第一話『プロローグ』
男が歩いていた。
茶色のトレンチコートをはためかせ、職業柄か注意深く周囲を観察する鋭い目つきの男だ。
その手には淡く美しいが、毒々しい紫色のトリカブトの花束が握られている。
男が向かっているらしい公園は四方を古い家に囲まれ、太陽の光をほとんど必要としない植物の臭いが充満していた。その公園には先客がいた。公園で唯一のベンチを占領して真っ赤に泣き腫らした顔の小学生ほどの少年だ。
男は泣く少年の隣にゆっくりと腰を下ろす。
「どうした、坊主。何かあったのか?」
男がそのいかつい見た目から想像の付かない優し気な声で語り掛けると、少年は涙の後の残る目元を擦って、男のことを睨みつける。
「黙れ、おっさん! お前には関係のないことだろうが」
男は心外そうに肩をすくめる。
「まあ、そう言うな。こうして出会ったのも何かの縁だろう。
辛いことは話してしまった方がすっきりするし、赤の他人ならばもう二度と会うこともないだろうから後腐れなく話せるだろう」
少年は男の言葉を少し考えてから、口を開いた。
「―――――でな、おやじが俺のことを叱るんだよ。『そうだとしても、そんなことをしていい理由にはならない!』って。
おやじは普段は優しいけど、理由理由言い出すとうるさくなるんだよ」
「で、坊主は坊主のお父さんが間違っていると思うのか?」
「そんなことはないよ。今回も今までもおやじの言う事は正しいよ。
ただ、正しいと分かっていても納得できないことぐらい‥‥おっさんにもあっただろ」
「まあ、あるわな。ただ、自分が間違ってると分かってるのなら、ちゃんと謝らなきゃならない。
その真っ赤に腫れた顔が少しでも見れるものになったら、坊主のお父さんに謝りに行きな。
それまでは暇だろうからおれの話でも聞いてくれや。おれも誰か赤の他人に話してすっきりしたい気分なんだ。別に聞き流してくれても構わないから」
少年は頷いてから、男の持っている花束を指差す。
「その話はその花束と関係していることなの?」
「ああ、今から話そうと思っているのは友人の話なんだ。友人とはもう会えなくなってしまったから、友人の最後の場所であるこの公園にこうして花束を持って来たっていう訳よ」
ふーん、と自分から聞いたことなのに興味なさげに少年は相槌を打つ。
男は「これだから最近のガキは」と悪態をつきながら人として生き返るために人を殺した人殺しの物語を語り始めた。
トリカブトの花言葉 「わたしはあなたに殺された」




