第8話 特訓
お待たせしました。
神楽が覚悟を示した翌日、あっという間に時間が過ぎて放課後になった。荷物を持って教室を飛び出す者、友達と集まって喋る者、部活に行く準備を整える者など、教室が騒めいている。
「おっす! リア、一緒に帰らね?」
大地がリアに誘ってくる。変える方向が同じらしい。毎日誘ってくる。女子が羨ましそうに大地を睨んでいる。少し嫉妬しているようだ。女子の視線に大地は何も気づいていない。
「すみません。グラ先生と約束があるので」
リアは申し訳なさそうに答える。一緒に帰りたい気持ちもあるが、今日の放課後から神楽の特訓に付き合うのだ。毎回断るのは気が引ける。しかし、大地はニカっと笑い、全く気にしていないようだ。
「わかった。今度一緒に帰ろうぜ!」
「はい」
大地がリアの肩に腕を回して囁いてくる。
「で、お前大詰先生と何やってるんだ? 先生と生徒のイケない関係か? お前ら仲いいみたいだし」
「違いますよ。先生とは幼馴染みたいなものです。彼女は料理が作れないので、何か作れと命令されてしまって」
「ほうほう。幼馴染のお姉さんか。先生の小さい頃はどうだったか? 裸見たのか? もしかして今も体触らせてもらったり?」
「そんなことはありません。先生は昔から変わりませんよ。前からあんな感じです」
「そうかそうか。もしなんか手伝えることあったら教えてくれ。俺が手伝う。そして、先生からお礼をもらうんだ!」
大地は何か良からぬことを考えているらしい。目が欲望に塗れている。思春期の男子生徒らしい目だ。
「一体何の話をしているのかしら?」
氷のような冷たく澄んだ綺麗な声が聞こえてきた。二人が顔をあげると、荷物を持った神楽が蔑んだ目で睨みつけていた。
「おいおい土御門。男同士の会話に女子が参加しちゃダメだぜ!」
「やっぱり聞かせられないような話をしていたのね。汚らわしい」
なぜかリアだけ睨みつけられている。なぜ僕だけですか、とリアが目で抗議する。
「そんな話をしてないで早く行くわよ、リア・クルス」
それだけ言うと、身を翻し颯爽と教室を出て行く神楽。リアは苦笑し立ち上がる。
「お前らなんか約束あんのか?」
「そうですね、いろいろと。では、大地また明日」
「ああ。じゃあな」
二人は手を振って別れる。リアは教室を出ると家庭科室へ向かった。
家庭科室では、神楽が先に座っていた。座り方も姿勢正しく綺麗だ。入ってきたリアを一瞥すると、フンっと目を逸らされた。リアには見えないが少し頬が赤くなっている。
「大詰先生は職員会議だそうよ」
「わかりました。では、二人きりで始めましょう」
リアが荷物を置くと家庭科室の周囲に結界を張り巡らす。万が一、神楽の魔力が暴走しても大丈夫なように強固な結界だ。中の魔力が外に出ることはなく、外からもわからないようになっている。
「ここで練習しても大丈夫かしら? 物が壊れたりしない?」
「今結界を張りました。貴女の家の地下より頑丈ですよ」
「いつの間に・・・」
神楽には結界を張ったのがわからなかったようだ。きょろきょろと周囲を見るが全く分からない。
「早速始めましょう。まず初めに貴女の力量を見せてください。体から魔力を放出してください。できるだけ少なく」
「わかったわ」
神楽は目を閉じる。意識を集中し体内の魔力を操る。彼女の体から魔力が放出された。周囲の魔力量が増加する。
「ふむ。これが最小ですか」
「どうかしら?」
「ダメダメですね。初歩魔法に使う魔力量の十倍から十五倍でしょうか? 出しすぎです」
いきなりのダメ出しに神楽は少しへこむ。自分ではうまくできたつもりだったのだ。
「神楽さんは今、全身から魔力を放出しました。体の一部分から魔力を放出することは出来ますか? こんな風に手の平から出してみてください」
手の平からわかりやすいように可視化した魔力を出すリアを見て、神楽は再び集中する。魔力を操り、手から放出させようとするがなかなかうまくいかない。手に魔力が移動しないのだ。
「あ、あれ?」
どんなに頑張っても全身から魔力が放出されてしまう。何度も繰り返すがうまくいく気配がない。
「どうですか?」
「全身から放出するのは簡単なのに、一部分から放出するのは難しいわね。全く言うことを聞いてくれないわ」
「でしょう? 魔力制御は基礎中の基礎のはずですが、現代では全く重要視されていません。魔力を放出すればいい、と考えている人がほとんどです。魔力制御は便利なんですよ。極めれば相手の魔力に干渉することもできますし、魔法を意のままに操ることができます。例えばこんな風に」
リアは火・水・風・土の球系の魔法を発動させると、自由自在に動かす。
「それは前にも見たわ。イメージが大切ってあなた言ってたわよね?」
「えぇ。言いました。確かにイメージも大切です。ですが、こんな複雑な動きを明確にイメージできますか? 普通の人なら無理です。イメージよりも、魔法を発動させて操ったほうが簡単です」
「私は魔法が使えないのだけど?」
「魔具や式神も同じ要領です。それに、ロスが少なくなるので魔力切れが少なくなりますよ。神楽さん、もう少し頭を柔らかくしてください。今はまだいいですが、これから先のことを考えると危険です」
「・・・わかったわ」
「キチンと反省するところは貴女のいいところです。では、頭を柔らかくして考えてください。逆に魔力を膨大に放出すると何ができるでしょう?」
リアの質問に神楽が悩み始める。
「いろいろありますよ。思いついたことを言ってみてください」
「相手の魔法を妨害できるとか、結界を破ることもできるわね」
「それも正解です。貴女でも全力を出せば初級魔法くらいは吹き飛ばしたり消し飛ばすことができますよ。他には何かありますか?」
「う~ん・・・そうね・・・相手を騙せないかしら。呪文をブツブツ唱えて膨大な魔力を放出すれば相手は誤解するんじゃない?」
「いいところをついてきましたね。確かに、相手を騙すことができます。しかし、それはせいぜい相手が初級者、よくて中級者まで通用すると思います。上級者以上は効きませんね。相手が素人なら使える手です」
リアに少し褒められて神楽は無意識に頬が緩む。
「他には思いつきますか?」
「う~ん・・・」
「では、実際に体験してみますか?」
「体験?」
「僕が今から魔力を放出します。神楽さん、お腹に力を入れて踏ん張ってくださいね」
神楽は訳が分からないが、言われた通りにお腹に力を入れる。次の瞬間、リアの体から膨大な魔力が溢れ出した。神楽以上の魔力だ。意識がもっていかれそうになる。気絶しないよう意識を保つことで精一杯だ。そして、神楽は気づく。体が指一本動かせないのだ。リアの魔力に物理的に押さえつけられ動くことができない。
突然、魔力が消え去った。消え去ると同時に神楽は椅子から落ち床に倒れ込み、必死で喘ぐ。先ほど息をしていなかったことに今更気づく。体が酸素を求めている。
「慌てなくていいです。ゆっくりと呼吸を整えてください」
リアが優しく神楽に声をかける。神楽は時間をかけて息を整えていった。
しばらくすると、神楽の呼吸は元に戻った。しかし、体は少し汗ばんでいる。
「理解したわ。体が動かなくなるわね。それに、あれ以上なら私は気を失っていたわ」
「膨大な魔力は相手を拘束することもできます。こんなことができるのは、世界でもごくわずかですが。これを弱くすると、威圧や覇気と呼ばれるものになります」
リアが少し魔力を纏う。神楽は気圧される。リアはすぐに魔力を解いた。
「相手が魔力に弱かったら気絶したり、魔力酔いで戦闘できなくなりますね。威圧で体を強張らせることもできます。神楽さんも威圧くらいはできるでしょう。まぁ、これは魔力を垂れ流すのではなく身に纏うのですが」
「今の私だとそのまま垂れ流すわね」
「そうですね。後は、最後にこれを見せましょう。弱くしますが、またお腹に力を入れてください」
神楽は覚悟を決めてお腹に力を入れる。リアが魔力を放った。先ほどとは違う、ねっとり纏わりつくような濃密な魔力だ。神楽の体がカタカタと震える。恐怖、憎悪、殺意。本能で体が震えだす。リアはすぐに魔力を消した。
「今のが殺気、殺意と呼ばれるものです。魔力なしでも発することは出来ますが、魔力に乗せほうが効果的です」
「こ、怖かったわ。まだ体の震えが治まらない」
「ごめんなさい。ですが慣れてください。殺し合いになるとこれくらいはそよ風ですよ。本当は知らないほうがいいのですが」
リアは目を伏せる。リアとて殺し合いを経験させたくないのだ。世界が始まる前から存在するリアは、何人も知り合いが目の前で死んでいった。その数は数え切れない。知り合いの死に未だに慣れることはない。これから先も慣れることはないだろう。
「私だって本当は殺し合いなんて嫌よ。でも、私を狙う可能性は高いのでしょう?」
「ええ。平和ボケした日本は貴女を守りきれません。力を持つ者は世界を揺るがせます。定められた宿命、運命です」
「なら、私はやるわ。死にたくないもの」
「わかりました。では、練習を続けましょう」
リアは一瞬で気持ちを切り替える。彼女が殺されないよう一刻も早く力をつけさせるのだ。
「とりあえず、神楽さんの実力は把握しました。基礎の基礎から始めましょう。神楽さんは体内で魔力を循環させることから始めましょう」
「体内で魔力を循環?」
「はい。魔力を体の外に出さずに循環させるのです。応用すれば、身体機能を強化することができます。古典的な身体強化魔法です。これは厳密には魔法ではないので神楽さんでも使えますよ」
「本当!?」
「ええ。だから頑張りましょう。まずは目を閉じて体内の魔力に集中してください」
言われた通りに目を瞑り、神楽は魔力に集中する。
「では、想像してください。今、魔力の塊が神楽さんの心臓に集まっています。氷山のように大きな塊です」
リアの言葉が催眠術のように神楽の心に侵入してくる。
「魔力の塊が少し崩れ溶け出し、血管の中を通り始めました。溶け出した魔力は心臓を出て神楽さんの左足に向かいます。左足のつま先まで到達したら、足の付け根に戻ってきて、今度は右足に向かいます。つま先まで行ったら、再び上ってきて右わき腹を通り右腕に行きました。右腕の次は頭を通って左腕に。そして、最後は心臓に戻ってきました。神楽さん、何か感じたことはありますか?」
神楽は目を瞑ったまま首をかしげている。
「イメージはわかったけれど、何も感じないわね」
「ふむ。神楽さん、目を開けて立ち上がってください。少し詳しく視てみます」
眼鏡の奥にあるリアの灰色の瞳が輝く。その瞳で神楽の頭の先から足のつま先までじっくりと視る。
「なるほど・・・」
「何か分かったの?」
じっくりと体を見られて頬を少し赤くした神楽が問いかける。
「先ほど魔力の塊を氷山、氷と例えましたが、神楽さんの魔力はどんどん圧縮されて金属の塊のようにカチコチに固まっている状態です。これでは動かそう思っても動きませんね」
「じゃあどうするの?」
「少々気分が悪くなってもいいですか?」
「一体何をするの?」
神楽が警戒心をあらわにする。今は結界が張ってある家庭科室で男の悪魔と二人きり。何をされても誰も気づかない。
「僕が神楽さんの魔力を直接動かします。ただ、他人に魔力を無理やり動かされるので、違和感があると思います」
「そういうこと。ならお願いするわ」
「わかりました」
リアは指をパチンと慣らす。すると、どこからともなく家庭科室にベッドが現れた。
「では、横になってください」
「わ、私に何をするつもり!」
「何も変なことはしませんよ。ただ、時間がかかるので横になっていたほうが楽なはずです。僕は神楽さんに少し触れますが、触れる場所は神楽さんが決めてください、誓ってそれだけです」
「わ、わかったわ」
悪魔の誓い、それは何よりも信じることができる。悪魔はこの世界中で最も誓いや契約に厳しい存在だからだ。
神楽は出現したベッドに仰向けになる。リアは椅子をベッドに近づけ座る。
「じゃあ、私の胸に触ってちょうだい」
「は?」
「胸じゃ嫌かしら? 私少しは自信があるのだけれど。胸がダメならスカートの中に手を入れる?」
神楽は恥ずかしそうに、少しずつスカートを上げていく。
「なっなななにをしてるんですかっ!? や、止めてください!」
珍しく顔を赤くして慌てだすリア。リアの反応に神楽はクスっと声を漏らした。
「大悪魔もそんな顔で慌てるのね。ふふふ。少し仕返しができたかしら?」
「何の仕返しですか・・・。ここにいるのが僕で良かったですね。他の男なら今頃神楽さんは襲われていますよ」
リアは疲れた声を出す。
「あら? あなたはいつでも私を襲えるじゃない。襲わないの?」
「襲いません。変なこと言ってないで始めますよ。もう貴女の手でいいですよね」
問答無用で神楽の手を握る。神楽は頬を赤くするが気にしない。
「今から神楽さんの魔力を動かします。気分が悪くなったら遠慮なく言ってください。もし出来るようなら魔力が動く感覚に集中してください」
神楽が頷き目を閉じる。リアも神楽の体内の魔力に意識を集中する。
「では始めます」
神楽の体内の魔力が少し揺らされる。予想していた感覚と違い、思わず声が漏れ出る。
「あぁん・・・」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ。続けてちょうだい」
リアが神楽の魔力を揺らす。魔力が揺れ動くたびに神楽の体に気持ちよさが広がる。気持ち悪さは感じない。むしろ、ストレッチに近い感じがする。凝り固まった体を伸ばしているような感覚だ。少しずつ少しずつ体の中で固まった魔力が伸ばされほぐされていく。
「はぁ・・・」
「大丈夫ですか? 気持ち悪くなったりしてませんか?」
「大丈夫よ。なんかストレッチされてるみたい」
「大体そんな感じですね。固まった魔力を伸ばしている状態です。その後はマッサージでしょうか。そして最後に、緩くなった魔力を体内で循環させます。たぶん数日はストレッチとマッサージになりそうです」
「はぁ・・・気持ちいい・・・」
「しばらくはリラックスしていてくださいね」
リアは魔力制御に集中しながら、気持ちよさそうに顔を緩める神楽を優しく見つめていた。
お読みいただきありがとうございました。
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