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霊能探偵ミコトさん←違います  作者: はるき さくら
第一章 躓く石も縁の端
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第一章 躓く石も縁の端

【世の中で出会うことは全て、不思議な何らかの縁で結ばれているということ】

 青い空。白い雲。緑の多い公園に、中央には噴水。

 そして……、群がる鳩。


「あのー、あなたもう死んでますよ」


 爽やかな休日を謳歌していた女にかけられた声は、とても浮世離れしていた。


「……。えっ! 私いつの間に秘孔つかれたんです!?」

「あ、いえいえ。今は世紀末じゃないですしそもそも俺は世紀末覇者でもないです」


 辺りを見回して、その男が自分を見ていると理解して、次いで言われた内容が脳に届くまでに一秒。返した言葉に、きっちり元ネタを混ぜ込んで返答してくれるあたり、相手はかなり頭の回転が早いようだ。

 染めたことのないような真っ黒の髪に、黒縁眼鏡をかけた涼やかな目元。美女とも見紛うほどの端整な容貌だけれど、酷く淡々とした雰囲気の表情だ。漫画のようなコミカルな会話をしていても、彼の眼は静かな湖面を描く。


「えっ、いや、いやいや。死んでるって言われても……」


 女は困った。いくらなんでも急すぎる上に、どうとも言いようがない言葉をぶつけられて、まともに思考なんてできようはずがない。

 とりあえず落ち着かねばともう一度あたりを見渡すと、視界に映るたくさんの存在があった。


「いや、ほら、だって! 鳩も群がってますし!」

「動物ってそういうもの、ちゃんと見てますから。人間みたいに見えるはずのものと見えないはずのものを区別したりしないんですよね」

「え、いや、でもそんな、そんなこと言われたの初めてですし!」

「そりゃ、他の人は見えませんし。あなたが動物と会話できるならまた別かもしれませんが」

「でもあなたは私と話してるじゃない!」

「俺はそれが仕事ですから。見えてなかったら仕事になりませんよ」

「や、だってだって──仕事?」


 勢いのまま進んでいく会話の最中(さなか)、やっと引っかかる単語を見つけて、女は反復した。

 その単語に、ええ、と頷きながら男は一枚の小さな紙を見せる。

 名刺だ。


「俺の名前は出雲(いずも)崇之(たかゆき)。探偵ですよ、霊能関係全般のね」


 手のひらよりも小さな紙には、【霊能探偵  出雲 崇之】と書かれていた。


「出雲?」

「はい。島根の出雲大社と同じ出雲です」

「末広がりさんじゃなくて?」

「それ、フィクションです」


 自分もフィクションにありそうな仕事を掲げておきながらかと、口の中だけで毒づきつつ名刺を受け取ろうとした。


 ──が、すり抜ける。


 手が。腕が。とっかかるところなど全くありませんとばかりに、スカスカとそれは空を切った。


「う、そ……」


 言葉で伝えられるのとはまた違う、現実的な視覚からの情報に、かくはずもないのに、冷や汗が額を滑り落ちる感覚に身体が冷える。血がかよった身体であれば、真っ青になっているのではないかというほどにくらくらしてきた。


 まさか。

 まさかまさか。

 そんな、まさか。


 脳内は同じ言葉ばかりが繰り返されるが、自分の鼓動が耳につかないことに、否が応でも「死んだのか、私」と、無駄に冷静なところが理解しようとする。

 空が、雲が、木々の緑が、噴水の水飛沫が、そして群がる鳩の目が。

 自分を、拒絶しているようで。


「ちょ……っと! 何しようとしてるの、あなた!」

「これ、未練の糸なので切ろうかと」


 そんな、シリアスに入りかけた時だ。

 彼女の視界の隅っこに映ったのは、出雲と名乗った男が、自分から伸びる一筋の糸のようなものを、両手で引きちぎろうとしているところだった。

 ちょっと、流石に雑過ぎないかと、ここでもやっぱり、無駄に冷静なところで考えつつ。


「え、いや。それ、切っちゃったらどうなるの?」

「そりゃ、死にますよ。威勢よく成仏してくださいね」

「死ぬのに『威勢よく』とか、普通言わなくない!? 『潔く』じゃないの!?」

「そういうこともあります。では今度こそ。潔く」

「いぃぃぃやあぁぁぁー! 待った待った待った! 私まだ死にたくないし、死んだとも思ってないし!」


 ぶちっ。語尾に星マークでもつきそうなくらいに軽く引っ張ろうとした出雲の、その腰元にしがみつく。

 火事場の馬鹿力か。何故かすり抜けることもなく、がっしりとしがみついた女に、今度は男のほうが慌てた。


「ちょっと、離してくださいよ」

「汚れでも振り払うような仕草やめて!」

「何を言ってるんです、汚れのほうがまだマシです」

「私の身体、すり抜けるから! 汚れはつかないからぁ!」

「未練を持ったまま現世に留まる霊なんて、ゴミ通り越してカスです!」

「カスとな!?」

「カスです!」


 これぞ正論とばかりに言い放った言葉に、女は絶望した。


「か……カス……。私、ゴミにもなれないんですね……」


 涙が落ちる。

 現実には存在しないはずなのに、その水滴の情感のこもったこと!


「あ、いや……」


 さしもの出雲も言い方がキツすぎたかと悩む。ここまで現実的な霊体を見るのは初めてで、当たり前のように人間相手として対応してしまっていたのだ。


「カスは、まあ、言いすぎました。けれど、あまり長期間現世にいたら、あなたのためにもなりませんし……」

「だって私、自分が死んだなんて信じられないんです。急に指摘されて、納得なんてできないし」

「ですが……」

「せめて、自分が死んだ理由を知りたいし、死んだって、証拠があれば……」


 切々と語る声に、男は悩んだ。


 ……末に、折れる。仕方がない、腹はくくるものだ。

 そもそも、何もわからない霊体だからこそ、まだ現世の何ものにも染まっていないのだ。自分が傍にいるうちに彼女の願いを叶えれば、そう問題なく過ごせるだろう。そして早々に成仏させればいい。


 後に彼はこう語る。「あれはあまりに不用意な思考でした。何か、呪いにでもかかっていたんです」

 そして彼女はこう返す。「でも、それで私はこうしているわけですし? 無問題(モウマンタイ)です」


 問題大ありだと叫ぶことになるのは、またしばらく後のこと。


「はぁ、仕方ありませんね。あなたが潔く現世に背を向けられるようにお手伝い致しましょう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「とりあえず、名前だけでも教えてください。そこからあなたのことを追っていきましょう」

「名前ですね! ──名前?」


 時が止まる。


 というより、女が傾げた首の理由を悟って、二人揃って固まったのだ。

 ポポッ、と鳩が一羽飛んでいく。


「な、まえ……私、誰ですか?」

「──やっぱりこのまま成仏しましょう」

「待った待った待ったぁ! そんな早くに前言撤回しちゃいけません!」


 もう一度未練の糸を断ち切ろうとした男の腰元に飛びついて止める。

 せっかく意味もわからず死んだ理由もわからず成仏させられるところを思いとどまらせたのだ、この手を離してなるものかと、文字通り一生懸命に縋りついた。すでに終わっているので『一生』ではないかもしれないが。


「名前がわからないくらい大丈夫です。無問題です。きっと明日はよくなります」

「意味がわかりません。名がなければものは(じつ)を持たないんです。つまり、あなたは浮遊霊よりも酷いんですよ、現状カスです」

「カスなのはよくわかりましたから! じゃあとりあえず名前をつけてみませんか!?」

「ペットじゃありません」


 ちょっとでも動こうものなら未練の糸が断ち切られるとばかりに、必死で言葉を交わしつつも縋りつく腕の強さは弱まらない。


 結局、折れたのは、やっぱり出雲の方だった。

 仕方ないと口に乗せた途端、女は星が詰まったような瞳で見上げてくるものだから、殴ってもいいだろうかと内心思いつつ、苛つきを抑え込む。


「その代わり、あなたが危険だと俺が判断した場合、直ぐに成仏させますよ。いいですね?」

「かしこまりました!」


 神妙な顔をして下手くそな敬礼までしてみせた女を、男は呆れた顔で見る。ここまで押しが強い人間もそうそういなかろうと思うが、相手にとってはある意味、生きるか死ぬかだ。理解もできる。

 溜息が癖になりそうだと思いながら、彼は公園の外へと足を向けた。


「では行きましょうか、ミコトさん」

「……ミコト?」

「あなたの名前ですよ。仮でも名前を与えて縛っておかないと、霊体は弱いんです。亡くした命と失くした名前、命という意味のミコトです。あなたにぴったりでしょう」

「わかりました。私ミコト。いえす、あいあむ」


 なんですか、その下手くそな英語。と、くしゃりと破顔した出雲に、ミコトは後光を見たような気がした。

 何せ、出会ってからさっきまで、無表情か眉間にシワを寄せている顔しか見ていなかったのだ。なんだ、この人笑ったら意外と可愛いじゃん。


 その顔が、今からの二人の関係に、少しだけ、安心を持たせたのだけれど、それを彼は知る由もない。


 出雲を追いかけるミコトの、実体のないはずの背に、柔らかな風が吹き撫でる。

 叱咤か、鼓舞か、激励か──今はまだ、芽吹いたばかりの。

初めてみました。楽しく読んでいただければ幸いです。

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