第一話 ~表は花、裏はヲタク~(4)
僕達はまた電車に乗った。少しスイーツを買いに寄ったから、座るのは一時間ぶりだ。今日は走ったり修羅場になったりで疲れた。これから映画なのに、頭が少し頭が痛い。熱中症だろうか。
「ちょっと、大丈夫?」
上を向きながら呆けていると、目の前に、水の入ったペットボトルが僕の視野にひょっこりと顔を覗かせた。そのペットボトルを持っていたのは天ノ河だった。
「ほら」
「あ?」
唐突に「ほら」と言った天ノ河に対し、僕は気怠く力の入っていない言葉を放った。
「この水あげるわ。新品よ」
「聞いてねぇよ。・・・・・良いのか?」
「ただ見せびらかせて、精神攻撃していると思う?」
天ノ河はそっぽを向きながら放った。その言葉は、少し朦朧としている思考の迷いの助けとなった。
「君に倒れてもらったら困るんだよ」
僕はその天ノ河の横顔に少しときめいた。
「そうか、ありが―――――」
「だって、今日きりの私達のどれっ、私達の言う事を聞いてくれるのだから、もし倒れられたら、もったいないだろう!」
「お前奴隷っって言おうとしたか!?んだよ、お前でも良い所があると思ったのに台無しだな」
こんな奴に少しと言えどときめいた自分が恥ずかしい。これは熱中症で正しい思考が追い付かないからなのだろうか。
「素直なところは私の良いところだと思うが」
「あぁ、そうだぁ」
「言わなくてもいいよ」
会場から出て直ぐに修羅場になり忘れてしまっていたけれど、キーホルダーは全員に渡されるもの。恋人同士で来ずとも貰えるものだった。
「そうだ!映画の後は何をしようか?って、笑顔が恐いんだけど」
天ノ河は、僕が何を言おうとしているのか、感付いているだろう。無言に耐えかねて話を逸らそうとしているが、僕は天ノ河の方に頭をゆっくりと向けた。その時の顔は恐かったのだろうか。
「このキーホルダー分かる?」
「う、はい。秋ちゃんのキーホルダーです」
観念したのか天ノ河は下を向いた。
「そうだねぇ。君が一人で行ったから、僕も一人で入ったけど、貰えたよ?」
「はい。もう何を言っても駄目そうだ。認めるよ。君と一緒に行くために、嘘の口実を作ったんだ」
意外と素直に認めた。本当に天ノ河は素直なのか、それともそう見せているのか。だが、ここまで反省はしている。それは事実だし、許してやることにした。
あの時の銀袋の中身のキーホルダーに彫ってあったのは秋ちゃんだったのだ。恐らくヲタクの恋は一度きりのキャラクターがランダムに出てくるのだろうが、僕は運が良く秋ちゃんを引き当てることが出来た。
「そうだな、まぁ、なんだ?この水と、秋ちゃんが当たった事に免じてお前を今回は見逃してあげよう」
「それは本当かい?」
「まぁ、水も貰ったしな」
「ふふっ、そうか。なら今日だけ命令を絶対遵守の刑も許してあげよう」
「それが、さっきまで怒られていた人間の態度かよ」
「えぇ、勿論よ。だって相手が君だもの」
「そうかよ」
僕たちのちょっとした喧嘩ではないが、罰の交渉が自然に終わると、電車のドアがプシューと言う音と共に開いた。
いつの間にか寝ていた花園を起こし、今日最後の目的地、映画館へと向かった。慣れない事をしたんだ。故に次の最大の敵は睡魔だろうと確信をして向かった。