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霊能探偵ミコトさん←違います  作者: はるき さくら
第一章 躓く石も縁の端
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(8)

前回のあらすじ:

 母子家庭の少女は高校卒業と同時に株式会社シンジョーに就職し、そこで出会った新城正樹と交際を始めた。そんなある日妊娠が判明し、新城に伝えるが「お前なんか遊びだ」と伝えられる。悩んでいる間に気がつけば堕胎の時期も過ぎ、ぼんやりしているところで駅のホームから電車の前へと……。

 彼女の名前は須藤美也。享年二十歳であると、出雲から真由美は告げられる。

「すみません、今日はもう帰っていただいてもよろしいでしょうか」


 驚きの連続で疲労がピークに達した曽田家の人間を代表して、かなり憔悴した様子で享が言う。真由美はあの後貧血症状を呈したために、由香里が急いで寝室まで連れて行った。

 その状態で今後の話を詰めるのは流石に酷である。出雲はそうしましょうとだけ伝え、ミコトと共に曽田家を後にした。




  *




「出雲さん……」

「……」

「出雲さぁーん」

「……」

「……失礼眼鏡野郎。──はい、すみませんでしたぁ!!」


 呼んでも反応がない、ただの(しかばね)のようだ。……とはできないので、確実に反応するだろうことを口に上らせると覿面(てきめん)だった。即座に未練の糸を断ち切ろうとするのだから油断も隙もない。

 さっ、と避けられたという事実に、自分の反射神経に、ミコトは感謝した。


「なんですか、カス・オブ・カス」

「自分でつけた名前なんだからちゃんと呼びましょうよ! まーいねぇぃむいぃずミ・コ・ト・さん! ────さすがにその目で見られるのは哀しすぎます……」


 せっかく元気づけようと思ったのに! と、今度は少し苛つかせる方針で言葉を紡ぐと、まさにゴミでも見るような目を向けられた。あ、カスだったや。なんて冷静に考えられるところに言葉は浮かぶが、それがよりいっそう心を抉っていくのだから救いようがない。


 いやいや、こんなことを話したいのではないのだ。切り替えて、言葉を紡ぐ。


「聞きたいことがあるんですけど」

「あなたが俺に聞きたくないことなんてありましたっけ?」

「私のことをどう思ってるか、とか?」

「カス・オブ・カス」

「知ってます」

「でしょうね」


 ──だから違うって!


 そんなことを聞きたいわけでも話したいわけでもない。断じて違うのだ。脱線していこうとする会話に、ミコトは自分でツッコミを入れた。


 お互いに慣れた会話のテンポだからこそ、それが何を意味しているのか、わかるようになってきた。

 突ついてほしくない話題なのだ。出雲にとっての琴線に触れることなのだ。

 出雲が少しずつ話題をそらそうとしていることに気づきながらも、それでもミコトはそれが聞きたいと思う。


 弱みを握れるかと思うから? ……いいえ。

 出雲の困る顔が見たいから? ……いいえ。

 ぎゃふんと言わせたいから? ……いいえ。


 ミコトは、自分のことの全てを忘れても、心がここに残っていて良かったと感じた。普段は憎まれ口ばかり叩く相手でも、これだけ近くで数日間でも一緒に過ごしたのだ。情はある。

 心が残っているからこそ、出雲を心配することができて、だからこそ、踏み出すことができる立ち位置に自分がいるのだ。

 これが例えば、他に頼る人がいないから、という依存に近いものだったとしても構わない。今寄り添いたいと思うこの心が、決して間違ってはいないと確信できるから。


「──あの、糸みたいなの、なんですか?」


 ミコトが聴きたかったことは、違わず、出雲が話したくなかったことだ。

 出雲にとっての劣等感の現れであり、排斥された過去の、孤独な自分だ。


「あれは、【(えにし)の糸】ですよ」


 思い出すのは幼い頃の、愚かだった存在。忘れたくとも忘れ得ぬ過去の記憶。

 泣くことも怒ることもできず、ただただ置いていかれた孤独な頃の。


「縁の糸……? って、え! 私の糸、あんな色じゃないですよ!?」


 記憶を豪快に掻き消したのは、ここ数日でいつの間にか、横に()ることが驚くほどに馴染んできた『アホの子』だった。

 霊体だというのに時に人に触れてくるわ、未練を残しているはずなのに何もかもをも忘れているわ、猶予を与えているだけだというのに失くした記憶に執着しないほどに呑気だわ、どれだけ人が悩んで落ち込むスタイルに入ろうとわざわざ混ぜっ返すわ。


 けれどもその言動に呆れつつも、彼女の勢いに任せて一緒に楽しんでいることを、出雲は決して認めない。


 際限のない坩堝(るつぼ)に落ちそうになったところを引っ張り上げて、出雲は呆れた目で返した。


「悪い意味合いで結ばれた縁は黒くなるんですよ。憎悪や怨恨、嫉妬など……人の後ろ暗い感情が強ければ強いほど、あれは黒くなります」

「え、あ、そうなんだ……。じゃあ私は白いから大丈夫、ってことですか?」

「ええ、まあそうなんですけどね。まあね。一応、何も考えられない(⚫︎)鹿(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)、よかったですねと言っておきますね」


「『馬鹿』と『本当に』に力が入りすぎじゃないですか!? 果てしなく失礼なんですけど!」

「ほんとーによかったですねー」

「何一つ気持ちがこもってない!」


 ぷんすかぷんぷん怒っているミコトを横目で見て、出雲は自分の中の自分と対峙する。


 ──大丈夫だ。まだ、堕ちていない。糸は、黒くなっていない。


 見えたものから意識を引き剥がして話を進める。意外と、凝り固まっていたのは自分の口だけで、本当は、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。動き出すものは滑らかだった。


「人も物も、何かしらに繋がれて存在しています。それを示すのが、先ほどの縁の糸です。そしてその色によって、それがどういう意図で繋がれているのかもだいたいわかるようになっています。ほら、昔から言うでしょう? 『運命の赤い糸』って」

「ああ! え、あれって比喩とかじゃなかったんですか? ほら、『私、彼と運命の糸で繋がってるの』みたいな、そんなことを言いたいだけのために作られた言葉だと!」

「……その、あなたの、心霊関係に対しての認識はなんなんですか。俺はそれが疑問です」


 またか。この数日で、ミコトに心霊関係の説明をする度にこのような気持ちになっている気がする。これは呆れだろうか、それとも他の何かだろうか。


「この頭振ったら謎の答え出てきますかね?」出雲が触ろうとするがやっぱり触れられないのだ。空を切る手を見てみる。その上ミコトが「触れないですもんね、出雲さん! ふふん。──だから待った待った待ったぁ!」胸を張ってドヤ顔を見せてくるものだから気に入らない。出雲は半分以上本気で未練の糸に手を伸ばすが、引き留められた。これもまた謎である。


「まぁ確かに、ここ数日間でこのやりとりがパターン化してきましたね。マンネリは怖いものです」

「いやいやいや、出会って数分後には既にあなた、癖になってませんでした!?」


 激しい勢いで言い返してくるミコトには「気のせいですよ」と返す。かといって納得いくわけではないだろうが。


「まあ、そういうことで、俺は自分の霊力を真由美さんに流して、調査した存在と繋がるか、繋がるならば糸は何色か、ということを試してみたわけです」

「調査がだいたい終わった時に『繋がるかどうかしてみましょう』って言ってたの、そういうことだったんですね。……ん? じゃあ私は?」


 ミコトは自分の未練の糸をよく見る。先ほどは『白い』でさらりと流してしまったが、彼女の糸の色はコップに張った水の中にミルクを一滴垂らしたような、ほぼ無色透明である。黒がよくない感情で繋がったもの、赤は恋しい想いで繋がったもの。──じゃあこれは?

 くるり、と出雲へと視線を移すと、彼は心底不思議だという思いを顔に書いたまま溜息をついた。


「それが不思議なんですよねぇ。こんなに薄いのに未だに現世に留まっているし、六日間一緒にいても特に色が変わる様子はありませんし。……まあ、一言で言ってしまえば(⚫︎)なんですよ、あなた」

「う、わー。この、『変』にやたらと力を入れた感じ、本っ当に失礼だなぁ。一回殴ってもいいかもしれないなぁ」

「殴ってもいいですけれど、その後のことはちゃんとご理解なさっていますよね?」


 こういう時ばかり輝くような笑顔を向けるのは反則だと思う。口中で呟きつつ、ミコトはあっさりと白旗を挙げた。勝てない戦はしない主義である。


「糸って、ああやって霊力? っていうの流したら、誰でも見られるんですか?」

「誰でも、とはいきませんね。……基本的に、【糸紡ぎの一族】が、その糸を見ることができますし、その霊力でああやって繋がっているものを見たり、糸自体を繋げてみたり、切ってみたり出来ます」

「糸を繋げたり切ったりって?」

「縁結びとか縁切りとか言うでしょう? そういうことが出来るんですよ」

「ほうほうほう。……ん? さっき【糸紡ぎの一族】って言いませんでした? じゃあ出雲さんもその一族の人なんですか?」


 ちっ、語りすぎた己に向かって舌を打つ。「他人に対して舌打ちするのって、とっても失礼ですよ!」ぎゃんぎゃん鳴くペット(仮)は置いておこう。

 はぁ。ミコトと出会ってから、こっちこそ癖になっていそうだと感じる溜息を落として、出雲は伸びを一つ。面倒だなと、口中で、また一つ。


「確かに、俺の一族がそうです。一応、末席に名を連ねていますけどね」


 ああ、嫌だなと、片方の口角が上がる。

 腹の中で黒いものがとぐろを巻いたままだったのだろう、それが弾けて、一気に駆け上ろうとする。

 浮かんだのは、嘲り。

 見えたのは昔の自分だ。何も知らずに自分は出来ると信じていた頃の。


「俺は一族から縁を切られていますからね、こうやって勝手に探偵なんてものをしているんですよ」


 黒縁眼鏡に縁どられた奥の、いつも透徹としている黒瞳(こくどう)が、抑えきれない感情を映す。

 ちろちろと、小さく収まっていたはずの(うず)()が、酸素を得て業火となるように。瞳の奥の昏い感情が、急激に顔を出す。


 ぞっ、と、(うなじ)の毛が粟立つ感覚をミコトは覚えた。

 実体も記憶もなくとも感覚として知っている。これは危険信号だ。

 ダメだ。ダメだダメだダメだ! これ以上踏み入れさせてはいけない!

 こんなことのためにこの話題を出したのではないのだから。


「──出雲さん!」


 はっ、と、息をつく。

 昏い感覚は、一瞬で霧散した。


「い、出雲さん……、あの、ですね! 『辛い時は馬鹿になればいい』んですよ! …………って、誰かが言ってたような気がします!」


 沈黙。


 ゆったりと、出雲は吐いた息を吸い込んで、ミコトを見た。


 ミコトは拳を握りしめて目に力を込める。


 嘲りは消えた。今は驚きか、それとも自省か。

 風が吹き、髪が揺れ、背を押す感覚に身震いを。


「……なんですか、それ。あなた記憶ないんじゃなかったでしたっけ?」

「ありませんよ! ありませんけれど、でも、今出てきたんですもん!」


 ミコトは慌てながらも、出雲から先ほどの雰囲気が薄らいだことに安堵する。何に対しての恐怖かもわからないほどの(おそれ)が、あるはずもない肌を突き刺してくる感覚は、できることならば二度と覚えたくないものだった。


 その中で、こぽり、と。湧き上がるように。

 少しだけしわがれた声で、それは言う。




『辛い時、苦しい時は馬鹿になりなさい。馬鹿であれば、辛いことも、苦しいことも、感じないから』




 背を撫でて、肩を抱いて、耳元に囁いてくれる。

 誰なのか、どういう状況でのことなのかはわからなくとも、自分にとっての指針はそれなのだと、ミコトは知っている。


 呆れたような目で見てくる出雲にも、今日は優しくできそうだな、と思った時だった。


「なるほど。だからミコトさんは馬鹿なんですね。納得しました」

「もうっ! わざわざ私を貶めないと会話できないんですか、出雲さん!」

「いやだって、そういう方針だから今こんなに馬鹿なんでしょう?」

「その、心の底の底のほうから心配したような目つきやめてくださいよ!」


 あーもう、やっぱり優しくなんてできません。と、怒りを背に負いながらミコトはふよふよと進んでいく。そんな彼女から伸びる糸はやっぱり、薄い白だった。


 それを眇めた視線で見てから、出雲は(かぶり)を振った。

 彼女に感謝をするのは癪であるが、助かったことだけは自覚する。


 縁の糸は因果の糸。それを扱うものが、無闇に縛りつけられることはあってはならない。


 そして──認めてはいけないのだ。この温もりに慣れてしまえば、失う時を想わなければならないのだから。

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