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今回は説明回なので、少し読みにくいかもしれません。
気にかかることがございましたらお教えいただければ幸いです。
招き入れられたリビングには、一人掛けのソファが三つと、三人掛けのソファが一つ置いてあった。全体的にブラウンとクリーム色で纏められており、シックで落ち着いた雰囲気の部屋だ。入って左側にキッチンが、右側に応接セットがある間取りで、ソファから見やすいようにテレビが壁に掛けられている。
そこの、俗に言う『お誕生日席』には、ぽつりぽつりと白髪が見えてきている髪をきっちりと撫でつけた、五十代ばかりの神経質そうな男が座っている。
「ようこそいらしてくださいました。私は曽田享と申します。どうぞそちらへ」
享は立ち上がり、身振りで出雲に座るように促した。
口調と言葉だけならば歓迎しているように見えるが視線は全くの逆だ。化けの皮を剥いでやろうかと言わんばかりの、猜疑心しかない感情が漂ってくる。
(自分たちが呼んだくせに。しかも、こんなに危険な感覚の中にいるくせに!)
ぼそりと落とされたミコトの呟きに、出雲は少し、胸が軽くなった。本人も驚くほどに。
普段からこういう対応には慣れていると思っていたが、自分から依頼しておいてこちらを嘘つきめ、とでもいうような目で見る輩にはいい加減辟易していたのだ。仕事だからと納得した振りをしていただけで、意外と自分は苛ついていたようである。
気持ち口角が上がるのを覚えながら「ありがとうございます」と応え、勧められた三人掛けのソファに腰を下ろした。感謝は誰に対してか。
そのまま名刺をローテーブルに出し、「霊能探偵の出雲崇之です」と名乗る。享からの視線が一層鋭くなったような気がするが、特に変なことを言い出さないので放置である。
「来てくださってありがとうございます。あたしは曽田真由美です」
ぺこり、と頭を下げたのは出雲の座った正面にある一人掛けソファに座っていた女性だ。二十代半ばほどの、茶色のボブにぱっちりとした二重が印象的な人物である。そしてコーヒーを出雲の前に置いてその横に座ったのは先ほど案内してくれた女性で、こちらは曽田由香里と名乗る。
享と由香里が夫婦で、真由美が二人の娘である。
「今回、娘さんが怪奇現象に遭われていると伺っていますが、詳しくお話し願えますか?」
出雲がそう言うと、家族三人で視線を合わせ頷いてから、真由美が話し始めた。
「はい。つい二ヶ月ほど前、あたしは新城正樹さんという方と婚約しました。ですが婚約が決まってから二人でいると、急に机の上に置いていただけのコーヒーが倒れて服を汚したり、誰かに車道に押されて車に轢かれそうになったり、デートが始まった時は何もなかったはずの正樹の服に、気がついたら赤い口紅がべっとりとついていたりということが起こりました。それで……相手のお母様が、あたしが新城の嫁として相応しくないからと言い出して……困って相談したんです」
喋っているうちにどんどんと頭が下がって声のトーンも落ちていく真由美に、心配そうに由香里が背をさする。ミコトも同様に眉を垂れさせて、ふよふよと彼女たちの背後に回った。
彼女にとって、今まさに人生の岐路に立っているところなのだ。自分の将来を決める大きな決断に、喜びと幸せに不安のエッセンスを加えて飛び込む。それをよくわからないモノに邪魔されていい気はしないし、そんなことで別れるのも悲しいし悔しいのだろう。
膝の上に置かれた拳が、さらに白さを増した。
「泉森に相談なさったのは何か理由でも?」
「いえ、特に理由というほどのことはないのですが、実は新城さんは株式会社シンジョーという、スポーツ会社の御曹司なんです。それで真由美の婚約が決まった時に、玉の輿だから神様に感謝しないとと冗談で話して調べて行ったのですが、その後にこういうことが起こったので、神様に何か悪いことでもしてしまったのかと悩んで、もう一度行ってみたんです。そしたら福寿さんという方に声をかけていただいて、相談すると『そういうことに強い知り合いを紹介するから』と言われまして」
聞いておきたい疑問として出した出雲の声に、由香里が説明を代わった。泉森に行くことになった理由からその後の流れまで福寿に聞いていた通りだ。
株式会社シンジョーとは、選手目線で隅々まで気を遣ったスポーツ用品を取り扱っていると有名な大企業だ。だいたい海外へと飛び立つようなプロの御用達としても上位に名前が上がる会社である。それの御曹司といえば、確かに玉の輿と言っても相違ないだろう。
考えを纏めるように顎に指を当てて話を進めた。
「ふむ……。ではその怪奇現象ですが、命の危険、または体に傷が及びそうな事柄と、特にそうでもなく、ただ困るな、というレベルに分けるとしたら、真由美さんと正樹さんと、どちらにどれが振り分けられるような感じでしょうか? それとも、二人ともに同じように起こりますか?」
「それは……」と悩む素振りで真由美は目線を右下にそらしたが、隣で由香里が、「言ってしまいなさい」と娘の肘の辺りを小突いた。それで決心がついたのか、一瞬閉じた瞼をしっかりと開けて、出雲に目線を合わせてくる。
ほう、と少しだけ目を瞠る。思ったより芯の強い女性なのかもしれないな、と。
「命の危険があるような、車の前に押し出されたり階段のところで背中を押されたりするようなことはあたしにばかりです。正樹の方はコーヒーがこぼれたり服に口紅がついたりとかで、ちょっと困るくらいで全然害がなくって、だからあたしが悪いって言われて」
でもあたしには、まるで正樹に気づいてほしいからしてるように思うんですと、若干の迷いを含めながら続けた。
出雲は考える。
この家に纏わりついているナニカの正体は未だ不明だが、真由美と新城に関係がある可能性が大きいだろう。別の可能性としては、新城に関わっているモノと真由美に害をなしているモノが別物であるという可能性もなきにしもあらずだが。
「……では、この家に引っ越してこられたのは何年前ですか? 最近建て直しをなさったりはされましたか?」
「え……」今まで婚約した二人について話していたのに、急に家のことについて話し出したので、家族三人ともがまごつきながら顔を見合わせた。
「ええと、この家に越してきたのは二十年ほど前です。娘が小学校に上がる前にと選んだ立地で。その後、ちょうど五年ほど前にリフォームして外壁塗装をしたと思います。そうだったな?」
会話が始まってから初めて享が口を開いた。猜疑心たっぷりの目に僅かに動揺の色を宿しつつ、妻に確認をとる。聞かれた由香里は首肯し、出雲へ「間違いありません」と夫の言葉に続けた。
ふむ。気持ち視線を下げて思考の波に入り出した出雲を見て、ミコトは疑問符ばかりが頭上を飛び交っている。
(真由美さんと新城さんの問題じゃないの? なんで家のこと聞くんだろう?)
その疑問は正確に、曽田家三人の疑問と重なった。
本当に大丈夫なのだろうかと、それぞれで顔を見合わせながら思案しているようだ。その頭にはきっと、今にも高い壺や水晶玉とかを売りつけられるのではないか、または場所が悪いとか家が悪いとか勝手なことを言うのでは、という考えが飛び交っているのだろう。
けれども、それはこういう問題においてよくよく状況を鑑みるために、とても重要なことであった。
そもそも、出雲もミコトも、この家に一歩入った瞬間の空気の変わりようを肌で感じている。これが家に関係するものか、それとも人に関係するものなのか。その事実をしっかり見極めないと、いくら能力があったとしても場当たり的な考えで手を出して火傷するのはこちらだ。
器のない心は溢れるだけだなのだから。
「家が変わってから何かが起きていることはなく、本当に、そういう事象が起き始めたのは二ヶ月前からなんですね? お付き合いをなさっている時には何もなかった?」
え、ええ……。過去を思い出しながら曽田家の三人は、お互いに目配せをしながら首肯した。
出雲はそれを確認してから、鞄に手を入れてクリアファイルの中から何枚かの紙を取り出した。そしてソファから立ち上がり、部屋の四面にそれを貼っていく。曽田家の三人とミコトの口はあんぐりと開いたまま、顔だけが男の背を追う。説明をしろと言いたいが言い出せない雰囲気がここに存在する。
貼られた紙は細長い長方形で、表に線と漢字のようなものが不気味に書き込まれている。
お札だ。
何となくミコトは理解した。
そして出雲が四枚目を貼った途端だった。
キ──────ン……。
甲高く澄んだ音が空間に響き渡る。同時に、窓も開けていないのに、何故か風が一陣、通り抜けていったのだ。
後に残るのは、清涼たる空気と優しい雰囲気。
今までの押しつぶされそうな、気持ち悪い感覚はなんだったのだろうと忘れるくらいの。
ゆっくりと息を吸って、一拍。手を打った出雲が振り返った。
「今、この部屋に結界を張りました。家全体を見張られているようなので、他にも各部屋と、敷地全体がかかるようにしておきましょうか。気分はいかがですか?」
「……っ、えっ、あ! すごい……! ここ数日ずっと気持ち悪くて、なんか、めっちゃ押し潰されてるみたいな感じだったのに!」
「本当だ……息がしやすい」
「頭痛が止まったわ……!」
一瞬の間を置いて真由美が切り出すと、両親までが嬉しそうに自分の身体を見ている。随分と霊障に悩まされていたようだ。思っていたよりも反応が強かったために、逆に出雲が驚いたほどである。
ミコトはといえば、母娘二人の背後に陣取って出雲を尊敬の目で見ながら、しきりに、鳴らない拍手を打ち鳴らしている。視線だけで「すごいすごい!」と言っているように聞こえるのは慣れだろうか。
他三人には見えていないとはいえ、若干の気恥ずかしさを覚えて視線をそらした出雲であった。
──ミエナク、ナッタ、アノ女……。
ドコニイルノ……? サガサナキャ……。