第六話『復讐劇の幕引きに』
私は少女と話したかっただけなので、突然襲い掛かって来た私と同じ血の匂いのする青年にとんと見覚えがなかった。
だが、流石にナイフを取り出されては真面目に対応するしかなかった。
半歩進んで、青年のナイフを持っている手の手首に自分の手首を擦り合わせつつ手首を取ると、関節を極めながら投げる。背中から地面に叩きつけた所を腹に踵を蹴り落とした。
すると、青年はすっかりおとなしくなった。
―――この事件の後、おれが話を聞いた青年はしばらくの間人を殺す理由を探していたが、結局見つからず今ではなぜあれほどまでに人を殺す理由を求めていたのか分からないと言っていた。今では家庭を作り、腕白な男の子の扱いに困っているという話が年賀状で送られてくる。
まあ、本筋とは関係のないただ一人言だ。―――
咄嗟に出てきた武道の技に私は少し驚いていた。
復讐の間、雑念が身体を支配していたからだろうか? 身体がそんな風に動くことは決してなかったからだ。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私はこの復讐劇に幕を下ろすためにこの場にやって来たのだから。
私は突然現れて知り合い(?)の青年を気絶させてしまったために怯える少女にまずは自己紹介をした。
「初めまして。
私があなたの両親を殺した者です。新聞に載っている通り、理由は復讐です。
ただ、私に復讐をする権利があるとするのならば、あなたにだった私に復讐する権利があるに違いない。
私のことを殺したいですか?」
少女の瞳は怯えから憎悪へと変わっていった。
私の言葉の返答としてはそれだけで十分だった。
私はポケットから布に巻かれたものを取り出す。それは銃だった。
白く、小さく、奇妙な形をしていた。それは友人に頼んで3Dプリンターで作られた代物のためそんな奇妙な形をしていた。単発の銃だが、事前に人を殺すには十分な威力があることは確認していた。
私は出来るだけ罪悪感なく少女に復讐を果たして欲しかったために、ナイフや斧ではなく銃を用意しておいたのだ。
私は少女の手に半ば無理矢理銃を握らせると、引き金に指を掛けさせる。そして、私の心臓のところに銃口を当てさせる。
――――復讐劇の幕引きに、復讐者は殺した者たちと同じ咎で復讐によって殺されるべきなのだ。
「さあ、殺せ。君の復讐相手はここにいるぞ!
私は三人を殺した。今殺さなければ、私は一生塀の向こう側だ。機会は今しかない。
私を殺したとしても罪悪感を感じる必要はない。それは決して間違った行為ではないのだから。
警察に捕まる心配もしなくていい。脅されたと言えばいい。強要されたと言えば良い。
もし私を殺せば、私のような復讐者がいつか君の下に現れると考えているのならば、その不安は杞憂だ。私は一人ぼっちだ。私のかたきを取ろうなどという者はいない。
さあ、早く。引き金を引くんだ。さあ!」
私がいくら待っても引き金が引かれることはなかった。
少女は泣き出してしまい、私が「さあ!さあ!」といくら急かしても、少女の指は動かない。どころか、少女の手から力は抜け、私が少女の手を離すと少女の手は銃と一緒に落下した。
私は悟った。
少女は私とは違うのだと。
少女は普通の人間であるのだと。
例え、親の仇だろうと、幾ら理由をこじつけようと人を殺せてしまう人間は普通の人間ではないのだと。
私はうずくまり、両親の復讐相手を殺せずに泣き叫ぶ少女を見下ろしていた。そして、その姿をかつての自分自身と重ねてみた。
もしかしたら、こうして泣き叫べたのならば自分には別の道があったのではないかと考えてしまった。
しかし、そんな後悔は無用だ。
人間が過去に戻れる手段を得るその日まで、反省は必要でも後悔は無用なのだ。
私は反省と、そして罪の責任を負わなければならない。
私はその場を後にすると、本来そこに求めるべきだった死と罰を求めて絞首台へと続く長く苦しい道のりを歩み始めた。




