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霊能探偵ミコトさん←違います  作者: はるき さくら
第一章 躓く石も縁の端
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(6)

死に関する表現があります、お気をつけください。

 翌日から、出雲とミコトは真由美と新城の周りの調査を開始した。


 二人ともが二十代半ばとまだ若いため、まずは母校の大学、高校を訪問。当時関わっていたゼミの教授や高校の担任、部活の顧問等から話を聴いていく。遠いところから始めるのは、対象者に対しての率直な印象を聞くためだ。近すぎて最近すぎると記憶が新しいので、気を遣ったり対象者に連絡を取ろうとしたりしやすい。遠いところから近いところへと遡っていくことで、まずは実情への理解を深めるのだ。その際、きっちりと交友関係の確認と、その時期にトラブルがなかったかなども聴き込んでいった。

 学校関係を終わらせれば、次に普段集まるサークル等に目を向ける。新城はジムに通っていたためそちらにも足を運んだ。特に、中高年の女性が通っている時間帯に合わせて数回出没し、噂話や、新城の印象について聴き込む。

 職場は最後に、慎重に。数回様子を見て、ランチで社外に出てくる女性社員を狙って接触したり、外回りの多い営業の男性社員に聴き込んだりしていった。


 ここまでですでに五日を消費している。それでも微に入り細を穿った調査で、二人の人間像は見えてきた。まずまずの進展だろう。


「うわぁ……また女の人の名前ですよ。あのスケコマシ? 節操なし? 落ちてしまえばいいのに」

「はいはい、ミコトさん。それについては全面的に同意しますが、一応、今はまだ依頼先の真由美さんの婚約者ですからね、落ちてしまっては困るんですよ」

「えぇ〜、でも本当にこの人、女の敵ですよ。そんなの守るんですか?」

「依頼人の付属品ですが、『そんなの』呼ばわりはやめなさい。人間生きるためにはお金が必要なんですよ、どんなゴミでクズでカスでも、依頼の中でしたら守りますよ」

「付属品呼ばわりも大概だと思うんですけどー。ゴミでクズでカスでも守るって、え、じゃあ私は?」

「あなたはカスの上に俺の依頼人じゃありません。金を持たない上に不可解なノラ霊体のお荷物です、言うなればカス・オブ・カスですよ。正直な感想は『さっさと成仏しやがれこの野郎』です」

「ぶーっ。女の子なので『この野郎』じゃありませーん──った!」


 言い様に少々イラッとした出雲はミコトの後頭部をお札で軽くはたいた。ここ数日で常に護符を携帯するようになり、都度その力に躊躇いがなくなっていくのはどうしてか。それでもまだ、自分で護符を作って成仏させようとしないだけマシなのか。ちょっとベストな考えに行きつかない。

 後頭部をさすさす、涙目になりながらミコトは反論しようと試みるものの、輝く笑顔に粉砕された。君子危きに近寄らずだ。一瞬あとには忘れるだろうが。


 奇妙に慣れたテンポで交わされる会話は、止めるものもいないからいつまででも続いていく。誰が聞いても失礼な言葉が並んだまま。


 出雲とミコトはつい今しがた、新城の会社の総務課に勤めるという女性グループのランチを狙って当たってきたのだ。偶然を装って声を掛け、職場を聞き出し、「そういえばあそこの御曹司の噂聞いたことあるんですけれど」とにっこりと笑ってあげれば、お話好きな女性陣は我先にと出雲の聞きたいことを枝葉末節に至るまで、それはそれはぺらぺらぺらりと喋ってくれた。その手腕のあまりの鮮やかさに、「出雲さん、ホストとかしてました?」とこぼしてしまったミコトは、解散直後に成仏させられそうになったのもまた仕方のないことだ。


 そしてここ数日間で聞き出したことを元にいま二人で話している。


 結論としては、新城正樹は手が早く、女性に関して見境がなく、そして下半身がゆるゆるということだ。調査を始めた日から毎日、彼が関わったという女性の名前を聞かない日はない。

 同時に真由美のほうの交友関係も調査しているが、こちらはさっぱり。同性の友人は多く、広く浅くといった関係を築いているようだが、こと異性関係は全くないに等しい。高校で同級生と交際したらしいものの、それも大学入学と同時に遠距離になって別れている。そして社会に出て、会社の関係で知り合った他社の御曹司である新城と出会い、今に至った。


「真由美さんもあんなに可愛らしくてしっかりしている感じの人なのに、なんでこんなのに引っ掛かるかなぁ?」

「逆ですよ。しっかりしているように見えるから、普通の男性では近寄り難く感じてしまって、遊び慣れた馬鹿男が目をつけて、手練手管に騙されて、引っ掛かったのでしょう。ご両親が大切にお育てになったのでしょうが、ある意味箱入り娘さんなのでしょうね」

「あぁー、確かにそうなのかも。じゃあどうします? 調査はとりあえず終わりましたよね?」

「そうですね、もう一度曽田家に行って、絞り込めたもので繋がるかどうかをしてみましょうか」


 二人の調査と同時進行で、曽田家の家周辺の地霊の変化や近所の家々との関係性、それから先祖の霊との兼ね合いなども調べてはみたものの、こちらもさっぱり。曽田家の墓はとても丁寧に手入れされており祖霊は安らけていたし、家周辺の地霊等に関しても同じく。建築やリフォームで問題があったとも聞かれなかった。


「やっぱりこの人なのかな……悲しい人だと思うけど、真由美さんこそ何も悪くないですもんね」


 そして今回、他人には見えないミコトが何故調査に同行したのかというと、彼女は実はとても記憶力が良かったのだ。いつもならメモに纏めなければならないことを全て覚えているために、同行しメモがわりにされていたのである。

 それが判明した時も、「スポンジみたいですね」と言った出雲に、「それって絶対いい意味じゃなくて、『スッカスカで中身がないから吸収できる』スポンジみたいですね、ってなるんでしょ」「よくわかってるじゃないですか。意外と馬鹿じゃなくて驚きました」「すっごく失礼!」という会話があったわけなのだが。


 そんな記憶の中から拾い上げてきたのが、一人の女性の存在だった。




  *




 前回訪問してから六日後、再度出雲とミコトは曽田家に来ていた。調査の報告と、原因の追求のためである。


「もっと時間がかかるかと思ってたんですけど早かったですね」


 真由美があっけらかんとして言った。

 家を覆う結界と護符のお守りにより、前回の日曜日から本日の土曜日まで、今までのことが何だったのかと思うくらい怪奇現象に悩まなかったと笑う。通りで、以前は濃かった目の下の化粧が、今日は気にならなくなっている。

 彼女の両親も特に問題なく今週を送れたようで、同様に血色の良い顔色をしていた。


「はい。思ったより情報が集まるのが早かったので」


(う〜、真由美さんにあの男のこと言うの辛いなぁ。自分のこと愛してるって思ってる人が違うなんて、絶対悲しいですよね)


 斜め後ろでミコトが落とす呟きを聞きながら、出雲は仕方ないじゃないかと思う。逆に、このまま放っておいたほうが人道的に問題だろう。間違った道を進んでいると気づいた以上、忠告は必要だ。彼女は自分の依頼人なのだから。

 よくよく考えなくとも浮気の素行調査のようになっているのだが、これも原因追及のためである。


「色々と調べさせていただきましたが、曽田家に関することで、例えば先祖の霊が安らかにされていないとか、家周辺の地霊が騒いでいるとか、そういうことはありませんでした」

「……ええと、それは、うちには特に問題がないと、そう思っていいのですか?」


 とりあえずの前段階の報告に多少悩みながら、享は言葉を紡ぐ。それに出雲は是と応えた。


「同時進行で、真由美さんと新城さんのお二人の周りを調べさせていただきました」


 ここからだ。

 出雲の前に置かれているコーヒーが、黒さを増しているように思う。苦味も強いのだろうか。

 電気がついているはずのリビングが、何故か暗い。


「新城さんですが、随分と女性遍歴が派手なようで、会社の女性から取引先の受付嬢まで、多くの女性に手を出しているようです。一番新しい方は四ヶ月ほど前に別れを突きつけられ、仕事も手につかない状態だったとか」


 空気が固まった。

 真由美の顔も固まる。由香里も、享も。

 ミコトは沈痛な様子で目を固く閉じている。


「え、よん……かげつ、まえ……?」


 呆然と、それだけを反復した。

 六日前よりもよっぽど血の気のない顔色で。


 恋人の、婚約までしている相手の浮気が信じられないのだろう、瞳がゆらゆらと揺れている。


「あの、すみません。それはもしかしなくとも、新城さんが浮気していると、そういうことですよね? 真由美は三年ほど付き合っておりますし、その、その(かん)も女遊びをしていたと、そういうことで……」


 顔色をなくした娘に代わり、由香里がいくぶん冷静な様子で確認しにかかる。それでもかなり迷って迷って言葉を繋げるしかないものの、対応はしっかりしている。

 享はもう言葉が出ない様子で口が半開きになったままだ。

 咄嗟の時、女性のほうが行動が早いと言われるが、確かにそうだなと出雲は感心した。もう一人の女性で当事者は、あまりにショックが大きすぎて止まったままだが。


「そういうことになります。高校大学では三股か四股ほどしていて、特に大学では刃傷沙汰にまで発展しかけたこともあるようです。親の会社に入ってからは新入社員に片っ端から粉をかけているようですね。それが五ヶ月ほど前から身辺整理を始めまして、今は遊んでいる様子もないようですが」

「えっ、じゃあ、あたしと結婚するために、ってこと……?」


 今は浮気をしていないと聞いて真由美が少しだけ浮上した。自分が知らない間の浮気である。先々後を引くこともあるだろうが、結婚後誠実にしてくれるならと、頭の片隅をよぎった様子なのが、出雲とミコトにもわかった。


「はい、そのようですね、今は。ただ、この件で亡くなられた方がいらっしゃるので、その方が今回の事件の大元ではないかと考えていて、確認をしたいのです」

「亡くなった!?」


 悲鳴が上がった。顔の下半分を両手で覆い、全身を小刻みに震わせながら、真由美は「なんでそんな、死んだって……」と続ける。これに関してはまだ推測の域を出ないのとプライバシーもありますので、と詳しいことは省き、出雲はローテーブルをぐるりと迂回して真由美に近づいた。


「手を貸していただけますか?」「え? あ、はい」出雲の申し出に反射的に返事をして、右手を差し出す。


 甲を上にした手を、出雲は下から掬い上げるような動きで左手で支え、人差し指と中指を揃えた右手で、真由美の手の甲に不思議な字を描いた。


 ひゅう、風が舞う。

 かち、こち、時計が鳴った。


 指で撫でただけの字が、光を帯びて浮かび上がった。

 浮かび上がった字が、何度か鼓動するように震えて、そして。


 ──彼女の手の甲から、黒い糸が空間へと伸びる。


「──っ!」


 悲鳴を上げそうになったところを、どうにか押し止める。これは良くないものだ。気づかれてはいけない。

 口を手で抑えて、同じ体勢をしている存在がいることに多少の安堵を覚える。曽田家の三人は目線だけを揃えて頷いた。


 黒い黒い糸は、その周りに闇をじわじわと孕んで、空間へと抜け出そうとしている。

 結界のおかげなのか、そこから周りに滲み出る様子はないが、いつ弾けてしまうかわからないほどに闇が拍動していた。


 ……しばらくして、ずるずると、ソレが動き出す。


 闇の端から黒い髪の毛が現れて、ゆっくりゆっくり、全体が現出する。

 闇のままに黒く長い髪を振り乱し、闇の色を映しただけの丸く開いた目は何も見ず、口からは怨嗟か嘆きか。




 ──ドコニイルノ……ドコ、ドコ……ド、コ……!

 ワタシノ、ワタシノ──!




 耳ではなく、脳に直接響いてくる!?

 本当に声なのか? 脳が無理矢理振動させられているようだ!


 集まったうちの四人が揃って頭を抱えるが、出雲は術を行使しているため微動だにしない。しっかりと目を開き見つめているのだ。瞬きもせずに。


 それでも、その額に汗が浮かぶ頃、ソレは唐突に消える。


 ぷつり、と何かが切れたような音がして、風に煙が攫われるように掻き消えた。

 かち、こち、かち、こち、何故か不思議に耳につく、時を刻む音。


「────っ、はぁ、はぁ、はぁ!」


 その瞬間、息を詰めていた五人は競うように呼吸を繰り返す。その中でも特に酷いのが出雲だ。見ている間ずっとまんじりともしなかったはずの、長身痩躯が、くの字に折れ曲がって荒く息をつく。


(出雲さん! 大丈夫ですか!? 出雲さん!)


 額からは滝のような汗が噴き出し、いつもは滑るような黒髪が濡れていた。たまらず心配したミコトがついつい彼の背に手を伸ばすほどに疲労している。


「っ、! ……はぁ。皆さん、大丈夫ですか?」


 一瞬目を見開いてミコトを見た後、出雲は呼吸を整え、曽田家の三人を振り返った。三人とも大きく呼吸を繰り返してお互いに手を握り合っている。

 家族全員が顔を真っ青にして、同じ顔をして出雲を見る。震えた唇から飛び出たのは、思ったよりも冷静な言葉だった。


「なに……、さっきのは、なんですか……?」


 享が妻と娘の肩を抱き寄せながら問う。パニックになっていないだけマシだ。家族三人が揃っているのでお互いがお互いを引っ張って、叫び出したい心を踏み止まらせているようだった。


「先程の方が真由美さんに害を及ぼしていた霊です。そして、」


 ああ、聞きたくない。


 結界は解けていないはずなのに、真由美は以前と同じ、喉が閉まる感覚を覚えた。

 きゅう、と閉じて呼吸が浅くなる。

 酸素が脳に回らなくなる。

 駄目だ。考えが纏まらない。


 でも、これ以上は聞きたくない。


「新城さんに手酷く振られ、自殺された方です。その方のご遺族に会って話を聞いてきました。妊娠六ヶ月で、電車に飛び込んだと」


 そんな願いも虚しく、出雲は冷徹に冷静に告げた。

 哀しい声だった。


 時を刻む音が、耳の中を往復していく。

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