!もっかい視界が暗なると思うから!次に光が見えたら新しい世界におると思う!じゃあ頑張って!もっと話したいけど、次の仕事あるから今回はごめんな!また、転生後に様子見に行くかもやからよろしく!」
ありがとうございます!
そう返事すると視界はみるみる暗くなっていく。
すごい簡単に決めちゃった気がするけど、大丈夫だろうか?
いや、大丈夫だ!
こんなに神様からの優しさを承ったんだから!
次の人生こそ楽しんで見せる!
「あと…君の前の人生は君が言うほどつまらないものではなかったよ!」
暗闇の中で微かに消えかかる光から神様の声がした。
うん?
どういう意味だろう?
その言葉を最後に光は見えなくなった。
つまり、神様は去ってしまった。
また俺は暗闇の中にしばらくいた。
それから、しばらくした頃、光が再び差してきた。
光の奥にだんだんと世界が見えてくる。
「パパでちゅよ〜?」
それは両親の顔だった。
俺は動けないし喋れない。
もっと言えばなんでもないのに涙が溢れて止まらない。
両親も涙を手で拭って喜んでいる。
ああ、俺は生まれ変わったんだ。
心からそのことを実感した。
父の姿は金髪でなんだか変わった衣装を着ている。
どうやら、この世界は前に俺の生きていた時代より相当前のようだ。
ああ、なんだか不思議な幸福感に包まれる。
加えて、ワクワクする。
まず、この世界では何から始めようかな。
彼女作って、金持ちになりたいな。
よし!当分の目標はそれだ!
だが、焦ることもないよな。
だって、まだ新しい俺の物語が幕開けたばかりなんだから!