第一話 ~表は花、裏はヲタク~(5)
電車から降りた花園は、目を猫の様にこすり、とても眠たそうにしていた。
「花園、俺達がいて良かったな」
「そうだね。命令できるし」
「・・・・・そうじゃなくて、あのままじゃ寝過ごしていただろう?」
そう言えば天ノ河からの絶対遵守は取り消されたけど、花園も起きていれば天ノ河に便乗して取り消せたのに。惜しい事をした。
「大丈夫。一人でも起きれたから。野生の勘?」
「お前は動物かよ」
「え?人間って動物じゃないの?」
「ちょっと、私がずっと先頭にいて誰も話しかけないから暇なのだけど。気付いてくれないかな?」
天ノ河が急に、グルリと半周し、僕達の方へと振り向いた。その時、微かに香水か何かの良い匂い。それが僕の鼻と、もしかしたら花園の小さな鼻も刺激をした。
「お、おう。まぁ、もう着いたんだがな」
ここの映画館は、駅から徒歩五分程で到着するくらいに、近い。
天ノ河の願いは届かなかったが、近いから疲れないしありがたい。
僕達は早速中に入り、あの暑い外気とはおさらばして、映画館内の冷たい風にあたりくつろぐ。
「開演時間まで十分くらいあるから、チケットを買って、お手洗いやポップコーンや何やら買って準備万端にしておきましょう」
「そうだな」
「おー」
そして僕達はチケットを買い、まずは三人ともトイレへと向かった。
「よし、ポップコーン買うか。お?あれは」
目先にいたのは、花園が戸惑っている姿があった。天ノ河とはぐれたのだろうか。
僕は花園に近付いて見ることを決意した。
「おい。どうしたんだ。一応花園の命令に絶対遵守だし、何でも言え」
「じゃあ、銀行襲ってきて」
「んな物騒なことが出来るか!」
「でも何でもって言ったでしょ?」
「やっていい範囲でだ。なんか戸惑っていただろ?」
「戸惑っていない。色々あったから迷っていただけ」
「そうか。てか、天ノ河は?」
見渡しても天ノ河の姿は見えない。はぐれたのなら人混みの中にいるのかもしれないが。
「あ、そうだ。天ノ河さんが大変!」
顔はいつもと変わらないような気がしたが、少し気の焦りが見えた。
「どこだよ。案内しろ」
僕は、普段では感じさせない焦りを見せる花園を見て、これはただ事ではないとそう思った、のにだ。
「何でこんな所で見ず知らずの男を倒してんだよ」
花園に連れていかれた場所は映画館を出て、その映画館と、別の店の間の狭くも広くもない、抜け道になっている場所。そこで天ノ河が、いかにもヤンチャ坊主ですと言っているような男二人を、地面に転ばせていた。
「来たのね。この餓鬼どもが煽って来たから、丁度良いから獄斗神拳を試したところよ」
「マジすか。あれって普通の人間にも出来たんだな」
「冗談よ」
「だよなぁ。ってかどうすんだよ!この死た、転がっている奴ら!何か言われたら出禁になりかねないぞ!」
「大丈夫よ。しっかりとそこの死体が気絶する前に耳打ちしたから」
「・・・・・ちなみに何て言ったの?」
「第三者に他言した場合は、今回以上の事をする。って囁いたら気絶しちゃった!」
「しちゃった。フフッ・・・・・じゃねぇよ!」
「過ぎた事だから良いんだよ。あと、花園さんナイス演技」
「勿論」
天ノ河が親指を立てると、壁奥に隠れていた花園も親指を立てた。
二人は僕が焦ってここに来るのを楽しもうとしていたようだ。
「ふざけんなよ!」
と、とんだ茶番に付き合わされたおかげで、ポップコーンや飲み物を買う時間を失う事となってしまった。
「ったく。お前らが遊ばなかったら、こんな事にはならなかったんだぞ」
「良いじゃない。ドキドキしたでしょ?」
「したけどよ、流石にやり過ぎだ。疲れた」
「あ、そろそろね」
会場が段々と暗くなり、巨大なスクリーンに、映像が流れ出した。最初の宣伝は実に・・・・・詰まらないものだ。時々興味のあるものもあるが、基本詰まらない。
それと、どの映画にも流れるカメラマンのあの注意事項は、本当にその通りだと思う。椅子を蹴られたら本当に迷惑だ。聴覚ではドンッドンッと言う音で映画の音が遮られ、視覚では蹴られた反動で視界が揺れ見にくい。あと、不愉快!
そして、これだけは許せないことがある。無断アップロードだ。無断アップロードをした人間は利潤を得て、無料なので、有料の映画館へ行かずに見る輩もかなりの数いる。それは制作側にはその分のお金は入ってこない。つまりだ!二期目が来ても可笑しくないアニメが、無断動画に客を取られ、制作しようにもお金がないから作れずに、そのアニメはもう見られなくなってしまう。これは許されるべきではない行為なのだ。
注意事項の動画が終わると、やっとヲタクの恋は一度きりの映画が始まる!
この作品はヲタクの僕にはとても共感できるから、とても面白く見れるし、とても理解しやすい。故に、この神シーンは涙と笑い無しでは見れないのだ。
だが、僕はそれを無しに映画を終えてしまった。
「あぁぁああ。寝てしまったぁあ!」
「あぁ、実に良かった。小説では神シーンと言っていたが、更に、聴覚や視覚までプラスされると、もはや神の域を超えているよ」
「あんな映画見たことない」
寝ていたのは僕だけみたいだ。ふざけるな!散々僕の事を振り回し、疲れさせたのに、自分達だけ楽しんで帰るなんてな。
「寝てしまうとは情けない限りだね」
「まったくだ。誰のせいだろうな」
「浅木君は、私達を恨むより、自分の体力を恨むべき」
「二人そろって手厳しい感想どうも!いらねぇよ!」
「ま、映画は残念ながら見られなかったけど・・・・・今日一日、内心では楽しんでいたんじゃないかな?」
思い返せば暇と思う事は無かった。いつもはただ映画を見てショップに少し行ったりで、それらは全て孤独であった。それを考えると、映画くらいの代償は安いのかもな。
「ま、そうだな。今日は楽しかったよ」
「そう。それなら良かった」
「そうだね。私はいつも一人だったし」
「花園さんもなの?私もいつも一人だったわ。趣味の合う人がなかなかいなくてね」
「そうだったのか?」
「流石に親とは来れないしね」
「うん」
天ノ河達も僕と同じで、いつも映画を一人で、孤独で、映画という娯楽はあるが、何か物足りなくて。そんな気持ちを抱えていた事に、今日は気付かせられた。
そうか。だから、趣味の合う僕と。その口実でカップルで行かないとキーホルダーが貰えないなんて嘘で口実を。
「あのさ!」
僕が叫ぶと帰ろうとしている二人は同時に振り向いた。
「あのさ、また映画行くとき、三人で一緒に行かないか?」
正直恐かった。恥ずかしいよりも、断られるのが嫌だった。
だが二人はそれを待っていたかのように―――――
「えぇ、勿論」
「その時は言ってね」
あぁ、これは青春というものなのか。どうなのかは分からない。だが、青春じゃなかったとしても、思い出にはしっかりと残った。